生化学

生化学 · 9/4

急性・慢性肝疾患

Acute and chronic liver disease — S II

症状
クモ状血管腫
検査値
アミノトランスフェラーゼ(AST・ALT)

🧠 肝疾患は「肝が担う代謝機能を、機能ごとに一つずつ止めていく」実験として読むと理解しやすい。 肝は糖質・脂質・アミノ酸/アンモニア代謝、、薬物/、を一手に担う中央処理拠点。肝にがあるため軽度傷害は症状に出にくいが、進行するとどの機能から破綻するかで臨床像が決まる。の症例を通じて、脳・肝・全身代謝の相互依存を統合的に理解する。

肝の中心的役割と予備能力

肝は維持の中枢で、以下の機能を担う:①糖質の、②脂肪酸・TAG・の調節、③アミノ酸・アンモニア代謝、④タンパク質・糖タンパクの合成と分解、⑤薬物・ホルモンの代謝と分解、⑥・ビリルビンの代謝。肝は大きなをもつため、軽度〜中等度の細胞傷害は測定可能な機能変化として現れないことがある。機能ごとの感受性の違いにより、傷害の性質・程度に応じて多様な障害パターンが生じる。

脂質代謝の障害

  • 正常では、肝が取り込む脂肪酸の大半は食事由来。TAGへの・コレステロールとの・リン脂質への組み込みを経て、大半は輸出用(リポタンパク形成を要する)。合成(=)がTAG分泌に必須である点が重要。
  • を除き、でリポタンパク・の臨床的に有意な変化は通常みられない。

脂肪肝

機序 内容
脂肪酸流入増加 ・糖尿病による脂肪組織からの増加(代謝異常に伴うは)
脂肪酸合成増加/酸化低下 TAG形成増加
合成低下 形成障害→TAG輸出できず蓄積(タンパク・カロリー栄養不良、・リン・テトラサイクリン等の毒性による)
アルコール 最も一般的なの原因(アルコールの酸化のNADH/NAD⁺上昇機序参照、臨床像は)

コレステロール代謝の異常

では血清が低下しうる(合成低下・合成低下)。一方、胆汁うっ滞(/)では血清が著明に上昇する。(PBC。旧称は)ではを含む胆汁うっ滞性を来し、は早期に高値となる一方、進行例では低下しうる。1

アミノ酸・アンモニア代謝

肝は主要なアミノ酸変換の場。門脈経由で入るアミノ酸の大半は尿素にされる(BCAAを除く——BCAAは主に骨格筋で利用される)。

💡 ↑・BCAA低下、が進行肝疾患で典型的なパターン。 通常肝で代謝されるは肝障害で血中上昇し、BCAAは骨格筋でのアンモニア処理などに消費されて低下しうる。この比の変化は肝性脳症の病態と関連づけられる。

肝でのは、(。〈旧称〉が最もよく研究され肝障害で血中上昇する。肝への特異性はのほうが高い)と(、、、酵素)の2大反応からなる(アンモニアの処理と参照)。

アンモニアの由来と肝不全での蓄積

由来 尿素合成への寄与
アンモニア 約33%
グルタミン(アミド) 約6–13%
ミトコンドリアグルタミン酸(経由:Ala, Gln, Pro, His由来) 約20%
その他(Asn, Asp, Thr, Gly, Serなど直接由来、由来) 約33–40%

の最終段(による尿素形成)は不可逆。進行した肝疾患では尿素合成が低下し、の顕著な低下を伴うNH₃蓄積という不吉な徴候を呈する(の合併でこの所見が覆い隠されうる)。

⚠️ 腎・腸のアンモニア産生もの管理に直結する。 尿素の約25%は腸管に拡散し細菌ウレアーゼでNH₃に変換され(腸内細菌による未吸収アミノ酸/タンパクのも寄与)、門脈経由で肝へ戻り再度尿素化される。腎もでアンモニアを産生する。門脈圧亢進ではがこの循環をバイパスし()、アンモニアが直接に入る。

flowchart TD
  UREA["尿素<br>腎から排泄・約25%は腸管へ拡散"] -->|"腸内細菌のウレアーゼ<br>H₂O → CO₂"| NH3["NH₃<br>門脈から肝へ"]
  AA["未吸収のアミノ酸・タンパク"] -->|"腸内細菌による<span class='jp-term jp-term-diagram' title='deamination'>脱アミノ化</span>"| NH3
  GLN["グルタミン"] -->|"<span class='jp-term jp-term-diagram' title='glutaminase'>グルタミナーゼ</span>(腸管・腎)<br>H₂O"| GLUT["グルタミン酸"]
  GLN -->|"<span class='jp-term jp-term-diagram' title='glutaminase'>グルタミナーゼ</span>(腸管・腎)"| NH3
  NH3 -->|"<span class='jp-term jp-term-diagram' title='urea cycle'>尿素回路</span>(肝・複数段階)<br>カルバモイルリン酸合成酵素I〜<span class='jp-term jp-term-diagram' title='arginase'>アルギナーゼ</span><br>最終段は不可逆・肝不全で低下"| UREA
  NH3 -->|"<span class='jp-term jp-term-diagram' title='glutamine synthetase'>グルタミン合成酵素</span>(骨格筋・脳など)<br>グルタミン酸・ATP → ADP+Pi<br>肝不全で肩代わりが増える"| GLN

💡 肝で尿素にできなかったアンモニアは、骨格筋などでによりグルタミンへ固定される。その際にアンモニアを受け取るグルタミン酸は、(BCAA)のがへ渡されることで補われると考えられており、これが進行肝疾患でBCAAが減る理由の一つとされる。

血中アンモニア上昇の機序: 消化管でのアンモニア産生、腎機能変化、尿素合成低下、など。アンモニアは肝性脳症の重要な病因だが、単回測定値と臨床的重症度は必ずしも厳密に対応せず、診断・経過判断はや誘因と合わせて行う。

タンパク質合成と分解

肝は体全体で最も高い単位重量あたり速度をもつ(総タンパク量では筋肉が最大だが)。

  • アルブミン: 約12 g/日産生(肝の25%、輸出タンパクの50%)。の維持、多くの物質(ホルモン・脂肪酸・微量金属・ビリルビン等)の結合輸送を担う。
  • 凝固因子: フィブリノゲン、、第V・VII・IX・X因子など。第II・VII・IX・X因子はビタミンK依存性で、正常な腸管脂肪吸収に依存する(ビタミンKはのの補因子として働き、凝固因子前駆体のグルタミン酸残基をγ-に変える。下図)。
flowchart TD
  GLU["凝固因子前駆体のグルタミン酸残基"] -->|"<span class='jp-term jp-term-diagram' title='gamma-glutamyl carboxylase'>γ-グルタミルカルボキシラーゼ</span>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hepatic microsome'>肝小胞体</span>)<br>CO₂・O₂"| GLA["γ-<span class='jp-term jp-term-diagram' title='γ-carboxyglutamate (Gla)'>カルボキシグルタミン酸</span>残基<br>Ca²⁺を結合でき活性型の凝固因子に"]
  KH2["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='reduced form'>還元型</span>ビタミンK"] -->|"<span class='jp-term jp-term-diagram' title='gamma-glutamyl carboxylase'>γ-グルタミルカルボキシラーゼ</span><br>カルボキシ化と共役して酸化される"| KO["ビタミンK<span class='jp-term jp-term-diagram' title='epoxide'>エポキシド</span>"]
  KO -->|"<span class='jp-term jp-term-diagram' title='vitamin K epoxide reductase'>ビタミンKエポキシド還元酵素</span><br>ワルファリンで阻害"| K["ビタミンK(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='quinone'>キノン</span>型)"]
  K -->|"<span class='jp-term jp-term-diagram' title='vitamin K epoxide reductase'>ビタミンKエポキシド還元酵素</span>(ワルファリンで阻害)<br>ワルファリンが効きにくい別の還元酵素も働く"| KH2

💡 ワルファリンがビタミンK依存性因子だけを減らすのは、このビタミンKの再生回路を止めるためである。大量のビタミンKを投与すると、ワルファリンが効きにくい還元経路でビタミンKが補われ、作用が拮抗される。

  • は主に合成低下による(分解速度低下で部分的に代償されるが、フィブリノゲンなど他のタンパクはむしろ分解が速まることがあり、代償は一様ではない)。

⚠️ の原因鑑別: vs 。 (胆汁うっ滞など)によるが原因なら、非経口ビタミンK投与でが補正されうる。肝細胞機能自体の障害が原因の場合は、外因性ビタミンKを与えても合成は改善しない——この反応性の違いがに使われる。

生体異物代謝と肝疾患

水溶性物質は尿・胆汁中に未変化のまま排泄されるが、は(のI相・II相反応)で処理される必要がある。では:による薬物の「」低下、の乱れによる薬物クリアランス低下、による濃度上昇、そして酵素(I相・II相)活性低下による・排泄の遅延——これらが治療域との幅を狭め、投与量調整を必要とする。

ホルモン代謝

肝は多くのホルモンの不活化・修飾を担う:インスリン・グルカゴンはで、T3/T4はで、はテトラヒドロ誘導体化後で不活化される。

💡 性ホルモン代謝異常がの身体徴候を説明する。 テストステロン代謝異常・エストロゲン蓄積(によるテストステロン/の末梢でのエストロゲンへの変換増加を含む)が、・/脱落・・の機序として想定される。エストロゲンは胆汁酸排泄も直接障害しうる。

急性肝不全の症例:栄養管理の生化学

症例の要旨: 患者の手術中にを受けた外科医が、急性・広範な肝細胞破壊に陥った。生存には、肝が担う機能を栄養管理チームが約1週行する必要があった。

正常な肝が担うエネルギー代謝機能(失われる機能)

グリコーゲン/タンパクからのグルコース産生、絶食時の脂肪酸からの、の除去、アミノ酸分解由来アンモニアの尿素への解毒。

病態生理(何が起こるか)

肝不全では枯渇と糖新生障害による低血糖、乳酸クリアランス低下による乳酸上昇、機能低下とによるアンモニア上昇、・による減少が同時に生じうる。

治療の論理

flowchart TD
  A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='acute liver failure, ALF'>急性肝不全</span>:低血糖・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hyperlactatemia'>高乳酸血症</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='increased catabolism'>異化亢進</span>のリスク"]
  A --> B["血糖を頻回測定"]
  B --> C["低血糖を避けるよう静注グルコースを調整"]
  A --> D["必要エネルギー量と蛋白量を個別評価"]
  D --> E["腸管が使えれば<span class='jp-term jp-term-diagram' title='enteral nutrition, EN'>経腸栄養</span>を優先"]
  E --> F["血糖・乳酸・電解質・アンモニア・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='neurological findings'>神経所見</span>を再評価"]
  C --> F

⭐ の栄養管理は「低血糖を防ぎつつ、過不足なく栄養を維持する」ことが核心。 血糖・乳酸を監視し、低血糖を避けるよう静注グルコースを調整する。栄養経路は腸管が利用可能なら経腸を優先し、エネルギー・蛋白投与量は肝性脳症、血糖、腎機能、の程度に応じて個別化する。2

まとめ

  • 肝はが大きいため軽度傷害は症状に出にくいが、進行すると機能ごとに破綻パターンが現れる。
  • は合成障害(形成不能)や脂肪酸流入増加で起こる。胆汁うっ滞性ではが関与し、の変化は病期で異なる。
  • 肝性脳症にはアンモニアが重要だが、血中濃度と重症度は必ずしも厳密に一致しない。・腎/腸のアンモニア産生・機能低下が寄与する。
  • ・(特にビタミンK依存性因子)は低下を反映し、ビタミンK反応性で原因( vs )を鑑別できる。
  • 生体異物・の障害は薬物治療域の狭小化や内分泌様症状(等)を説明する。
  • では低血糖を予防し、腸管が使えればを優先しつつ、エネルギー・蛋白量を病態に合わせて個別化する。

出典

  1. 1.Features of Lipid Metabolism Disorders in Primary Biliary Cholangitis(Biomedicines・2022)原発性胆汁性胆管炎の病期により異なる脂質プロファイルとリポ蛋白X閲覧 2026-08-20
  2. 2.Nutritional management for acute liver failure(Hepatology Research・2024)急性肝不全における低血糖監視、個別化したエネルギー・蛋白管理と経腸栄養の位置づけ閲覧 2026-08-20