外科学

外科学 · B/02

甲状腺腫(goiter)の症状・診断・治療

Goiter. Symptoms, diagnosis, treatment

前提:病態
甲状腺機能低下症の発症機序と症状甲状腺機能亢進症の発症機序と症状
前提:正常
甲状腺ホルモン(T3/T4)の産生と作用
疾患
中毒性腺腫非中毒性甲状腺腫・甲状腺結節濾胞結節性疾患

ポッドキャスト

🧠 甲状腺腫は「形」「機能」「性質」「場所」の4軸で分類する。 形(びまん性 vs 結節性)、機能(正常・機能亢進・機能低下)、性質(良性・悪性)、場所(頸部・・)。症状も「圧迫症状(気管・食道・)」と「甲状腺機能自体の症状(代謝亢進 or 低下)」の2系統に分ければ整理しやすい。術式は原因疾患と病変の広がりで決め、で足りる症例では生涯のT4補充を回避できることもある。1

1. 定義

  • 甲状腺腫 = 甲状腺の腫大。「腫大」とは、頸部を自然な位置にした状態で腺が容易に・触診できることを指す。

2. 病因

主要な原因疾患の要点整理

疾患 要点
受容体を刺激する自己抗体が原因。摂取イメージングは「warm」で、()刺激に反応しない。と前脛骨部は、線維芽細胞上の-rを自己抗体が刺激することによる。強い傾向があり女性に多い。-B8・DR3との関連が知られる
に対する自己抗体()が主体で、、さらに抗受容体抗体を伴うこともある。無痛性の甲状腺腫を呈する。T3/T4が下がると視床下部への負のフィードバックが外れて・が上昇する。女性は男性の7〜10倍多い。機能低下例ではを通常1.4〜1.8 µg/kg/日で補充する2
特発性のこともあるが、多くはウイルス感染(、、など)が誘因。有痛性で硬い甲状腺腫大、発熱を伴う。経過は「機能亢進 → 正常化 → 機能低下 → 正常化」という一過性のをたどる
は上昇しているがT3/T4は正常範囲。高齢女性に多い。徴候・症状が、うつ病、、加齢そのものと紛らわしく見逃されやすい。軽度の徴候はコレステロール上昇や動脈硬化に関連することが多い

💡 T3()とT4()は甲状腺が分泌する2つの主要ホルモンで、()はその分泌を司令する。「↑ + T3/T4正常」は機能低下、「↓ + T3/T4↑」が典型的な機能亢進のパターン。

⭐ 授業資料はの経過を「まず大量のT3/T4が放出されて一過性の機能亢進 → 甲状腺の広範な破壊 → 長期の機能低下」という一本の順序で示している。 覚え方としては有用だが、⚠️ 全例がこの順序をたどるわけではない。現行の総説は臨床像を3通りの状態として並べる——①破壊された濾胞から貯蔵ホルモンが漏れ出ることによる(ハシトキシコーシス。管理は通常β遮断薬による症状コントロール)、②残存組織が代償している正常機能(を定期測定して機能低下への進行を追う)、③ホルモン産生が追いつかなくなった機能低下(補充)。どの状態で見つかるかは症例による。破壊性の機序による中毒症なので、と違っての適応ではない点が実務上の分かれ目になる。2

⚠️ 授業資料はの治療に「を抑えるための副腎皮質ステロイド」を挙げているが、これは現在の標準治療ではない。 本症の機能低下は自己免疫による濾胞破壊の結果であって、ステロイドで破壊を止めて機能を戻せることは示されていない。現行の総説が挙げる治療は、中毒症期のβ遮断薬による症状コントロールと、機能低下期の補充だけである。2

⚠️ の甲状腺腫が急速に硬く大きくなったら、だけでなくリンパ腫を疑う。 は一般人口に比べてのリスクを約1.6倍、甲状腺リンパ腫のリスクを約60倍高める。2

3. 分類

形態による分類

機能による分類

分類 内容
・T3・T4正常(例:)
T3・T4産生過剰=甲状腺腫+機能亢進症(例:、)
ホルモン産生低下(例:)

性質と部位

  • 性質: 良性 / 悪性
  • 部位: 頸部/ /

4. 症状

圧迫症状(甲状腺腫そのものによる)

  • 呼吸困難: 臥位で増悪 — 気管の偏位・圧迫による
  • : 食道圧迫による
  • 音声変化: への圧迫による
  • : 両腕を頭上に挙上すると+頸静脈の怒張が生じる(甲状腺腫がで静脈還流を閉塞し、静脈圧が上昇するため)

甲状腺機能亢進の症状(代謝亢進)

  • 暑がり、体重減少、、食欲増加、亢進、脱力感、倦怠感、()、頻脈、、高血圧、心房細動、不整脈、振戦、不安、抑うつ、不眠

甲状腺機能低下の症状(代謝低下)

  • 寒がり、体重増加、、食欲低下、便秘、脱毛、皮膚の乾燥・、徐脈、こわばり、、、認知症様症状、抑うつ

5. 診断と検査

身体診察

  • 診察ではと触診を行い、嚥下時の動きも観察する。
  • 触診は患者の背後に立って両手で行うのが一般的な手技である(甲状腺の左右葉を同時に、患者の頸を軽くさせた状態で触れられるため)。ただし立ち位置そのものを絶対視する必要はなく、評価の中心はあくまで・超音波・必要時のである。
  • 通常の触診の後、患者に嚥下させてさらに腫大が確認できるか観察する。嚥下で挙上するのが甲状腺由来の腫瘤の特徴である。
  • 結節の性状(大きさ、硬さ、病変、可動性)を評価する。

甲状腺腫の視触診による病期分類

病期 所見
Stage 1a だがでは分からない
Stage 1b 頸部を最大伸展させたときに視認できる
Stage 2 伸展なしでも視認できる
Stage 3 非常に大きい

検査値

  • → と 遊離T4
    • 甲状腺機能亢進症: 低下、T4・T3上昇
    • 甲状腺機能低下症: 上昇、T4・T3低下
  • 甲状腺自己抗体(ではが主体で、を伴うこともある)2

画像診断

flowchart TD
  SC["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='scintigraphy'>シンチグラフィ</span>所見"] --> D1["びまん性・均一な取り込み"]
  SC --> D2["びまん性・不均一(まだら)な取り込み"]
  SC --> D3["Cold nodule(取り込みなし)"]
  SC --> D4["Hot nodule(取り込み過剰)"]
  D1 --> R1["正常腺、またはびまん性機能亢進<br>(例:<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Graves disease'>バセドウ病</span>)"]
  D2 --> R2["低活性の過形成結節を伴う<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='multinodular goiter'>多結節性甲状腺腫</span>"]
  D3 --> R3["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='non-functional'>非機能性</span>結節(腫瘍・嚢胞など)<br>→ 超音波リスクと径で<span class='jp-term jp-term-diagram' title='fine-needle aspiration'>FNA</span>適応を判断"]
  D4 --> R4["良性腫瘍または<span class='jp-term jp-term-diagram' title='toxic adenoma'>中毒性腺腫</span><br>周囲の正常組織は抑制される<br>甲状腺機能は正常〜<span class='jp-term jp-term-diagram' title='toxic'>中毒性</span>のことがある"]

⭐ (cold nodule)は癌を確定する所見ではなく、超音波リスク分類と結節径から適応を判断する。はを示唆し悪性はまれだが、超音波や頸部リンパ節に疑わしい所見があれば別途評価する。

6. 治療

外科的治療

  • 手術の目的は機能亢進の是正と悪性腫瘍の切除。

手術適応

  • 圧迫症候群(呼吸困難、、違和感)
  • 悪性が疑われる結節、または圧迫症状・細胞診・超音波所見・患者背景を踏まえて手術適応がある結節1
  • に対する不耐性
  • 治療が不適切(禁忌)な場合
  • 患者の希望 → 若年の患者で、長期薬物療法なしに速やかな治癒を望む場合

💡 「何 cm を超えたら手術か」に単独の答えはない。 授業資料は「悪性または大きな結節(3〜4 cm超)」と書いているが、の推奨27Aは「再検の細胞診でも良性だが増大している結節に対して、大きい場合(4 cm超)、圧迫症状・構造的症状がある場合、または臨床的な懸念に基づく場合に手術を考慮してよい」という形で、しかも弱い推奨・エビデンスの質は低にとどまる。4 cmは「超えたら切る」線ではなく、増大・症状・臨床的懸念と組み合わせて初めて手術側へ傾ける因子である。1

術式の種類

  • 部分/亜全/
  • 亜全/(近)
  • ブロック郭清、

⭐ や両側性では全摘または近全摘が選択されることが多いが、術式は疾患・病変分布・再発リスク・で選ぶ。で十分な症例もある。1

内科的治療

  • 経口(T4): を低下させる → やの患者では甲状腺腫の縮小を狙って選択的に用いられることがある。ただしヨード充足地域の良性結節に対するルーチンのは推奨されない(強い推奨・エビデンスの質は高)1
    • 💡 理由は「効かない」ではなく「割に合わない」。 結節体積の縮小は平均5〜15%にとどまる modest なもので、6〜8人を治療して1人がする程度である。一方、効果が出た研究の多くはを0.2 mIU/L未満(しばしば0.1 mIU/L未満)まで抑えており、この程度の甲状腺機能亢進はと骨粗鬆症のリスク増加に有意に関連する。の原文も「大多数の患者にとって、潜在的な害が利益を上回る」と、対象を限定した書き方をしている1
    • ⚠️ ⭐ 同じ推奨の隣にある、もう一つの介入を落とさない。 は良性の結節をもつ患者に十分なヨウ素摂取を推奨し、摂取不足が判明または疑われる場合は1日150 µgのヨウ素を含むを勧めている(強い推奨・エビデンスの質は中)1
    • ⚠️ この推奨はの2015年版のものである。 は2025年にのガイドラインを改訂したが、2025年版は表題どおりに限られ、成人のの管理を扱っていない(本文も「細胞診でな結節は本癌ガイドラインでは扱わない」と明記している)。したがって結節についてのの推奨は2015年版が最後に示したものである3
  • (I¹³¹): 甲状腺組織を徐々に破壊する。以下のリスクを伴う。
    • 放射線甲状腺炎(急性の甲状腺腫脹、大きな甲状腺腫の患者では危険)
    • 一過性(破壊された濾胞から既存ホルモンが急速に放出されるため)
    • 過剰破壊による晩期甲状腺機能低下症

7. 甲状腺手術の合併症

早期合併症

  • ・麻痺
  • 、頸動脈、頸静脈の損傷
  • 出血、気胸、、感染

晩期合併症

  • 瘢痕
  • 甲状腺機能亢進症の再発
  • 甲状腺腫の再発

まとめ

  • 甲状腺腫は「形態(びまん性/結節性)」「機能(正常/亢進/低下)」「性質(良性/悪性)」「部位(頸部//)」の4軸で整理する。
  • (受容体刺激抗体)、(。授業資料は「一過性機能亢進→長期機能低下」の順序で示すが、実際は中毒症・正常機能・機能低下の3通りの臨床像をとり、必ずこの順序をたどるわけではない)、(ウイルス性、有痛性、経過)は代表的な原因疾患として鑑別が重要。2
  • 症状は圧迫症状(気管・食道・、)と機能異常症状(甲状腺機能亢進/低下)の2系統に分けてする。
  • のは癌確定ではなく、適応は超音波リスク分類と径で決める。はを示唆し悪性はまれである。
  • 標準術式は病態ごとに異なり、両側性良性疾患では全摘が多い一方、ではを含めて個別化する。1
  • 良性結節へのルーチンのは推奨されない(強い推奨・エビデンスの質は高)。縮小は平均5〜15%と乏しく、は6〜8で、・骨粗鬆症のリスクが上回るためである。代わりにヨウ素摂取の充足を確認する。1
  • の合併症は・出血・気胸などの早期合併症と、・再発などのに分けて覚える。

出典

  1. 1.2015 American Thyroid Association Management Guidelines for Adult Patients with Thyroid Nodules and Differentiated Thyroid Cancer(American Thyroid Association・2016)甲状腺結節の評価はTSH・超音波リスク・結節径を統合し、手術範囲や術後ホルモン補充は病態と切除範囲に応じて個別化することを確認した。あわせてPMCの全文で次を確認した。推奨25の逐語が「Routine TSH suppression therapy for benign thyroid nodules in iodine sufficient populations is not recommended. Though modest responses to therapy can be detected, the potential harm outweighs benefit for most patients.(強い推奨・エビデンスの質は高)」であること、その根拠の解説が結節体積の縮小を平均5〜15%にとどまる modest なものとし、6〜8人を治療して1人が奏効すると述べ、達成されるTSH抑制の程度は多くが0.2 mIU/L未満・しばしば0.1 mIU/L未満で、この程度の甲状腺機能亢進は心不整脈と骨粗鬆症のリスク増加に有意に関連すると述べていること、推奨27Aの逐語が「Surgery may be considered for growing nodules that are benign after repeat FNA if they are large (>4 cm), causing compressive or structural symptoms, or based upon clinical concern.(弱い推奨・エビデンスの質は低)」であること、推奨26が適切なヨウ素摂取(不足が疑われるなら1日150 µgの補充)を推奨していること(強い推奨・エビデンスの質は中)。閲覧 2026-09-21
  2. 2.Hashimoto thyroiditis: an evidence-based guide to etiology, diagnosis and treatment(Polish Archives of Internal Medicine・2022)橋本甲状腺炎では抗TPO抗体を中心に評価し、甲状腺機能低下例にはレボチロキシン補充を行うことを確認した。あわせてEurope PMCの抄録で次を確認した。臨床像が3通りに分かれること(A 破壊された濾胞から貯蔵ホルモンが放出されることによる甲状腺中毒症、B 残存組織が代償している正常機能、C ホルモン産生が不足した機能低下)、いわゆるハシトキシコーシスの管理は通常β遮断薬による症状コントロールであること、正常機能例はTSHを定期測定して機能低下への進行を監視すること、機能低下例のレボチロキシン用量が通常1.4〜1.8 µg/kg/日であること、女性が男性より7〜10倍多いこと、本症が一般人口に比べ乳頭癌のリスクを1.6倍・甲状腺リンパ腫のリスクを60倍高めることを確認した。閲覧 2026-09-21
  3. 3.2025 American Thyroid Association Management Guidelines for Adult Patients with Differentiated Thyroid Cancer(Thyroid(American Thyroid Association)・2025)PMCの全文を閲覧した。表題が「分化型甲状腺癌」に限られ、本文が「cytologically indeterminate nodules … not addressed in these thyroid cancer guidelines」と述べているとおり、2025年版は成人の甲状腺結節の管理を扱っていない。したがって結節についてのATAの推奨は2015年版が最後に示したものである。閲覧 2026-09-21