微生物ノート一覧へ

Microbe Atlas · 真菌

Trichophyton rubrum

紅色白癬菌

分類
皮膚糸状菌 / DermatophytesTrichophyton
科目
Medical MicrobiologyDermatology
トピック
4/5: Mycoses of the skin and its adnexes: dermatophytoses皮膚科 1-19:爪真菌症(爪白癬)
原因となる疾患
CARD9欠損症皮膚糸状菌症(白癬)
作用する薬剤
イソコナゾールイトラコナゾールグリセオフルビンクロトリマゾールケトコナゾールシクロピロクステルビナフィン

🧠 全体像:Trichophyton rubrumは世界で最も高頻度に分離されるであり、・の最多原因菌という臨床上の地位を占める。この菌の性格を決めているのは「(ヒトに完全適応した感染源)」という一点で、がこの菌を強い異物として認識しないため炎症は乏しく、その代わり慢性・難治性の経過をたどる。・のが派手な炎症で目立つのとは対照的に、T. rubrumは静かに居座り続ける。

微生物学的な特徴

は(Trichophyton)・(Microsporum)・(Epidermophyton)の3属に分かれ、どのを侵せるかが属ごとに決まっている。

属 侵す組織 代表種
(Trichophyton) 皮膚・毛髪・爪すべて T. rubrum・Trichophyton mentagrophytes・Trichophyton tonsurans・Trichophyton schoenleinii
(Microsporum) 皮膚・毛髪(爪は侵さない) Microsporum canis・Microsporum gypseum
(Epidermophyton) 皮膚・爪(毛髪は侵さない) Epidermophyton floccosum

⭐ 属名の由来がそのまま覚え方になる。 “Tri”()は3組織すべて、は毛髪だけ除外、Microsporumは爪だけ除外——3属の守備範囲は互いに補い合う関係にある。

  • の糸状菌で、を持つ
  • 培養:の白色コロニーを作り、裏面がワイン赤〜ブルゴーニュ色に色素沈着するのが同定の決め手
  • 顕微鏡:涙滴形のが菌糸に沿って多数付着し、はまれで筆状
  • 感染源によって(ヒト→ヒト)・(動物→ヒト)・(土壌→ヒト)の3型に分けられ、T. rubrumはの代表種
感染源 定義 炎症の強さ 代表種
ヒト→ヒト接触 弱い(慢性・軽微) T. rubrum・Trichophyton tonsurans・Epidermophyton floccosum・Trichophyton schoenleinii
動物→ヒト接触 強い Microsporum canis・Trichophyton mentagrophytes
土壌との接触 強い Microsporum gypseum

💡 なぜ・ほど炎症が強いのか。 ヒトに適応した菌は、から「見慣れた抗原」として扱われやすく、免疫応答が穏やかなぶん排除されにくく慢性化する。逆に動物・の菌はヒトに適応していないため、がこれを強い異物として認識し、激しい炎症反応(膿疱・のような化膿性病変)を起こす代わりに自然治癒しやすい。「炎症が強い菌ほど治りやすく、大人しい菌ほど治りにくい」というがここから生まれる。

病原性の仕組み

flowchart TD
    A["Trichophyton rubrum の付着"] --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='keratinase'>ケラチナーゼ</span>で<span class='jp-term jp-term-diagram' title='stratum corneum'>角層</span>の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='keratin'>ケラチン</span>を分解"]
    B --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='stratum corneum'>角層</span>内で増殖・定着"]
    C --> D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='anthropophilic'>好人性</span>のため<span class='jp-term jp-term-diagram' title='host immunity'>宿主免疫</span>の認識が弱い"]
    D --> E["炎症は軽微<br>掻痒はあるが発赤・膿疱に乏しい"]
    E --> F["排除されにくく慢性化"]
    F --> G["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='tinea pedis'>足白癬</span>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='moccasin-type'>モカシン型</span>)<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='tinea unguium'>爪白癬</span>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='distal lateral subungual onychomycosis'>遠位側縁爪甲下型</span>)"]

⚠️ 生きた組織には侵入しない。 はを唯一の栄養源とする表在性感染であり、・・を越えて真皮以深や血流に達することはない。や致死的経過をたどるAspergillus fumigatusやRhizopus oryzae()の全身性真菌症とはこの点で根本的に異なる。

感染経路と疫学

  • 感染者との直接接触、または床・タオル・靴・靴下・爪切りなど共有物を介した間接接触で伝播する
  • 高温多湿・密閉性の高い靴、多汗、公衆浴場やジムの共有スペースが増悪・になる
  • 世界的にの最多原因菌であり、特に成人の・でこの菌の占める割合が高い。日本でも、培養で同定されたの原因菌の90%以上をT. rubrumとT. interdigitaleの2菌種が占め、・に限ると98%以上になる1
  • 慢性・難治性の経過をとりやすく、家庭内でのの温床になりやすい

起こす疾患

病型 特徴
() 足底から側縁にかけての慢性の角化・。型に比べ炎症が乏しく気づかれにくい
() 遠位側縁からの黄白色、。によるの最多原因菌
・ を伴う、辺縁

詳細な病型分類・鑑別は(白癬)を参照。

診断

  • :皮膚・爪の検体でを確認する第一段階の検査
  • :T. rubrumを含むは蛍光を発しない(蛍光陽性はMicrosporumの一部菌種に限られる)
  • 培養:白色コロニー・裏面のワイン赤色素で同定を確定する。や難治例では必須
  • は治療前に必ず菌学的確認を行う——乾癬・爪部腫瘍などの爪変化とされやすい

治療と予防

病型 治療
限局した体部・股部・ などのを2〜4週間
(内服) 治癒率の高さから内服が基本。日本では経口125 mg/日の6か月連続内服(推奨度A)、経口400 mg/日の(1週間投与・3週間を3サイクル、推奨度B)、経口ホスラブコナゾール(推奨度A)が選択肢になる1。米国では経口250 mg/日を6〜12週用いる方法が多くの患者で優先される2
(外用) 日本では10%爪外用液・5%爪外用液(いずれも推奨度B)が、内服できない・希望しない患者に用いられる。は内服より低く、または培養で確定した例が保険適用の対象である1

💡 同じでも国によって用量と期間が違う。 日本の用法(125 mg/日を6か月)と米国の用法(250 mg/日を6〜12週)は、1日量も期間も異なる別の組み立てである。数字を混ぜて覚えない。

⚠️ に耐性のT. rubrumが増えている。 は合成のを阻害する薬で、耐性はこの酵素の遺伝子の点変異(主にLeu393・Phe397の)が結合部位の形を変えることで生じる。初めての耐性株は2003年に米国の患者1,432例中1例で見つかったにすぎなかったが、その後、菌種を問わない白癬菌の全体でも、スイスで0.8%、日本の2020年の多施設調査で2.3%に耐性株が検出された。日本でも2018年に感受性の低下したT. rubrumが報告されており、・ブテナフィン・リラナフタートといった同じ酵素を阻害する外用薬を長期・間欠的に使った例からの耐性化もある1。米国でもを含めて耐性T. rubrum感染が増えている2。標準治療に反応しない白癬では、菌種の同定と薬剤感受性の確認に進む。インド亜大陸由来で耐性が多い別種についてはTrichophyton indotineaeを参照。

⚠️ 診断未確定の環状皮疹にステロイド配合外用薬を使わない。 炎症だけを一時的に抑えて感染が拡大するを招く。

  • 爪は伸長が遅いため、菌学的治癒と見た目の改善には数か月〜1年以上の時間差がある
  • 予防として足の乾燥、靴・靴下・タオルの共有回避、爪切りの個別化が有効

まとめ

  • (皮膚・毛髪・爪すべて)・(皮膚・毛髪)・(皮膚・爪)という3属の守備範囲の違いがの。
  • T. rubrumはの代表種で、の認識が弱いぶん炎症が乏しく慢性化しやすい。・の菌ほど炎症が強い。
  • ・の世界的な最多原因菌。でに定着するが生きた組織には侵入しない表在性感染。
  • は蛍光陰性(Microsporumの一部との重要な鑑別点)。培養では裏面のワイン赤色素が同定の決め手。
  • はの高い内服が基本で、日本では(125 mg/日を6か月)・ホスラブコナゾール・のを使い分け、内服できない例には爪外用液2剤(・)を用いる。耐性のT. rubrumが国内外で増えている。

出典

  1. 1.皮膚真菌症診療ガイドライン2025(日本皮膚科学会・日本医真菌学会合同皮膚真菌症診療ガイドライン策定委員会・2025)全文PDF(日皮会誌135巻13号)を確認した。本邦で真菌培養により同定された皮膚糸状菌症の原因菌の90%以上をTrichophyton rubrumとT. interdigitaleが占め、足白癬・爪白癬ではこの2菌種が98%以上であること。爪白癬の内服療法はテルビナフィン125 mg/日の6か月連続内服(CQ5、推奨度A、定期的な血液検査が必要)、イトラコナゾール400 mg/日を1週間投与・3週間休薬で3サイクルのパルス療法(CQ6、推奨度B)、ホスラブコナゾール(CQ7、推奨度A)であり、外用療法はエフィナコナゾール10%爪外用液(CQ3、推奨度B)とルリコナゾール5%爪外用液(CQ4、推奨度B)で、外用薬は経口薬より完全治癒率が低いものの内服できない・希望しない患者に使われ、直接鏡検または培養で確定診断された患者に保険適用があること。テルビナフィン耐性T. rubrumは2003年に米国の爪白癬患者1,432例中1例で初めて確認され、菌種を限らない白癬の臨床分離株でスイスの0.8%(17/2,056株)、本邦の2020年の多施設調査の2.3%(5/210株)に耐性株が検出され、2018年には本邦でもテルビナフィン感受性の低下したT. rubrumが報告されたこと、耐性はスクアレンエポキシダーゼ遺伝子の点変異(主にLeu393とPhe397)によること、同じ酵素を阻害する外用剤(テルビナフィン・ブテナフィン・リラナフタート)の長期・間欠的な投与でも耐性株を生じた症例があることを確認した。閲覧 2026-09-27
  2. 2.Diagnosis and Management of Tinea Infections(American Family Physician (AAFP)・2025)PMC掲載の全文で、爪真菌症には多くの患者で経口テルビナフィン250 mg 1日1回を6〜12週間用いる方法がイトラコナゾールなど他の経口薬より好まれること(忍容性・費用・有効性による)、テルビナフィン耐性Trichophyton rubrumによる感染が爪真菌症を含め米国と世界で増えていることを確認した。閲覧 2026-09-27