微生物学

微生物学 · 5/35

下痢の起因体とその診断

Causative agents of diarrhoea and their diagnosis

応用トピック
感染性胃腸炎
微生物
Enteroinvasive Escherichia coliNorovirusYersinia enterocolitica
検査値
便培養

🧠 下痢の原因を考えるときは、まず「(食品中で先に産生された毒素を摂取して発症する)」と「(生きた病原体そのものが腸管に定着・侵入して発症する)」を分けるのが出発点になる。 前者は発症までのが短く症状の主体は毒素作用そのもの、後者は病原体の増殖・侵入を要するためが長い——この違いが(対症療法か、時に抗菌薬か)にも直結する。

食中毒:食品中で産生された毒素の摂取

原因は菌体そのものではなく、食品中ですでに産生された毒素の摂取である。

病原体 特記事項
Staphylococcus aureus による、発症の早い
Bacillus cereus ・の2病型
Clostridium perfringens 型
Clostridium botulinum による()

消化管感染症:下痢が主症状

生きた病原体が腸管に定着・侵入することで発症する。

病原体 特記事項
腸管病原性E. coli EHEC(enterohemorrhagic E. coli, 腸管出血性)・ETEC(enterotoxigenic E. coli, 原性)・EPEC(enteropathogenic E. coli, 腸管病原性)・EIEC(enteroinvasive E. coli, 腸管侵入性)・EAEC(enteroaggregative E. coli, 腸管凝集性)の5病原型がある。⚠️ EHEC(STEC)への抗菌薬投与は発症リスクを上げるとされ、ルーチンでの使用は推奨されない——方法論の質が高い研究に限ったで発症の2.24倍という結果が報告されている1
Salmonella spp. —
Shigella spp. —
Campylobacter spp. —
Vibrio cholerae —
Yersinia enterocolitica —
Clostridium difficile(現行の学名はClostridioides difficile——2016年に16S rRNA解析でClostridium属から系統的に離れていることが示され新属Clostridioidesへ再分類された2) の代表

寄生虫性下痢

ウイルス性下痢

病原体 特記事項
Rotavirus 乳児における下痢の最頻原因(#1)。世界全体では年間約20万人が感染で死亡すると推計される
Norovirus 全体としての最頻原因(#1)——ただしこれはワクチン普及が進んだ高所得国での話で、が行き渡っていない地域ではが依然優位3

診断

  • 便検体:培養+各細菌種に応じた特異的検査で菌種を同定する。
  • C. difficile感染症の確定診断は単一検査では不十分—— ・トキシンA/B ・のいずれも単独ではが低い状況でが不足するため、2段階アルゴリズム(またはでスクリーニングし、トキシンA/B で確定)が推奨される4。
  • ⚠️ 多重パネル(マルチプレックス)は「原因が複数見つかる」問題を伴う。 小児下痢便を対象とした評価では、検体の16.9%で複数の病原体が同時検出されており、検出=発症の原因と機械的に結びつけず、臨床像との整合性を確認する必要がある5。
  • の場合:症状と摂取源から原因食品を推定し、その食品を検査して病原体を検出する。
  • *C. botulinum*の場合のみ特殊:患者血清をマウスに接種して毒素を検出する(5/31参照)。

まとめ

  • 下痢の原因は「(先に食品中で産生された毒素の摂取)」と「(生きた病原体の定着・侵入)」に大別され、とが異なる。
  • の代表はS. aureus・B. cereus・C. perfringens・C. botulinum。
  • の代表は腸管病原性E. coli(EHEC/ETEC/EPEC/EIEC/EAEC)・・・Campylobacter・V. cholerae・Y. enterocolitica・C. difficile。
  • 寄生虫ではE. histolytica・Giardia lamblia・Balantidium coli・Cryptosporidium・Blastocystis hominisが原因となる。
  • ウイルスでは乳児のRotavirus、全体ではNorovirusが最頻原因。
  • 診断はが基本だが、は原因食品の検査、C. botulinumはマウスへの血清接種という特殊な手法をとる。

出典

  1. 1.Shiga Toxin-Producing Escherichia coli Infection, Antibiotics, and Risk of Developing Hemolytic Uremic Syndrome: A Meta-analysis(Clinical Infectious Diseases・2016)方法論の質が高い研究に限ると、STEC感染への抗菌薬投与はHUS発症リスクを有意に上昇させ(オッズ比2.24倍)、ルーチンでの抗菌薬使用は推奨されない閲覧 2026-08-26
  2. 2.Reclassification of Clostridium difficile as Clostridioides difficile (Hall and O'Toole 1935) Prevot 1938(Anaerobe・2016)16S rRNA遺伝子解析でC. difficileはClostridium sensu strictoから系統的に離れたPeptostreptococcaceaeに属し、2016年に新属Clostridioidesへ再分類された閲覧 2026-08-26
  3. 3.Rotavirus(StatPearls / NCBI Bookshelf・2023)世界全体では年間約20万人がロタウイルス感染により死亡すると推計される一方、ワクチン普及が進んだ高所得国ではノロウイルスがロタウイルスを上回る急性ウイルス性胃腸炎の主因となっている閲覧 2026-08-26
  4. 4.European Society of Clinical Microbiology and Infectious Diseases: update of the diagnostic guidance document for Clostridium difficile infection(Clinical Microbiology and Infection(ESCMID)・2016)グルタミン酸デヒドロゲナーゼ(GDH)EIA・トキシンA/B EIA・核酸増幅検査(NAAT)を比較したメタ解析に基づき、CDI有病率が低い状況では陽性的中率が不十分なため単独で診断を確定できる市販検査は存在しないと結論し、2段階アルゴリズムの使用を推奨した閲覧 2026-08-26
  5. 5.Evaluation of the BioFire Gastrointestinal Panel to Detect Diarrheal Pathogens in Pediatric Patients(Diagnostics (Basel)・2021)小児下痢便184検体をBioFire GIパネル(多重PCR)で評価した前向き研究で、真陽性93検体・128病原体が検出され、31検体(16.9%)は複数病原体が同時陽性であった。基礎疾患のない群では血液疾患群より陽性率・複数病原体検出率とも有意に高かった閲覧 2026-08-26