眼科学

眼科学 · ML-18

真菌性角膜炎

Fungal keratitis

前提:病態
抗真菌薬

🧠 全体像:は「上皮の傷に真菌が入り、実質の深いところで菌糸がゆっくり広がる」角膜炎である。典型は植物による外傷かコンタクトレンズで、糸状菌(フザリウム・アスペルギルス)と酵母(カンジダ)が起因菌になる。所見の合言葉は「羽毛状のぼやけた辺縁・深い浸潤・・、そして抗菌薬が効かず細菌培養が陰性」。塗抹・培養・で菌を確かめ、糸状菌には点眼を軸に長く治療する。ステロイドは避け、薬で抑えきれなければを行う。

角膜炎の病原体ごとの見分け方と検査の正本は角膜炎の、抗真菌薬の濃度・用法・治療例の表は眼科の抗微生物薬が正本である。ここではの疫学・危険因子・臨床像・診断・治療方針・合併症を扱う。

疫学

  • 熱帯・亜熱帯の国で多い。農作業中の植物による外傷が多いからである。
  • 温帯地域では角膜炎の大半は細菌性だが、この10年ほどでの発生が増えている。

ロンドンの眼科専門病院の報告では、2007〜2014年にと確定した112例の年間症例数が増えた1。年ごとの内訳(英国内で感染/英国外で感染)はおよそ次のとおりである。

年 英国内で感染 英国外で感染 合計
2007 5 0 5
2008 1 3 4
2009 10 1 11
2010 10 2 12
2011 15 2 17
2012 14 4 18
2013 21 4 25
2014 15 5 20
  • 増加の大部分は英国内で感染した例で、旅行先での感染だけでは説明できない。
  • 温帯の国の従来の報告では酵母が主な分離菌で、が最大の危険因子だった。この報告では糸状菌だけの感染が69.6%、酵母だけが25%で、2007年以前より糸状菌の割合が増えた。糸状菌はと、酵母はと関連し、増加の原因はコンタクトレンズ関連のだった1。

💡 「は熱帯の農村の病気」という古い図式は、温帯の都市でも崩れつつある。者の治りにくい角膜炎では、温帯でも真菌を鑑別に入れる。

危険因子

⭐ 最も重要なのは上皮欠損である。真菌は健康な上皮をほとんど破れないので、何らかの傷が入口になる。

危険因子 なぜ真菌が入りやすいか
上皮欠損 真菌の侵入口になる(すべての危険因子に共通する最終段階)
植物による外傷 木の枝・葉・穀物などに付いた真菌が、傷と同時に角膜へ植え込まれる
上皮の微小な傷、レンズ・ケース・保存液の汚染
・眼瞼炎などで上皮が弱い(酵母の感染に多い)
糖尿病 の低下、上皮の治りにくさ、免疫の低下
ステロイド点眼 局所の免疫を抑え、真菌の増殖を助ける
最近の眼科手術 、術後のステロイド点眼
眼瞼の位置異常 ・・で角膜が傷つき乾く
慢性 にたまった膿から眼表面へ病原体が供給される

起因菌

型 菌 典型的な背景
酵母 カンジダ属 、ステロイド点眼、免疫低下など、もともと弱った角膜
糸状菌 フザリウム属 植物による外傷、コンタクトレンズ(とくに温帯での増加の中心)
糸状菌 (アスペルギルス・フミガーツスなど) 植物による外傷、熱帯地域

💡 酵母と糸状菌を分けるのは、効く薬が違うからである。糸状菌、とくにフザリウムには、カンジダにはアンフォテリシン B が軸になる(下記)。

症状

  • 痛み
  • 充血
  • コンタクトレンズが装用できなくなる

💡 症状はとほとんど同じだが、進み方がゆっくりで、数日〜数週かけて悪くなる。「抗菌薬を使っても良くならない角膜炎」として紹介されてくることが多い。

所見

所見 内容
混合充血 との両方
上皮欠損 あることもないこともある(±)
深い層に多い。辺縁は羽毛状にぼやけ、周囲に(主から離れた小さな浸潤)が散らばる
の下方に膿がたまる
抗菌薬への反応 反応しない
細菌培養 陰性

実際の眼では、強い充血の中で、角膜の広い範囲に灰白色の濃いを認める。進行した例では黄白色の厚い浸潤が角膜の中央から下方を大きく占め、さらに進むと角膜全体が白く濁っても瞳孔も見えなくなる。

💡 なぜ深く、ぼやけ、飛び火するのか:菌糸は実質のコラーゲン層の間を横に、そして深く伸びる。伸びた先で増えると、主から離れたになり、辺縁は羽毛のようにぼやける。上皮が無傷のまま深い層で広がることがあるので、表面を擦っても菌が採れないことがある。

⚠️ 上皮欠損がないから軽い、ではない。 上皮が保たれていると点眼薬が深部へ届きにくく、菌糸はその下で広がり続ける。深い浸潤は Descemet 膜を越えてへ入り、に進むことがある。

診断

検査 内容
物の グラム染色・・PAS 染色で菌糸や酵母を探す
特殊な培地での培養 真菌の同定と抗真菌薬の
実質の中の菌糸を生体のまま見つける

では、実質の中に、枝分かれしながら縦横に交差する明るく光る細長い線状の構造(菌糸)が多数見える。上皮が無傷ででは届かない深いでも見つけられるのが強みである。ロンドンの報告でも、の54.5%はで菌が確認されていた(培養は70.5%、は14.3%)1。

💡 細菌培養が陰性で抗菌薬が効かないことは、それ自体が真菌を疑う手がかりである。治療に反応しない角膜炎では、真菌用の培地での培養・・を追加する(検査の詳細は角膜炎の)。

flowchart TD
    A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='corneal infiltrate'>角膜浸潤</span><br>植物外傷・コンタクトレンズ"] --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='stroke/scratch (stimulus)'>擦過</span>して塗抹と培養<br>(細菌用と真菌用)"]
    B --> C{"塗抹・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='confocal microscopy'>共焦点顕微鏡</span>で<br>何が見つかったか"}
    C -->|"菌糸(糸状菌)"| D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='natamycin'>ナタマイシン</span>点眼を軸に治療"]
    C -->|"酵母"| E["アンフォテリシン B 点眼などで治療"]
    C -->|"どちらも見つからない"| F["抗菌薬で<span class='jp-term jp-term-diagram' title='empiric therapy'>経験的治療</span>"]
    F --> G{"抗菌薬に反応するか"}
    G -->|"反応しない<br>細菌培養陰性"| H["真菌を再検討<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='fungal culture'>真菌培養</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='confocal microscopy'>共焦点顕微鏡</span>・生検"]
    H --> C
    D --> I{"薬で抑えられるか"}
    E --> I
    I -->|"抑えられない・穿孔"| J["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='corneal transplantation (keratoplasty)'>角膜移植</span>"]

治療

薬の種類

経路 薬 備考
点眼(品) 糸状菌の第一選択(根拠は下の MUTT I)
点眼(注射用製剤から調製) 酵母(カンジダ)に
点眼(注射用製剤から調製) 糸状菌に単剤では使わない(下記)
点眼(注射用製剤から調製) —
全身(経口) —
全身(経口) 従来挙げられてきたが、重い肝障害などのため経口の全身投与は現在ほとんど使われない
全身(経口・静注) —
全身(静注) アンフォテリシン B 眼内へ広がった重症例
手術 上記の治療で不十分なとき

💡 の抗真菌点眼が少ないため、多くは注射用製剤から院内で点眼液を調製する。濃度と用法の表は眼科の抗微生物薬にある。

MUTT I:ナタマイシンとボリコナゾールの比較

⭐ の323例で、5%と1%の点眼を比べた試験では、次の結果だった2。

項目 結果
3か月後の のほうが良い
・ のほうが少ない(0.42)
フザリウム属 差がさらに大きい(穿孔の0.06)
フザリウム以外 差がない
にを単剤で使うべきではない

MUTT II:経口ボリコナゾールの上乗せ

視力20/400以下の重症の240例で、との点眼に経口を加えても、3か月以内の・の率は変わらなかった。一方で有害事象は経口群で約2倍多かった(48.7%対23.1%)。試験の著者らは、重症ので経口を加える利益はないとしている3。

💡 全身投与が角膜で効きにくいのは、角膜に血管がなく、薬が血流から届きにくいからである。治療の主役はあくまで高濃度の点眼で、全身投与は眼内へ広がった例などに限って考える。

ステロイド

⚠️ 真菌が疑われる角膜炎ではステロイドを避ける4。ステロイドは局所の免疫を抑えて真菌の増殖を助け、上皮の治癒も遅らせる。ステロイド点眼そのものがの危険因子でもある。一部の治療例ではステロイド点眼の併用が提案されてきたが(眼科の抗微生物薬)、学習上は「にステロイドは使わない」を原則として覚える。

手術

  • 薬で抑えられない、または穿孔した場合はを行う(術式は角膜の手術)。
  • 移植後も残った真菌がすることがあるので、抗真菌薬を続ける。

合併症と予後

合併症 内容
深い浸潤が実質を溶かし、穿孔に至る
菌糸が Descemet 膜を越えて・眼内へ入る(、)
治っても濃いが残り、視力を奪う
後の再発 へ真菌が再び広がる

💡 は細菌性より治療期間が長く、穿孔・移植に至る割合も高い。「ゆっくり進む」ことは「軽い」ことを意味しない。早く疑って菌を確かめることが予後を決める。

細菌性角膜炎との違い

項目 細菌性 真菌性
誘因 コンタクトレンズ、外傷 植物による外傷、コンタクトレンズ、ステロイド点眼、
進行 速い(数時間〜数日) ゆっくり(数日〜数週)
上皮 欠損し、その下に壊死した実質 欠損はあってもなくてもよい
浸潤 境界の比較的はっきりした濃い浸潤 深く、羽毛状にぼやけ、
抗菌薬 効く 効かない
軸になる薬 高濃度抗菌薬の頻回点眼 (糸状菌)、アンフォテリシン B(酵母)
ステロイド 起因菌の同定か治療反応の確認後に検討 避ける

詳しくは。

まとめ

  • は熱帯・亜熱帯で多いが、温帯でもコンタクトレンズ関連のが増えている(ロンドンで2007〜2014年に年5例から20〜25例へ)。
  • 危険因子は上皮欠損が最重要で、植物による外傷、コンタクトレンズ、、糖尿病、ステロイド点眼、最近の眼科手術、眼瞼の位置異常、。
  • 起因菌は酵母(カンジダ)と糸状菌(フザリウム・アスペルギルス)。糸状菌はコンタクトレンズと、酵母はと関連する。
  • 症状は痛み・・充血・・・・コンタクトレンズ不耐。進行はゆっくり。
  • 所見は混合充血、上皮欠損(±)、深い・羽毛状の辺縁・、。抗菌薬が効かず細菌培養が陰性。
  • 診断は物の塗抹(グラム・ギムザ・PAS)、真菌用の培養と感受性、(光る線状の菌糸)。
  • 治療は点眼が主役:(、糸状菌の第一選択)、アンフォテリシン B・・(注射用製剤から調製)。全身は・・アンフォテリシン B(経口は現在ほとんど使わない)。
  • MUTT I:糸状菌、とくにフザリウムではがより良い。単剤は使わない。MUTT II:経口のに利益はなく、有害事象が増える。
  • ステロイドは避ける。薬で抑えきれない・穿孔したら。

出典

  1. 1.Altered Patterns of Fungal Keratitis at a London Ophthalmic Referral Hospital: An Eight-Year Retrospective Observational Study(American Journal of Ophthalmology(Ong HS, et al.)・2016)抄録(PubMed 27287820)で、温帯の国の従来の報告では酵母が主な分離菌で眼表面疾患が最大の危険因子だったこと、ロンドンの Moorfields 眼科病院で2007〜2014年に確定した真菌性角膜炎112例の年間症例数が増加したこと(Poisson回帰 P=.0001)、確定手段は培養70.5%・光学顕微鏡14.3%・生体共焦点顕微鏡54.5%であったこと、糸状菌のみ69.6%・酵母のみ25%・混合5.4%で2007年以前より糸状菌の割合が増えたこと、糸状菌感染はコンタクトレンズ装用と、酵母感染は眼表面疾患と関連し、増加の原因はコンタクトレンズ関連の糸状菌性角膜炎であることを確認した。閲覧 2026-09-29
  2. 2.The Mycotic Ulcer Treatment Trial: A Randomized Trial Comparing Natamycin vs Voriconazole(JAMA Ophthalmology(Prajna NV, et al.)・2013)PubMedの抄録で、塗抹陽性の糸状菌性角膜潰瘍323例を対象とした二重盲検多施設RCT(MUTT I、ボリコナゾール1%とナタマイシン5%を覚醒中1時間ごとに点眼)で、3か月時点の最良矯正視力がナタマイシン群で有意に良好であり(回帰係数0.18 logMAR、P=.006)、角膜穿孔・角膜移植の必要性もナタマイシン群で少なかった(オッズ比0.42、P=.009)こと、Fusarium属ではこの差がさらに大きく(視力の回帰係数0.41 logMAR、穿孔オッズ比0.06)、Fusarium属以外では両群で有意差がなかったこと、臨床への応用として糸状菌性角膜炎にボリコナゾールを単剤で使うべきでないと述べていることを確認した。閲覧 2026-09-29
  3. 3.Effect of Oral Voriconazole on Fungal Keratitis in the Mycotic Ulcer Treatment Trial II (MUTT II): A Randomized Clinical Trial(JAMA Ophthalmology(Prajna NV, et al.)・2016)抄録(PubMed 27787540)で、視力20/400以下の塗抹陽性の糸状菌性角膜潰瘍240例(インド・ネパール)に、全員へボリコナゾール1%とナタマイシン5%の点眼を行ったうえで経口ボリコナゾール(初日400 mg 1日2回、以後200 mg 1日2回を20日間)とプラセボを比べた二重遮蔽RCTで、3か月以内の角膜穿孔または治療的全層角膜移植の率に差がなく(ハザード比0.82、P=.29)、Fusarium属のサブグループでの減少傾向は多重比較の補正後に有意でなかったこと、有害事象は経口ボリコナゾール群48.7%・プラセボ群23.1%と多かったこと、結論として重症の糸状菌性角膜潰瘍で局所抗真菌薬に経口ボリコナゾールを加える利益はないとしていることを確認した。閲覧 2026-09-29
  4. 4.Bacterial Keratitis Preferred Practice Pattern(American Academy of Ophthalmology・2023)米国眼科学会の2023年版のページの要点(Highlighted Findings)で、微生物性角膜炎の治療でステロイドは抗菌薬を48時間使い起因菌が同定されるか治療に反応してから検討してよいが、アカントアメーバ・ノカルジア・真菌が疑われる場合は避けるべきであることを確認した。閲覧 2026-09-29