生理学

生理学 · 2.2

心電図法とヒトの心電図。

Electrocardiography, the human electrocardiogram.

応用トピック
非ST上昇型急性冠症候群I:病因・症候・診断ST上昇型急性冠症候群I:病因・病態機序・診断徐脈性不整脈上室性不整脈心房細動電気的および薬理学的カルディオバージョン心室性不整脈ペースメーカーの適応と種類ICDとCRT:適応と種類周停止期不整脈の診断と治療急性冠症候群心房細動徐脈患者の鑑別診断と管理頻脈患者の鑑別診断と管理心臓の刺激生成・伝導障害薬剤性有害反応:QT延長
検査値
QT延長

🧠 ECG(electrocardiogram, 心電図)は「を、体表の異なる角度から覗き見た投影図の集合」だと捉える。 は同じ1つの(脱分極・再分極の合成方向と大きさ)を、異なる軸から見ているだけ——だからこそ肢誘導同士(Einthovenの三角形, Einthoven triangle)には単純な足し算の関係が成り立ち、は心臓に近い分だけ「局所」の情報を映す。

ECGの基本原理

体表からの記録には2条件が必要:①臓器内の多数の細胞が電気活動を行うこと、②それが同期して(synchronously)行われること。(SA・AV結節)自体の信号は微弱すぎて検出できず、ECGの波形はの脱分極・再分極に由来する。

事象 への進行 への進行
脱分極 陽性の振れ(positive deflection) 陰性の振れ(negative deflection)
再分極 陰性の振れ 陽性の振れ

正味のがなければ(baseline、0mV)。

💡 心室壁では脱分極と再分極が逆方向に伝播する。 脱分極は→、再分極は→という順序で進む。この非対称性のため、T波はQRS波と同じ極性(陽性)になる。

心臓ベクトル

心臓の電気活動は、各瞬間の(無数の素ダイポールベクトル elementary dipole vectorの)で近似できる。大きさと方向は「脱分極/再分極している線維の数」と「その伝播方向」で決まる。

flowchart TD
  A["SA結節:<span class='jp-term jp-term-diagram' title='atrial depolarization'>心房脱分極</span>開始"] --> B["AV結節:<span class='jp-term jp-term-diagram' title='conduction delay'>伝導遅延</span>"]
  B --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='AV bundle (of His)'>His束</span>・脚・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Purkinje fiber'>プルキンエ線維</span><br>(この間に心房は再分極)"]
  C --> D["心室壁への脱分極伝播(心内膜→<span class='jp-term jp-term-diagram' title='epicardium'>心外膜</span>)"]
  D --> E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='ventricular repolarization'>心室再分極</span>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='epicardium'>心外膜</span>→心内膜)"]

前額面での心臓ベクトルの動き

  1. : SA結節由来、AV結節で(心室はまだ脱分極せず)。
  2. : ベクトルはとほぼ逆方向。に大きなベクトル、心室全体が脱分極し終えるとベクトル=0。この間に心房は再分極する。
  3. : と逆方向(=と同方向)だが、速度も同期性も劣るため、再分極のループは脱分極のループより小さい。
波形 対応する事象
P波
T波

ECGの区間・間隔

区間・間隔 意味
P波 0.08–0.10 s
(等電位, isoelectric) 心房→心室の(AV結節) 0.12–0.20 s
0.06–0.10 s(0.5–2 mV)
ST部分(等電位) 終了〜再分極開始 最大偏位1〜2小マス
+再分極の総 0.36–0.40 s

⚠️ は心拍数で見かけの長さが変わるため、式()なしに秒数だけで評価してはならない。 補正式には( = QT ÷ √RR)のほか、・などがある。・正常QRS幅・心拍90/分未満の6,609例で5種の補正式を比較した研究では、の精度は・が最良で、最も広く使われているが最も劣っていた(は頻脈でを過大に、徐脈で過小に見積もる)。健常部分集団でのBazett補正QTの99%は男性472 ms・女性482 msで、慣用の「男性450 ms・女性460 ms」という基準より高くなった1。

誘導の種類

  • : ある点の電位をに対して測定。
  • : 2電極間(・)のを記録。ベクトルの、電極を結ぶ線へののみが記録される(ベクトルが線に平行ならはゼロ)。

Einthovenの三角形

両肩と恥骨部(実際には両・)を頂点とする正三角形。は三角形の中心にあると近似し、への投影のみを検出する。

誘導
I
II (RA)
III (LL) (LA)

⭐ の:誘導II=誘導I+誘導III。 極性は「振幅最大のR波がすべての誘導で陽性になる」よう選ばれている。

💡 現在の標準における電極配置・記録法・波形の提示方法は、AHA(米国心臓協会)・ACCF(米国心臓病学会財団)・HRS(不整脈学会)による標準化のための科学的声明で規定されている。 代表波形の導出やグローバル区間に基づく自動も、この枠組みに沿って標準化されている2。

増高単極肢誘導

Einthovenの三角形内に定義されるで、は他の2肢の電位平均(実質的に心臓中心付近)。

誘導 電極 軸
aVR −150°
aVL −30°
aVF +90°

💡 aVRと誘導IIの軸は約30°しか離れていないが極性が逆。 そのためaVRの波形は誘導IIの「ほぼ鏡像」になる——正常心電図でaVRが優位に陰性である理由。

単極胸部誘導

はと同じだが、を胸壁上の定点(ほぼ水平面)に置く。心臓に近いため局所的な(localized)心筋情報を反映する。

  • V1:一般に陰性のR波(R波はV1→V6にかけて次第に陽性化)、P波はになりうる。
  • V5, V6:一般に陽性のR波、陽性のP波。

RR間隔と心拍数

隣接するR波間の距離(、0.6〜1.0秒)から心拍数を算出できる。

心拍数
0.6 s 100/分
0.8 s 75/分
1.0 s 60/分

頻脈: >100/分。徐脈: <60/分。

呼吸性洞性不整脈

健常者でが呼吸相によって変動する生理的現象。

呼吸相 機序 心拍数
吸気 ↓・動脈圧↓→刺激↓→↓ ↑
呼気 ↑・動脈圧↑→刺激↑→が抑制されない ↓

正常洞調律の判定基準

  • 規則的である
  • 60/分 < 心拍数 < 100/分
  • 各の前に1つのP波がある
  • P波:II誘導で陽性、aVRで陰性、大きさ正常(<3×3mm)
  • 0.12 s < PR < 0.20 s
  • 0.04 s < QRS < 0.12 s

心臓の電気軸

心臓の電気軸 ≈ 平均QRSベクトル。複数誘導(例:誘導I、II)のの値(R−Q−S)から幾何学的に算出する。

軸の範囲 判定
0°〜90° 正常(多くは30°〜60°)
α < −30°
α > 110°

⚠️ は解剖学的要因(肥満・妊娠など体格)だけでなく病態生理学的要因(左室/など)でも生じる。 単独の所見では原因を特定できない点に注意。

まとめ

  • ECG波形は(ではない)の同期した脱分極・再分極に由来し、P波=、QRS=、T波=。
  • 双極肢誘導(I, II, III=Einthovenの三角形)はII=I+IIIの関係を持ち、と(V1–V6、心臓に近く局所的)が加わる。
  • から心拍数を算出でき、呼吸性不整脈は自律神経のバランス変動を反映する生理現象。
  • 電気軸は平均QRSベクトルの方向で、正常0〜90°、<−30°、>110°。

出典

  1. 1.Which QT Correction Formulae to Use for QT Monitoring?(Journal of the American Heart Association・2016)洞調律・正常QRS幅・心拍90/分未満の6,609例で5種のQT補正式を比較したところ、心拍数補正の精度はFridericia式とFramingham式が最良でBazett式が最も劣った。健常部分集団でのBazett補正QTの99%正常上限は男性472 ms(95%CI 464〜478)・女性482 ms(474〜490)と現行の臨床基準を上回り、30日全死因死亡の予測もFramingham(ハザード比7.31)・Fridericia(5.95)がBazett(4.49)より優れた。ハロペリドールの点有病率調査では、最適な補正式を使うと「危険なQT延長あり」と分類される患者を50%減らせた閲覧 2026-08-26
  2. 2.Recommendations for the standardization and interpretation of the electrocardiogram: part I: The electrocardiogram and its technology: a scientific statement from the American Heart Association Electrocardiography and Arrhythmias Committee, Council on Clinical Cardiology; the American College of Cardiology Foundation; and the Heart Rhythm Society: endorsed by the International Society for Computerized Electrocardiology(American Heart Association/American College of Cardiology Foundation/Heart Rhythm Society・2007)標準12誘導心電図の電極配置・記録法・波形提示、および代表波形の導出とグローバル区間に基づく自動計測の標準を規定した科学的声明であることを確認した(技術標準化についての声明で、疾患の診断基準そのものではない)閲覧 2026-08-26