疾患ノート一覧へ

Disease Atlas · 感染症 · 症候群

ハンタウイルス肺症候群

Hantavirus pulmonary syndrome

別名
HPSハンタウイルス心肺症候群HCPS
臓器系
感染症呼吸器
科目
Medical Microbiology
トピック
微生物学 3/21:ブニヤウイルス(ハンタ・クリミア-コンゴ出血熱ウイルス)
鑑別疾患
急性呼吸窮迫症候群市中肺炎
関連疾患
重症熱性血小板減少症候群腎症候性出血熱
原因微生物
アンデスウイルスシンノンブレウイルス
症状
発熱筋肉痛呼吸困難咳
検査値
血小板数ヘマトクリット白血球数乳酸
画像所見
小葉間隔壁肥厚肺野の異常陰影

🧠 全体像:は、(南北アメリカ)が起こす急激なである。同じハンタウイルス属でも、が起こすが腎を主戦場にするのに対し、こちらの主戦場は肺で、致死率は桁違いに高い1。⭐ 臨床の要点は3つ——は「ただの風邪」に見える、気づけるのは、そして輸液を入れすぎると殺す。

旧世界型と新世界型——同じ属、別の病気

(Hantaan・Dobrava-Belgrade・Puumala) (Sin Nombre・Andes)
分布 ヨーロッパ・アジア 南北アメリカ
Murinae亜科のげっ歯類 Sigmodontinae亜科のげっ歯類
主症候群
主たる障害臓器 腎 肺
死亡率 低い〜中等度(Puumala 0.5%未満、Dobrava-Belgradeはそれより高い) 高い(約30〜50%)
人から人への伝播 記録なし Andesウイルスで記録あり

出典:Kraft & Latus 2026 の要約表1。別の総説は、ほぼすべての株で全体の死亡率を35%としている2。

⚠️ この対比を「腎か肺か」の二択で固めない。 でも肺病変は出うるし、心でもはしばしば見られる1。は傾きであって排他ではない。

⭐ Andesウイルスは、人から人への伝播が確実に記録されている唯一のハンタウイルスである1。他のハンタウイルス感染症で不要な対策が、この一種にだけ必要になる。2026年に船内発生として国際的な懸念を呼んだのもAndesウイルスだった1。

ウイルスと保有宿主

米国では1993年にが始まった。報告数は集計の時点と定義で変わるので、2つを分けて読む。

集計 報告数 数えている対象
2013年7月9日まで(Knust & Rollin 2013) 624例 (肺症状を必須とする)3
2023年末まで(集計) 890例 検査確定のハンタウイルス感染症全体(859例+肺症状を伴わない31例)。死亡35%、ミシシッピ川以西94%4

⚠️ 624例と890例は同じ定義の数ではない。 は1995年に全国疾患となり、2014年に検査の全国報告が拡大され、肺症状を伴わない例の報告は2015年に始まった4。2つの数を引き算して期間中の増加数として読まない。

下表のウイルス別の内訳は2013年の論文の数である。

ウイルス 米国での報告数
Sin Nombre (Peromyscus maniculatus) 大半3
Bayou (Oryzomys palustris) 5例3
Monongahela — 4例3
New York (Peromyscus leucopus) 2例3
Black Creek Canal (Sigmodon hispidus) 1例3

曝露地が判明した593例の96%がミシシッピ川以西で、計34州にわたる3。💡 「の乾燥地帯でネズミの糞のある納屋・小屋を掃除した」という病歴が最も効くである。潜伏期は2〜4週1。

⚠️ 肺症状を伴わないが10例あった3。「ハンタウイルス感染症=」ではない。の(発熱+・・のいずれか+検査確定)は肺症状を必須にしているため、軽症例は数から漏れていた——著者らは例だけでなく検査をすべて報告するよう求めた3。⭐ この求めはその後の制度に反映され、2015年からは肺症状を伴わない例も報告されている(2023年末までに31例)4。

経過——前駆期を捉えられるかで決まる

flowchart TD
    A["げっ歯類の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='excreta'>排泄物</span>の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='aerosol inhalation'>エアロゾル吸入</span><br>潜伏期2〜4週"] --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Prodromal stage'>前駆期</span>:発熱・筋肉痛・頭痛・<br>消化器症状。呼吸器症状は乏しい"]
    B --> C["この時期の唯一の一貫した異常は<br>血小板減少"]
    C --> D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='cardiopulmonary phase'>心肺期</span>:肺の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='capillary leak'>毛細血管漏出</span><br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='noncardiogenic pulmonary edema'>非心原性肺水腫</span>と低酸素血症"]
    D --> E["重症例では<span class='jp-term jp-term-diagram' title='cardiogenic shock, CS'>心原性ショック</span>"]
    E --> F["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='diuretic phase'>利尿期</span>:漏出した血漿が血管内へ戻る"]
    F --> G["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='recovery phase'>回復期</span>"]

⚠️ に呼吸器症状が乏しいことが最大の落とし穴である。発熱・筋肉痛・消化器症状で受診し、そのまま帰宅させると、呼吸不全とショックへの進行が極めて速い症例がある2。血小板減少を伴うに認識してへ搬送できるかどうかが生存を左右する2。

⭐ 末梢血塗抹の5所見

血清学的検査の結果を待てないときに使える。52例と128例を盲検下で比較した研究で確立された5。

  1. 血小板減少
  2. 骨髄球の出現(の)
  3. 好中球に有意ながない
  4. 形態を示すリンパ球が10%超

画像で肺水腫が確認された後にこの5所見のうち4つを満たすことは、感度96%・特異度99%で、を要した症例を1例も見逃さなかった5。に一貫して異常を示すはだけで、その低下を血清学的検査の適応の指標にできる5。

💡 4番目の「がない」が効いている。 細菌性敗血症ではが出る。「あるもの」ではなく「ないもの」が鑑別を担うという組み立てになっている。

治療——輸液を絞る

⚠️ これがと最も違う点である。 の低血圧期は輸液で支えるが、心では輸液を絞ること・早期の・人工呼吸が生存を改善する2。漏れている肺に水を入れれば肺水腫が悪化する。()は、で救命的であったと報告され2、CDCはの最初の徴候で開始した場合にがあっても80%としている6。

治療 位置づけ
輸液制限・早期の・人工呼吸 生存を改善する2。も心機能の監視と調整・輸液の慎重な投与・酸素投与・必要に応じた挿管と人工呼吸を管理の柱として挙げる6
⚠️ は、が疑われる患者には診断を待っているあいだも適切なを投与すべきとしている6
で救命的2。CDCはの最初の徴候で開始すればがあっても80%としている6
死亡率を下げないと考えられる2。も「の患者で試験されたが有効性は示されなかった」とする6
入院時のが高いほど生存と相関することから将来の治療として有望2

⚠️ 特異的な治療は無い(:「ハンタウイルス感染症に特異的な治療は無い」)6。上の一覧はすべて支持療法か、支持療法の質を上げる手段である。

⭐ は「の最後の手段」ではなく、開始の早さが数字を決める。 が80%というを挙げているのはの最初の徴候で開始した場合であり、待ってから導入した場合の値ではない6。

⭐ の評価がとで分かれる。 では242例の試験が死亡・への進行・出血の減少を示した7のに対し、心では有効性が示されていない26。「ハンタウイルス感染症に」と一括りにしない。

株による幅もある。南米の一部の株は、肺水腫を伴わない軽症、あるいはを伴う重症としばしば関連する2。

鑑別

・・敗血症が主な相手になる。分けるのはげっ歯類の曝露歴と地理、そして上記の所見である。株を問わず治療は支持療法で、一貫した効果を示した特異的抗ウイルス薬は無い1。

💡 同じ旧Bunyaviridae科(現class Bunyaviricetes)で発熱・血小板減少を呈する重症熱性候群(SFTS)とは、曝露歴で区別する。 ハンタウイルス属がげっ歯類の・分泌物の吸入で感染するのに対し、SFTSは主にマダニ刺咬で感染し、主座も肺水腫ではなく消化器症状・に傾く。

まとめ

  • による急性の漏出症候群。のと対をなすが、主たる障害臓器も死亡率も別物(約30〜50%、別の総説では35%)。
  • ⚠️ は排他ではない。でも肺病変が、心でもが出る。
  • Andesウイルスだけが人から人へ伝播する。対策の要否がここで分かれる。
  • 米国の報告数は、2013年7月9日までのが624例(曝露地の判明した593例の96%がミシシッピ川以西)、集計で2023年末までの検査が890例(859例+非31例、死亡35%、ミシシッピ川以西94%)。⚠️ 2015年から非も報告されるようになったので、両者は同じ定義の数ではない。はSin Nombreなら。潜伏期2〜4週。
  • は発熱・筋肉痛・消化器症状で呼吸器症状に乏しい。唯一の一貫した異常は血小板減少。
  • ⭐ の5所見(血小板減少・骨髄球の出現・・の欠如・リンパ球10%超)のうち4つで感度96%・特異度99%。
  • ⚠️ 特異的な治療は無く支持療法が本体。輸液を絞り、早期にと人工呼吸、診断を待つあいだも。はの最初の徴候で開始すれば80%とされる。は有効性が示されておらず、とは評価が逆になる。

出典

  1. 1.Hantavirus Infections—Clinical Recognition and Diagnostic Challenges(The Lancet Regional Health – Europe(Kraft L, Latus J)・2026)Andesウイルスが人から人への伝播が確実に記録されている唯一のハンタウイルスであること(本文はこの記述に参照文献1を付している)、新世界型ハンタウイルスが南北アメリカに分布し毛細血管漏出・肺水腫・呼吸不全を特徴とするハンタウイルス心肺症候群を起こすこと、要約表が新世界型の死亡率を「高い(約30〜50%)」、旧世界型を「低い〜中等度(Puumala 0.5%未満、Dobrava-Belgradeはそれより高い)」と対比していること(本文の「最大50%に達する致死率」には参照文献2が付されている)、要約表が保有宿主を旧世界型 Murinae 亜科・新世界型 Sigmodontinae 亜科、主たる障害臓器を腎と肺、人から人への伝播を旧世界型は記録なし・Andesウイルスは記録ありと対比していること、潜伏期が2〜4週であること、腎症候性出血熱でも肺病変が出うる一方で心肺症候群でも急性腎障害がしばしば見られ両者の臨床的な重なりが相当あること、株を問わず治療は支持療法であり一貫した効果を示した特異的抗ウイルス薬が無いこと、2026年の MV Hondius 船内発生がAndesウイルスによるものとして国際的な懸念を呼んだことを確認した。⚠️ 出典側の誤記:本文が旧世界型の主症状として血小板「増多」(thrombocythemia)と繰り返し記しているが、要約表では血小板減少(thrombocytopenia)となっており、文脈上も減少が正しい閲覧 2026-09-05
  2. 2.Hantavirus cardiopulmonary syndrome(Seminars in Respiratory and Critical Care Medicine(Chang B, Crowley M, Campen M, Koster F)・2007)ハンタウイルス心肺症候群がアメリカ大陸の複数のハンタウイルスにより起こり、いずれの株も肺の毛細血管漏出症候群を起こし重症例では心原性ショックを伴うこと、ほぼすべての株で全体の死亡率が35%であること、南米の一部の株は肺水腫を伴わない軽症、または肺出血を伴う重症としばしば関連すること、血小板減少を伴う前駆期に早期に認識して集中治療へ搬送することが生存を改善すること(一部の患者では呼吸不全とショックへの進行が極めて速いため)、輸液を絞ること・早期の強心薬・人工呼吸が生存を改善すること、難治性ショックに対して体外式膜型人工肺(ECMO)が救命的であったこと、リバビリンは死亡率を下げないと考えられること、入院時の中和抗体価が高いほど生存と相関するため高度免疫血清が将来の治療として有望であることを確認した。抄録のみを閲覧しており全文は未取得閲覧 2026-09-05
  3. 3.Twenty-year summary of surveillance for human hantavirus infections, United States(Emerging Infectious Diseases(Knust B, Rollin PE)・2013)1993年に始まった米国のサーベイランスで2013年7月9日までに624例のハンタウイルス肺症候群が報告されたこと、大半がSin NombreウイルスによるものでほかにBayouウイルス5例・Black Creek Canalウイルス1例・New Yorkウイルス2例・Monongahelaウイルス4例が報告されていること、曝露地が判明した593例の96%がミシシッピ川以西の州であり計34州にわたること、保有宿主がSin Nombreウイルスはシカシロアシネズミ(Peromyscus maniculatus)、Bayouウイルスはヌマコメネズミ(Oryzomys palustris)、Black Creek Canalウイルスはコットンラット(Sigmodon hispidus)、New Yorkウイルスはシロアシネズミ(Peromyscus leucopus)であること、サーベイランス上の症例定義が発熱に肺症状(両側性間質性浮腫・急性呼吸窮迫症候群・非心原性肺水腫)を伴い検査で確定されたものであること、米国内で感染したSeoulウイルスによる腎症候性出血熱がボルティモア(2008年)とテキサス(2010年)で確認されていること、肺症状を伴わない検査確定例が10例あり著者らが肺症候群例だけでなく全ての確定感染例の報告を求めていることを確認した閲覧 2026-09-05
  4. 4.Reported Cases of Hantavirus Disease(CDC・2026)2026年4月23日更新のCDCの集計ページ(curlは403のためWebFetchで取得)で、1993年のサーベイランス開始から2023年末までに米国で890例のハンタウイルス感染症が報告されたこと、その内訳がハンタウイルス肺症候群859例・肺症状を伴わないハンタウイルス感染症31例であること、ハンタウイルス感染症例のうち死亡が35%・ミシシッピ川以西での発生が94%・確定例の年齢中央値が38歳(範囲5〜88歳)であること、ハンタウイルス肺症候群が1995年に全国届出疾患となったこと、2014年に州・準州疫学者協議会(CSTE)が検査確定ハンタウイルス感染症の全国報告を拡大し非肺型の報告が2015年に始まったことを確認した閲覧 2026-09-16
  5. 5.Rapid presumptive diagnosis of hantavirus cardiopulmonary syndrome by peripheral blood smear review(American Journal of Clinical Pathology(Koster F, Foucar K, Hjelle B, et al.)・2001)ハンタウイルス心肺症候群52例とハンタウイルス感染が疑われて紹介された血清陰性128例について、2名の病理医が盲検下で末梢血塗抹を評価した後ろ向きコホート研究で、前駆期には血小板減少が唯一の一貫した異常でありこれを血清学的検査の適応の指標にできること、画像で肺水腫が確認された後は「血小板減少・骨髄球の出現・血液濃縮・好中球の有意な中毒性顆粒の欠如・免疫芽球様形態を示すリンパ球が10%超」の5所見のうち4つを満たすことが感度96%・特異度99%であり集中治療を要した症例を1例も見逃さなかったこと、これらの所見は個々には日常的に見られるものだが4つ以上の組み合わせが迅速で特異的な血清学的検査が普及するまでの早期治療と搬送の判断を導きうることを確認した。抄録のみを閲覧しており全文は未取得閲覧 2026-09-05
  6. 6.Clinician Brief: Hantavirus Pulmonary Syndrome (HPS)(CDC・2026)2026年5月8日更新のCDCの臨床向けブリーフ(curlは403のためWebFetchで取得)の逐語で、ハンタウイルス感染症に特異的な治療は無いこと("There is no specific treatment for hantavirus infection.")、患者管理が心機能の監視と調整・輸液の慎重な投与・酸素投与・必要なら挿管と人工呼吸から成ること("Monitoring and adjustment of cardiac function, Carefully administering fluids, Providing supplemental oxygen, Intubating and ventilating if needed")、診断を待つ間も広域抗菌薬を投与すべきこと("Suspected HPS patients should receive appropriate broad-spectrum antibiotic therapy, even if you're still waiting for diagnosis.")、代償不全の最初の徴候でECMOを開始すれば心肺虚脱があっても生存率80%であること("Initiating extracorporeal membrane oxygenation (ECMO) at the earliest sign of decompensation has an 80 percent survival rate in patients despite cardiopulmonary collapse.")、静注リバビリンがハンタウイルス肺症候群の患者で試験されたが有効性は示されなかったこと("Intravenous ribavirin, a guanosine analogue, has been tested in patients with HPS. However, it was not shown to be effective for treatment of HPS.")を確認した閲覧 2026-09-16
  7. 7.Prospective, double-blind, concurrent, placebo-controlled clinical trial of intravenous ribavirin therapy of hemorrhagic fever with renal syndrome(The Journal of Infectious Diseases(Huggins JW, et al.)・1991)中国で血清学的に確定した腎症候性出血熱242例を対象とした無作為化二重盲検プラセボ対照試験で、静注リバビリンが死亡の危険度を7分の1に減らし(ベースラインの死亡リスク因子で調整、P=0.01)、乏尿期へ進む危険と出血を経験する危険も有意に減らしたことを確認した。抄録のみを閲覧しており全文は未取得閲覧 2026-09-03