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Disease Atlas · 内分泌・代謝 · 疾患

飢餓性ケトーシス

Starvation ketosis

別名
飢餓性ケトアシドーシス飢餓ケトーシス
臓器系
内分泌・代謝
科目
Translational Medicine and PathophysiologyMedical Biochemistry
トピック
病態生理学 2-16:代謝性酸塩基平衡障害:代謝性アシドーシスとアルカローシス生化学 5/6:脂肪酸の酸化;ケトン体
鑑別疾患
アルコール性ケトアシドーシス正常血糖ケトアシドーシス糖尿病性ケトアシドーシス・高血糖高浸透圧症候群
治療薬
チアミン
症状
悪心嘔吐食欲不振倦怠感頻呼吸腹痛
検査値
βヒドロキシ酪酸アニオンギャップ代謝性アシドーシス血糖重炭酸乳酸
原因となる疾患
妊娠悪阻

🧠 全体像:で覚えるべきことは⭐ 「なぜ軽度で止まるのか」である。食べていないのだから脂肪が動員されケトン体は出る——ここまではと同じだが、⭐ インスリンが完全には枯れないのでに上限がかかり、の上昇も限定的で、高血糖もも起こらない。だから健常者ではpHは通常7.3より高いままにとどまる1。⚠️ 裏を返せば、この歯止めが弱まる状況——妊娠・術後・感染・極端な糖質制限——では「単なる」が重篤なアシドーシスになりうる。 治療は⭐ 糖を入れることで、インスリンではない。

なぜケトン体が出るのか

絶食が続くと血糖を保つ順序は決まっている。まずが使われ、これは1日足らずで枯渇する。次に糖新生(アミノ酸・グリセロール・乳酸から)が主役になるが、の分解には代償が大きい。そこで脂肪組織からが動員され、肝でされて生じたアセチルCoAがケトン体(・・)へ変換される。

💡 これは病気ではなく適応である。 ケトン体は水溶性で血液脳関門を通れるので、脂肪酸そのものを使えない脳の燃料になる。長期でのが緩やかになるのは、脳がケトン体へ切り替わって糖新生の需要が減るからである。

⭐ 「」という名前が指しているのは、この生理的適応がとして見える状態であって、多くはそれ自体が治療対象ではない。臨床で問題になるのは、適応の範囲を超えてアシドーシスに至った場合である。

なぜ糖尿病性ケトアシドーシスのようには進まないのか

flowchart TD
    A["絶食・摂取不足"] --> B["血糖の低下"]
    B --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='insulin secretion'>インスリン分泌</span>の低下<br>(ただしゼロにはならない)"]
    B --> D["グルカゴン・コルチゾール・<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='catecholamine'>カテコラミン</span>の上昇(限定的)"]
    C --> E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='lipolysis'>脂肪分解</span>の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='disinhibition'>脱抑制</span>"]
    D --> E
    E --> F["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='free fatty acids'>遊離脂肪酸</span> → 肝での<span class='jp-term jp-term-diagram' title='beta-oxidation'>β酸化</span> → ケトン体"]
    C --> G["⭐ 残存インスリンが<span class='jp-term jp-term-diagram' title='lipolysis'>脂肪分解</span>に上限をかける"]
    G --> H["ケトン体の産生が頭打ちになる<br>→ 軽度〜中等度の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='ketosis'>ケトーシス</span>"]
    F --> H
    B --> I["高血糖が無い<br>→ <span class='jp-term jp-term-diagram' title='osmotic diuresis'>浸透圧利尿</span>・脱水・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='electrolyte wasting'>電解質喪失</span>が起こらない"]
    I --> J["酸の排泄能と<span class='jp-term jp-term-diagram' title='buffer capacity'>緩衝能</span>が保たれる"]
    J --> H

⭐ 歯止めは2つある。

  1. 残存する——が十分に保たれている限り、著明なの生成は妨げられる1。インスリンはとを抑制する側の主役で、欠乏(1型糖尿病)だけでなく相対的欠乏でもを起こしやすくなる2——つまりインスリンが少しでも残っていることが、そのまま重症度の上限になる。
  2. 高血糖が無いこと——では高血糖によるが脱水とを招き、腎からのも落ちてアシドーシスが加速する。血糖が正常〜低値のでは、この増幅回路が回らない。

その結果、健常者ではが最大の重症度に達するのに少なくとも14日を要し、ケト酸の上昇は軽度でpHは通常7.3より高い1。

歯止めが外れる状況

⚠️ はグリコーゲンが枯渇した状態でより重くなり、インスリン値の低下と、に伴うと考えられるの上昇によって増強される1。臨床で実際に重症化するのは次のような場面である。

状況 歯止めが外れる理由
妊娠(特に後期)・ 正常妊娠自体が相対的インスリン抵抗性・の亢進・の上昇・の増加を特徴とし、胎盤由来のグルカゴン・コルチゾール・が「」を作る1。による嘔吐と摂取不足が重なる
術後・周術期の絶食 によるの上昇と、による糖の欠乏が重なる。血糖が正常なので見過ごされやすい
極端な・ 糖の供給がに断たれ、グリコーゲンが枯渇した状態が持続する
感染・ストレス・大量嘔吐を伴う消化器疾患 の上昇と摂取不足が同時に起こる

⚠️ 「何日も食べていない人だけ」ではない。 妊娠例では、経口摂取の低下と嘔吐が24時間未満でもを発症した報告がある2。

⚠️ 重症化するとpHの下がり方はと変わらない。 報告例では、pH 7.162・5・31・乳酸1.4(正常)・血糖83 mg/dLという、血糖が正常のまま高度のアシドーシスを呈した1。別の妊娠例では9.59 mmol/L・ 7.06・12 mEq/Lであった2。⭐ 血糖値は重症度の指標にならない。

これはという枠組みで整理できる。血漿血糖11.1 mmol/L(200 mg/dL)未満でと代謝性アシドーシスを伴うものと定義され、原因には摂取不足・妊娠のほか、アルコール・肝不全・阻害薬による糖新生障害が含まれる3。

3つのケトアシドーシスの対比

項目
病歴の核 絶食・摂取不足(妊娠・術後・糖質制限) 大量飲酒→嘔吐→数日の摂食中断 インスリン中断・感染・新規発症
血糖 正常〜低値 正常〜低値 ⭐ 著明な高値(を除く)
インスリン 低いが残っている 相対的に低値 または高度の欠乏
上昇は限定的 コルチゾール・が著明に上昇 全般に著明な上昇
アシドーシスの程度 ⭐ 通常は軽度(pH > 7.3) 幅がある。のこともある 中等度〜高度
変わらない ⭐ 著明に上昇(へ強く偏る) 大きくは動かない
乳酸 正常 上昇しうる があれば上昇
治療の本体 ブドウ糖 ブドウ糖(先行) ⭐ インスリンと輸液

💡 3者は「インスリンがどれだけ残っているか」と「が動いているか」の2軸で分かれる。 はインスリンが残り比も動かないので最も軽い。アルコール性はインスリンが相対的に低いうえ比が大きく動くのでケトン体の分布が歪む。糖尿病性はインスリンが枯れているので歯止めが無い。

⚠️ 飲酒歴の聴取がになる。 との違いは「飲酒歴が無く、アシドーシスが軽度にとどまる」ことに尽きるが、⚠️ と飲酒はしばしば同居する(飲酒者は食べていない)ので、二者択一で考えず両方の要素として扱うほうが安全である。

検査の注意

⚠️ ()はを検出しを検出しないため、発症初期は重症度を過小評価し、にはがへ酸化される過程で過大評価しうる3。⭐ 診断にも治療反応の判定にも、静脈血またはのを直接測る3。

⚠️ が開いていて血糖が正常なら、を能動的に探す。 「糖尿病でないからではない」という消去法が、この病態を最も見落とさせる。乳酸が正常であることは、ショックや敗血症を除外する側の手掛かりになる。

治療

⭐ 糖を入れれば止まる。 内因性インスリンの分泌が起こり、がさらに抑えられる1。実際には10%ブドウ糖液が用いられることが多く、これはを抑えるのに十分な糖と、循環血液量の回復に足る量を同時に与えられるためである2。

⚠️ をブドウ糖より先、または同時に投与する。 が続いた患者はが枯渇していることがあり、糖負荷はの誘因になる。摂取不足が主題である以上、この順序はこの疾患でこそ守る。

  • インスリンは原則要らない。 はインスリンの欠乏ではなく糖の欠乏によるので、糖を入れれば内因性インスリンで止まる。⚠️ ただし10%ブドウ糖で血糖が上昇してもケトン体が高いままなら、インスリンの追加が推奨される2。
  • も通常は要らない。 報告例でもを検討したうえで、36時間でアシドーシスが消失したため投与しなかった1。
  • 電解質を追う。 糖の投与でカリウム・リンが細胞内へ移動する。
  • 誘因を断つ。 ならと栄養、術後なら早期の経口・、なら食事内容の見直しに戻る。

まとめ

  • は絶食に対する生理的適応がに現れた状態で、⭐ 軽度にとどまるのが本来の姿である(健常者では最大の重症度まで少なくとも14日、pHは通常7.3より高い)。
  • ⭐ 歯止めは「インスリンが完全には枯れないこと」と「高血糖・が無いこと」の2つ。との違いはここに集約される。
  • ⚠️ 妊娠()・術後・感染・極端な糖質制限では歯止めが外れ、血糖が正常のままpH 7.0台の高度アシドーシスになりうる。妊娠例では24時間未満の摂取不足でも報告がある。
  • ⚠️ 血糖値は重症度の指標にならない。の枠組みで、と血中で評価する。
  • ⚠️ は初期に過小評価しに過大評価する。血中を直接測る。
  • 治療はブドウ糖(を先または同時に)。インスリンとは原則不要だが、糖を入れてもケトン体が下がらなければインスリンを足す。

出典

  1. 1.Starvation Ketoacidosis: A Cause of Severe Anion Gap Metabolic Acidosis in Pregnancy(Case Reports in Critical Care・2014)健常者では飢餓が最大の重症度に達するのに少なくとも14日を要し、ケト酸の上昇は軽度でpHは通常7.3より高いこと。内因性インスリン分泌が十分に保たれている限り著明な遊離脂肪酸の生成が妨げられること。ケトアシドーシスはグリコーゲンが枯渇した状態でより重くなり、インスリン値の低下と、循環血液量減少に伴うと考えられる拮抗調節ホルモンの上昇によって増強されること。正常妊娠が相対的インスリン抵抗性・脂肪分解の亢進・遊離脂肪酸の上昇・ケトン産生の増加を特徴とし、胎盤由来のグルカゴン・コルチゾール・ヒト胎盤性ラクトゲンなどの拮抗調節ホルモンによって「加速された飢餓」が生じること。提示症例の検査値がpH 7.162、重炭酸5、アニオンギャップ31、乳酸1.4(正常)、血糖83 mg/dL、血清および尿のアセトン陽性であったこと。ブドウ糖を含む輸液で内因性インスリン分泌が起こりケトン産生がさらに抑えられること、本症例では重炭酸投与を検討したが36時間でアシドーシスが消失したため投与しなかったこと。抄録ではなく本文を閲覧した閲覧 2026-09-03
  2. 2.Starvation Ketoacidosis in Pregnancy: An Unusual Presentation and Brief Literature Review(JCEM Case Reports(Endocrine Society)・2024)インスリンが脂肪分解とケトン産生を抑制する重要な役割を担い、絶対的欠乏だけでなく妊娠後期のような相対的欠乏でもケトアシドーシスを起こしやすくなること。ヒト胎盤性ラクトゲン・プロラクチン・コルチゾールなど胎盤由来ホルモンがインスリン抵抗性を高め、血糖が胎児へ優先的に振り向けられること。経口摂取低下と嘔吐が24時間未満でも飢餓性ケトアシドーシスを発症した報告があること。提示症例のβヒドロキシ酪酸が58.5 mg/dL(9.59 mmol/L)、動脈血pH 7.06、重炭酸12 mEq/Lであったこと。10%ブドウ糖液は脂肪分解を抑えるのに十分な糖と循環血液量の回復に足る量を同時に与えられるため用いられること。10%ブドウ糖で血糖が上昇してもケトン体が高いままであればインスリンの追加が推奨されること閲覧 2026-09-03
  3. 3.Hyperglycaemic crises in adults with diabetes: a consensus report(ADA / EASD / JBDS / AACE / DTS・2024)正常血糖ケトアシドーシスを血漿血糖11.1 mmol/L(200 mg/dL)未満でケトーシスと代謝性アシドーシスを伴うものと定義し、その原因にアルコール・肝不全・SGLT2阻害薬による糖新生障害、摂取不足、妊娠が含まれること。尿ケトン(ニトロプルシド反応)はアセト酢酸を検出しβヒドロキシ酪酸を検出しないため、発症初期は重症度を過小評価し、回復期にはβヒドロキシ酪酸がアセト酢酸へ酸化される過程で過大評価しうること。診断と治療反応のモニタリングには静脈血または毛細血管血のβヒドロキシ酪酸直接測定を推奨すること閲覧 2026-09-02