病理学

病理学 · B/10

DNA修復遺伝子(DNA修復機構)

DNA repair genes and role in carcinogenesis

タグ
Mechanism / 機序High-yield / ポイント
応用トピック
腫瘍の分子病理小腸癌・大腸癌の疫学・病因・組織・病期・症状・診断子宮体部腫瘍の疫学・病因・組織・病期・症状・診断子宮体部腫瘍の放射線・外科・薬物治療大腸ポリープとポリポーシス症候群大腸の悪性疾患
疾患
Bloom症候群Fanconi貧血コケイン症候群色素性乾皮症脳眼顔面骨格症候群
検査値
マイクロサテライト不安定性姉妹染色分体交換検査染色体不安定性検査

🧠 全体像:修復遺伝子は「caretaker(管理者)」であり、増殖そのものを駆動する・とは違うレベルで発癌に関わる——修復が壊れても細胞は直接増えるわけではなく、ゲノム全体に変異が蓄積する「」になり、そこから二次的に・の変異が生まれる。

概念

修復遺伝子 は、S期に生じる誤りや環境傷害を修正する。「caretaker(管理者)」遺伝子とも呼ばれる:喪失は直接増殖を駆動しないが、を生じる — ゲノム全体に変異が蓄積 → 癌リスク増加。修復の喪失はのように振る舞う(2ヒット)。

3つの主要な修復系

系 修復対象 主な遺伝子 欠陥 → 疾患
塩基のミスペア・ MSH2+MSH6()、MSH2+MSH3(MutSβ)、MLH1、PMS2 → — 、
嵩高い病変・紫外線による XP遺伝子群、 → 紫外線による
(HR) () BRCA1、BRCA2、ATM、RAD51 乳癌・卵巣癌、(ATM)
  • MMR — ミスペアした塩基(例:G-T)を修正、失敗 → 。
  • 現在は臨床基準(Amsterdam・Bethesda基準)だけに頼らず、全大腸癌でまたはMSI検査を行う普遍的スクリーニングへ運用が移っている。米国の大腸腺癌1,066例の研究では、確定した23例のうち5例はにもBethesdaガイドラインにも合致しておらず、臨床基準だけでは症例を取りこぼすことが示された1。ASCP・CAP・AMP・ASCOの2017年ガイドラインも、の高リスク者の拾い上げとのため、大腸癌患者での状態を調べるよう推奨している2。旧来のAmsterdam・Bethesda基準は「臨床的に疑う」ためのとして位置づけが残るが、拾い上げの入口は腫瘍の分子検査へ移り、確定は生殖細胞系列の遺伝学的検査で行う。
  • ⚠️ MSI-Hはすべてではない。 MSIは大腸癌全体の約15%にみられるが、その内訳は、MLH1プロモーターの後天的な過剰メチル化による散発性のものが大腸癌全体の約12%、によるものが大腸癌全体の約3%である(MSI大腸癌の中ではおよそ5例に4例が散発性)3。散発性MSI-H腫瘍の40%にBRAF V600E変異が見つかる一方、生殖細胞系列MLH1/MSH2変異が確認されたHNPCC()症例には1例も見つからず、BRAF V600E陽性はを強く否定する所見である4。

大腸癌全体を100%とすると、MSI-Hを示す約15%の大部分は散発性であり、によるものは約3%にとどまる。下図の「MSI-H以外」は、約15%を全体から差し引いた概算である。

pie
  title 大腸癌全体に占めるMSI-Hの成因(概算)
  "散発性MSI-H(約12%)" : 12
  "Lynch症候群によるMSI-H(約3%)" : 3
  "MSI-H以外(約85%)" : 85
  • ⭐ MSH6・PMS2はMLH1・MSH2よりが低い。 MLH1・MSH2保有者の70歳までの大腸癌リスクはそれぞれ34〜47%・リスクは18〜30%である5のに対し、MSH6保有者は80歳までの大腸癌リスク20〜44%・リスク44%6、PMS2保有者は80歳までの大腸癌リスク12〜13%・リスク13%にとどまる7。
  • ⭐ MMR欠損(dMMR)/MSI-H腫瘍はによく反応する。 は2017年5月、既治療で進行したMSI-H/dMMR充実腫瘍に対しを原発臓器を問わず承認した——5件・15腫瘍型149例ので39.6%であり、原発部位ではなく共通のに基づく初の承認である8。
  • NER — 紫外線誘発性のピリミジン二量体を除去し鎖を再合成。
  • HR — ATMがを感知 → BRCA1をリン酸化 → BRCA1–BRCA2–RAD51複合体が修復。
  • 💡 上記3系に加え、修復(FA/BRCA経路)も重要な修復系である。はこの経路の欠損症で、21以上の子(FANCAが約60〜70%を占める)に加えのRAD51型・X連鎖のFANCB型があり、(平均発症年齢7.6歳)と・(40歳までの約35%)、(一般人口の500〜1,000倍)のリスクを来す9。
  • ⭐ という枠組み:がん7,042例のを解析し20種類以上のが抽出されている。特定の修復系の欠損はゲノムに特徴的な変異パターンを残すため、どの修復系が壊れているかを配列からする手法の基盤になっている10。

損傷応答チェックポイントとの関連

  • p53が応答を統合:修復のため細胞周期を停止(p21)、損傷が修復不能ならアポトーシスを誘発。
  • 修復の失敗+p53の失敗 → 損傷が複製される → 変異が蓄積 → 発癌。

💡 ポイント: 修復遺伝子の喪失 = 。MMR → MSI → Lynch(HNPCC)、NER → (紫外線)、HR(BRCA1/2、ATM) → 乳癌・卵巣癌、。p53が損傷(停止とアポトーシス)を統括。

まとめ

  • 修復遺伝子(caretaker)の喪失は直接増殖を駆動せず、(ゲノム全体への変異蓄積)を介して間接的に発癌リスクを上げる。
  • (MSH2/MSH6、MLH1、PMS2)の欠陥はを生じ、(・)につながる。
  • の欠陥(XP遺伝子群)は紫外線によるを修復できず、・紫外線を引き起こす。
  • の欠陥(BRCA1、BRCA2、ATM)は乳癌・卵巣癌、につながる。
  • p53は損傷応答を統合し、修復のための停止とアポトーシスの両方を制御する。修復とp53の両方が破綻すると変異が複製され蓄積する。

出典

  1. 1.Screening for the Lynch Syndrome (Hereditary Nonpolyposis Colorectal Cancer)(The New England Journal of Medicine・2005)米国オハイオ州の新規大腸腺癌1,066例に腫瘍MSI検査を第一段階とする分子スクリーニングを行った研究。確定したLynch症候群23例のうち5例はAmsterdam基準にもBethesdaガイドラインにも合致しておらず、臨床基準だけに頼るとLynch症候群の症例を取りこぼすことを示した。全大腸癌への普遍的なMMR免疫染色・MSI検査への移行を支持する根拠として引用される。閲覧 2026-08-27
  2. 2.Molecular Biomarkers for the Evaluation of Colorectal Cancer: Guideline From the American Society for Clinical Pathology, College of American Pathologists, Association for Molecular Pathology, and the American Society of Clinical Oncology(Journal of Clinical Oncology・2017)大腸癌の分子バイオマーカー診療ガイドライン(ASCP・CAP・AMP・ASCOによる共同策定)。併載されたAm J Clin Pathol版の全文(PMC7263311)で確認した。推奨3は逐語で「Clinicians should order mismatch repair status testing in patients with colorectal cancers for the identification of patients at high risk for Lynch syndrome and/or prognostic stratification.」であり、Lynch症候群の高リスク者の拾い上げと予後層別化のためにミスマッチ修復の状態を調べるよう推奨している。免疫チェックポイント阻害薬については推奨ではなく、進行例で抗PD-1/PD-L1療法を検討する際にMMR状態が予測的価値をもちうるという新たなデータの紹介(「Emerging data indicate」)にとどまる。RAS・BRAFなど治療選択に関わる他の分子検査の位置づけも整理した。閲覧 2026-08-27
  3. 3.Microsatellite instability in colorectal cancer(Gastroenterology・2010)ミスマッチ修復喪失によるMSIは大腸癌全体の約15%に認められ、そのうち約3%はLynch症候群、残る約12%はMLH1遺伝子プロモーターの後天的な過剰メチル化(CpGアイランドメチル化表現型)による散発性のものであることを総説した。散発性MSI-H腫瘍はLynch症候群ではない。閲覧 2026-08-27
  4. 4.BRAF screening as a low-cost effective strategy for simplifying HNPCC genetic testing(Journal of Medical Genetics・2004)散発性MSI-H大腸癌206例とMLH1・MSH2の生殖細胞系列変異が確認されたHNPCC(Lynch症候群)111例、MSH2異常免疫染色45例を対象にBRAF V600E変異を解析した研究。V600E変異は散発性MSI-H腫瘍の40%(82/206)に見つかったが、HNPCC111例・MSH2異常免疫染色45例のいずれにも1例も見つからず、V600E陽性はLynch症候群を強く否定する所見であることを示した。閲覧 2026-08-27
  5. 5.Cancer risks for MLH1 and MSH2 mutation carriers(Human Mutation・2013)MLH1変異保有166家系・MSH2変異保有224家系、血縁者計17,576人を解析した分離解析。70歳までの累積大腸癌リスクはMLH1で男性34%・女性36%、MSH2で男性47%・女性37%、子宮内膜癌リスクはMLH1で18%・MSH2で30%であり、MSH6・PMS2保有者より高い浸透率を示した。個人差が大きく、保有者の一部は生涯リスクがほぼ0%、別の一部はほぼ100%に達するという不均一性も報告された。閲覧 2026-08-27
  6. 6.Risks of Lynch syndrome cancers for MSH6 mutation carriers(Journal of the National Cancer Institute・2010)MSH6変異保有者113家系・血縁者3,104人を解析した分離解析。MSH6保有者の累積リスクは80歳までで大腸癌が男性44%・女性20%、子宮内膜癌が44%であり、一般集団に比べ大腸癌は約8倍(HR 7.6)、子宮内膜癌は約26倍(HR 25.5)に増加したが、MLH1・MSH2保有者に比べると浸透率は低い。閲覧 2026-08-27
  7. 7.Cancer Risks for PMS2-Associated Lynch Syndrome(Journal of Clinical Oncology・2018)PMS2変異保有者284家系・血縁者4,878人を解析した分離解析。PMS2保有者の80歳までの累積リスクは大腸癌が男性13%・女性12%、子宮内膜癌が13%にとどまり、卵巣・胃・肝胆道・膀胱・腎・脳・乳房・前立腺・小腸の各癌には明確なリスク上昇を認めなかった。四つのミスマッチ修復遺伝子の中で最も浸透率が低い。閲覧 2026-08-27
  8. 8.FDA Approval Summary: Pembrolizumab for the Treatment of Microsatellite Instability-High Solid Tumors(Clinical Cancer Research・2019)FDAは2017年5月23日、既治療で進行した切除不能・転移性のMSI-H/dMMR充実腫瘍に対しペムブロリズマブを、原発臓器を問わず承認した。単群試験5件に登録された15種類の腫瘍型149例の統合解析で客観的奏効率39.6%(95%CI 31.7-47.9)、完全奏効率7%であった。原発部位ではなく共通のバイオマーカーに基づく初のFDA癌治療承認である。閲覧 2026-08-27
  9. 9.Fanconi Anemia(GeneReviews, University of Washington, Seattle(Mehta PA, Ebens CL)・2026)Fanconi貧血はFA/BRCA経路を構成する21以上の常染色体潜性遺伝子(*FANCA*が約60〜70%、*FANCC*が14%、*FANCG*が10%)に加え常染色体顕性の*RAD51*型・X連鎖の*FANCB*型の異常による鎖間架橋修復の欠損症で、骨髄不全(平均発症年齢7.6歳)と、MDS・AMLの40歳までの累積発症率約35%(*BRCA2*関連例では10歳までに80%)、頭頸部扁平上皮癌の発症率が一般人口の500〜1,000倍という悪性腫瘍リスクを来す。閲覧 2026-08-27
  10. 10.Signatures of mutational processes in human cancer(Nature・2013)がん7,042例の体細胞変異493万8,362個を解析し、20種類以上の変異シグネチャーを抽出した。APOBEC関連など多数の癌種に共通するシグネチャーがある一方、単一癌種に限られるものもあり、患者の診断年齢や既知の変異原曝露、DNA維持機構の欠陥と関連するシグネチャーがある一方で由来不明のものも多いことを示した、変異シグネチャーという解析枠組みの基礎となった研究。閲覧 2026-08-27