外科学

外科学 · A/08

外科的腫瘍学 II:治療の基本原則

Surgical oncology II. Basic principles of the treatment

前提:病態
がん遺伝子の活性化機構腫瘍抑制遺伝子の抑制機構抗がん薬IV(ホルモン薬)

ポッドキャスト

🧠 がん治療の骨格: の基本は、断端陰性を確保したであり、切除のはとは別にR0〜R2で記録する(⚠️ 「断端陰性」がどこからかは資料によって違う)。no-touch手技は腫瘍細胞播種の低減を狙う補助的概念だが、予後改善効果は確立していない。非は化学・ホルモン・放射線・免疫・遺伝子の5本柱。治療効果はと(CR/PR/SD/PD)で判定し、再発リスクは患者・腫瘍・遺伝子の3系統の予後因子で読む。1

1. 根治手術

  • 根治を目指す手術はごとに異なるが、基本はのである。

  • =腫瘍そのものに加え、浸潤している臓器も含めて完全切除すること → 断端をにし、局所再発リスクを下げる。要点は「腫瘍・臓器・所属リンパ節を一つの塊のまま外す」ことで、途中で切り分けて摘出しない。

  • 低分化・広範浸潤など悪性度の高い腫瘍ほど、より根治的なが必要。

  • 食道・胃・膵・大腸癌では、隣接するの郭清も併せて行う。郭清の範囲は癌種・病期ごとに決まり、早期癌では縮小することもあるので、各論(B/08・B/10・B/17・B/19)で確認する。

  • 乳癌と悪性黒色腫では、で所属リンパ節を評価し、その結果に応じて郭清を省略できる。ASCOの2025年更新は、閉経後かつ50歳以上・術前腋窩超音波が陰性・グレード1〜2・2 cm以下・陽性/陰性でを受ける患者には、そのものをルーチンには勧めないとし、さらにリンパ節転移のない早期乳癌と、センチネル転移が1〜2個で+(照射の有無を問わない)を受ける患者にはを勧めないとしている。2

⭐ リンパ節手術は癌種・病期ごとに決まる。乳癌では条件を満たせばもも省略でき、悪性黒色腫でもセンチネル転移が見つかった後に一律の完全郭清を行うわけではない(→A/07)。

断端の評価(R分類)

切除のは、腫瘍の広がりを表すとは別の軸で記録する。

分類 意味
R0 顕微鏡的にも遺残なし(完全切除)
R1 あり
R2 あり

⚠️ 「断端陰性」がどこからかは資料によって違う。 では、腫瘍細胞から断端まで1 mm以上あって初めてR0とする「1 mmルール」が2000年代初頭に英国王立病理医協会から提唱され、国際膵臓外科研究グループと第8版がこれを支持した。一方、北米と日本のガイドラインは古典的に断端の表面に腫瘍細胞があることを(R1)と定義する(0 mmルール)。どちらが予後をよく予測するかは決着しておらず、後の率の報告が20%未満から80%超までばらつく一因にもなっている3。⭐ 施設や論文のR0率を比べる前に、どちらのルールで判定したかを確かめる。(R分類の一般則は分類)

転移巣切除の判断基準

を切除するかどうかは、以下で決める。

  • の長さ
  • 臓器機能を大きく損なわずに腫瘍のない状態にできるか(例:大腸癌からのは切除しやすい)

2. 手術手技の3原則

flowchart TD
  S["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='curative surgery'>根治手術</span>の手技原則"] --> P1["① 腫瘍の播種を避ける"]
  S --> P2["② 正常組織の中で切離する<br>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='surgical margin'>切除断端</span>を陰性にする)"]
  S --> P3["③ <span class='jp-term jp-term-diagram' title='en bloc resection'>一塊切除</span><br>(腫瘍・臓器・リンパ節を一つの塊のまま)"]
  P1 --> N1["no-touch手技<br>腫瘍に直接触れない・圧迫しない<br>→ 先に流出血管を<span class='jp-term jp-term-diagram' title='ligation'>結紮</span>してから<span class='jp-term jp-term-diagram' title='mobilization (surgical)'>授動</span>する"]
  P1 --> N2["隔離<br>腫瘍と<span class='jp-term jp-term-diagram' title='surgical field'>術野</span>を遮断して播種を防ぐ"]
  P1 --> N3["器具の交換<br>腫瘍に触れた器具を使い回さない"]

⚠️ no-touch手技は、先に流出血管を処理して術中の腫瘍細胞の播種を減らすことを狙う。ただし臨床的な再発抑制や生存改善は確立していない——cT3/T4・N0〜2・M0の853例を開腹手術で従来法と無作為に比較した(JCOG1006)では、である無病生存についてno-touch手技のは確認されなかった(3年は従来法77.3%対no-touch手技76.2%、1.029、95%信頼区間0.800〜1.324、片側P=0.59)。1

3. 非外科的がん治療

化学療法

位置づけ 内容
一次化学療法(単独) 放射線・手術を伴わず化学療法だけで治療する → で使用
術後 再発の高リスク例で、手術・放射線療法のあとに追加する
(ネオ) 腫瘍を縮小させてやの余地を高める。乳癌ではで位置づけが異なり、ではが中核で、近年は化学療法に免疫療法を併用する流れが治療体系を変えつつある。一方陽性/陰性(luminal型)では術前、とくに閉経後の低グレードluminal A型でのが有望な成績を示すが、を術前に組み込む位置づけは未確立である4

💡 は「先に腫瘍を小さくしてから切る」発想で、のようにを狙うときに使われる。⚠️ を受けた症例の病期は接頭辞を付けたで表すので、未治療例のの成績とそのまま比べない(→A/07)。

ホルモン療法

  • 乳癌・前立腺癌は性ホルモン依存性 → 濃度を薬物または手術で下げることが治療になる。
  • 前立腺癌:LHRHアナログ(、luteinizing hormone-releasing hormone の類似体。例:ゴナドレリン)、などの
  • 乳癌:()、()、LHRHアナログ、

放射線療法

方法 内容
() 体外から照射する標準的な放射線治療
放射線源を体内に留置する(例:前立腺癌の線源)
全身性治療 を血流経由で投与するなど

免疫療法

  • 患者自身の免疫系を利用してがん細胞を排除する治療。

遺伝子療法

がん細胞の遺伝子プログラムを標的に改変する。

  • 、、
  • 、、

4. 治療効果の判定

  • :治療開始から死亡までの期間(一定間隔ごとの生存割合として示す)
  • :治療後、再発・進行が無いまま経過した期間

治療効果の分類

講義は「寛解」の語を使うが、の効果判定は現在、の径を定めた手順で測るRECIST 1.1のような基準に従って「」として判定する。区分の呼び名が同じでも、CR・PR・SD・PDの線引きは基準ごとに具体的な閾値として定義されている(詳細は腫瘍学 I-31:臨床効果判定基準と全身状態評価)。

分類 内容
(CR) 病変が完全に消失
(PR) 病変が規定の割合以上に縮小
(SD) PRにもPDにも該当しない
進行(PD) 病変が規定の割合以上に増大、または新病変の出現

5. 予後因子

カテゴリ 因子
患者関連 年齢、性別、全身状態、既往歴、因子
腫瘍関連 病期(分類=腫瘍・所属リンパ節・遠隔転移の3要素による)、原発部位、組織型、、異型度
遺伝子関連 がん遺伝子、変異(p53、BRCA、Her-2 など)
  • MACISスコア:甲状腺のに用いるスコア(Metastasis・Age・Completeness of resection・Invasion・Size の頭文字)
  • Nottingham組織学的スコア:乳癌のを、腺管形成の割合・核の程度・規定視野あたりの核分裂数の3項目で点数化したもの。⚠️ これは腫瘍の顔つき(グレード)を表す指標であり、広がりを表すとは別の軸である。

⭐ 分類・p53/BRCA/Her-2 などの遺伝子因子・MACISスコア(甲状腺)・Nottingham組織学的スコア(乳癌)は、各がん種の代表的な予後指標として頻出。

6. フォローアップ

  • 治療後は長期にわたり定期受診を組む。講義が示す骨格は、初期は1〜3か月間隔、その後6か月間隔へ延ばし、生涯にわたって続けるというものである。
  • ⚠️ 実際の間隔・検査項目・いつまで続けるかは癌種・病期・受けた治療・再発リスクによって決まるので、この間隔をすべてのがんに当てはめない(各論の計画を確認する)。
  • 目的:
    • 再発・進行の早期発見
    • 治療関併症の治療
    • 二次がんの

まとめ

  • の基本は断端陰性を確保したで、遺残はR0〜R2で記録する。のように「1 mmルール」と「0 mmルール」で断端陰性の定義が割れる領域があるため、R0率は定義を確かめてから比べる。
  • no-touch手技は播種の低減を狙う概念だが、cT3/T4の(JCOG1006)で無病生存のは確認されなかった。
  • リンパ節手術は癌種・病期ごとに決まり、早期乳癌では条件を満たせばそのものを、また転移が1〜2個でもを省略できる。
  • 非は化学療法・・放射線療法(//全身性)・免疫療法・の5本柱。
  • 治療効果はと、およびCR/PR/SD/PDの判定で評価する(閾値はRECIST 1.1などの基準が定める)。
  • 予後因子は患者・腫瘍・遺伝子(p53/BRCA/Her-2)の3系統に整理でき、MACIS(甲状腺)・Nottingham組織学的スコア(乳癌)は代表的な臓器別の指標。後者はグレードであって病期ではない。
  • 治療後のは講義の骨格で1〜3か月→6か月間隔と長期に続けるが、実際の間隔と期間は癌種・病期・治療内容で決まる。目的は再発・合併症・二次がんの早期発見。

A/07: 外科的腫瘍学 I:診断の基本原則で扱った診断・を踏まえた治療原則が本トピック。

出典

  1. 1.The Conventional Technique Versus the No-touch Isolation Technique for Primary Tumor Resection in Patients With Colon Cancer (JCOG1006): A Multicenter, Open-label, Randomized, Phase III Trial(Annals of Surgery・2022)Europe PMCの抄録で確認した。cT3/T4・N0〜2・M0の結腸癌853例を開腹手術で従来法とno-touch隔離手技に無作為割付けした多施設第III相試験で、主要評価項目の無病生存についてno-touch手技の優越性は確認されなかったこと(3年無病生存率77.3%対76.2%、ハザード比1.029、95%信頼区間0.800〜1.324、片側P=0.59)閲覧 2026-08-09
  2. 2.Sentinel Lymph Node Biopsy in Early-Stage Breast Cancer: ASCO Guideline Update(American Society of Clinical Oncology・2025)Europe PMCの抄録(Recommendations節)で確認した。出版社サイトが403で全文は未取得。閉経後かつ50歳以上・術前腋窩超音波が陰性・グレード1〜2・2 cm以下・ホルモン受容体陽性かつHER2陰性で乳房温存療法を受ける患者にはセンチネルリンパ節生検をルーチンには勧めないこと、リンパ節転移の無い早期乳癌と、センチネルリンパ節転移1〜2個で乳房温存手術と全乳房照射(領域リンパ節照射の有無を問わない)を受ける患者には腋窩リンパ節郭清を勧めないこと閲覧 2026-08-09
  3. 3.Changing Clinical Meaning of Resection Margin Status According to the Treatment Paradigm and the Potential Role of Perioperative Radiotherapy for Patients with Pancreatic Ductal Adenocarcinoma(Annals of Surgical Oncology・2025)Europe PMC経由でPMC12129876の全文XMLを取得して確認した。膵頭十二指腸切除後の陰性断端率の報告が20%未満から80%超までばらつく一因が標本の取り扱いと切除断端の定義に国際的な合意が無いことであると述べ、腫瘍細胞から断端まで1 mm以上あってR0とする「1 mmルール」が2000年代初頭に英国王立病理医協会から提唱され国際膵臓外科研究グループとAJCC第8版がこれを支持した一方、北米と日本のガイドラインは古典的に断端表面に腫瘍細胞が存在することを顕微鏡的遺残と定義する(0 mmルール)と書いていること、どちらのルールが予後をよく予測するかは激しく議論されており結果が一致しないこと、本研究自身は0 mmルールでR0・R1を分けたうえで腫瘍のない断端幅により R0-wide(1 mm以上)・R0-narrow(0 mm超1 mm未満)・R1(0 mm)の三層に分けたことを確認した。閲覧 2026-09-21
  4. 4.Neoadjuvant Therapy: Current Landscape and Future Horizons for ER-Positive/HER2-Negative and Triple-Negative Early Breast Cancer(Current Treatment Options in Oncology・2024)Europe PMCの抄録(Opinion statement)で確認した。全文は未取得。トリプルネガティブ乳癌では歴史的に術前化学療法が中心で近年は化学療法と併用する免疫療法が治療体系を変えつつあること、luminal型では内分泌療法とくにアロマターゼ阻害薬が閉経後の低グレードluminal A型で有望な成績を示すこと、CDK4/6阻害薬を術前治療へ組み込むことの位置づけは未確立であること閲覧 2026-08-09