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Disease Atlas · 耳鼻咽喉科 · 疾患

急性壊死性潰瘍性歯肉炎

Necrotizing ulcerative gingivitis

別名
ANUG壊死性歯肉炎trench mouth
臓器系
耳鼻咽喉科感染症
科目
Medical MicrobiologyOtorhinolaryngologyPathology
トピック
微生物学 5/5:口腔の常在菌叢。口腔感染を起こす微生物(一覧)耳鼻咽喉科 39:口腔・咽頭の炎症性疾患病理学 C/30:口唇・口腔・咽頭の病理
鑑別疾患
ジフテリア壊血病白血病無顆粒球症
関連疾患
HIV感染症・AIDS歯周炎
治療薬
メトロニダゾールアモキシシリンクロルヘキシジン
原因微生物
Treponema vincentiiFusobacterium nucleatumPrevotella intermedia
症状
歯肉出血疼痛発熱頸部リンパ節腫脹嚥下痛

🧠 全体像:は、常在菌が「宿主の隙」に乗じて歯肉を壊死させるである。この疾患を読むときの軸は2本しかない。①局所所見——の打ち抜き様の潰瘍・灰白色の・歯周疾患らしからぬ強い自然痛・腐敗臭という組み合わせは、他のと決定的に違う。②宿主側の背景——感染・・喫煙・強いストレス・睡眠不足が発症を許す条件であり、病変を見たら背景を探しに行くのが正しい順序になる。局所を叩いて治しても背景を放置すれば再発し、重症例では・・ノーマへと連続的に進展する。原因菌の各論はTreponema vincentii・Fusobacterium nucleatum・Prevotella intermediaの各項に譲る。

呼称が資料ごとに割れる

この疾患は名前が多い。同じ病変を指しているのか、隣接する別の病変を指しているのかを確かめてから読むのが安全である。

呼称 使われ方
(ANUG) 古くから広く使われる名。の教科書・国内の資料はこの名を使うことが多い
現行の分類体系での名称。は・・に区分される1
trench mouth() 第一次世界大戦の塹壕で多発したことに由来する俗称
Vincent angina/Plaut-Vincent angina 資料により射程が揺れる。 歯肉病変そのものを指すこともあれば、同じが扁桃・咽頭に及んだの扁桃炎を指すこともある。⭐ angina は本来「咽頭の炎症」を指す語なので、本コーパスでは扁桃・咽頭側の呼称として用いる

⚠️ 「Vincent angina」と書かれていたら、歯肉の話か扁桃の話かを本文で確かめる。 語源のうえでは angina は咽頭の炎症を指し、扁桃病変を意味する用法が本来である一方、の代表例としての別名に流用されている文献も多い。引用元の記述がどちらを扱っているかを見ずに同一視しない。

三徴と付随所見

現行の分類体系が挙げる特徴的な三徴は、・・疼痛である1。の典型的特徴を疼痛・出血・のとする記述も同じ内容を指している2。

所見 中身
打ち抜き様または陥凹状のした壊死歯肉。から始まるのが典型12
自然に、あるいは軽い接触で出血する1
疼痛 強い自然痛。他の歯周疾患が通常無痛であることと対照的1
壊死組織をと白血球からなる灰白色のが覆う1
境界 潰瘍部を線状のが境界づける1
腐敗臭のある強い1
全身症状 進行例では発熱とリンパ節腫脹を伴う1

⭐ 「痛くない」の例外である点が最大の識別点。 は無症状のまま進行するのが常であり、強い自然痛を訴える歯肉病変は、それだけで壊死性の病態を疑う根拠になる。が打ち抜かれたように欠け、そこに灰白色の膜が張り、腐敗臭がする——この4点が揃えば臨床診断でよい。

⚠️ という語に引きずられてジフテリアと混同しない。 ジフテリアのは咽頭・扁桃に張り、無理に剥がすと出血する強固な膜で、背景も全身状態も異なる。

宿主側の背景を必ず探す

本症は常在菌叢の構成が宿主側の条件によって偏ることで発症するであり、進行・範囲・重症度は主として宿主側の素因に依存する2。

  • ⭐ 感染者でCD4数200未満であることは、と最も強く関連する既知の危険因子である1
  • 喫煙・強い心理的ストレス・・睡眠不足・不良が発症しやすさに寄与する1
  • 発症するのは18〜30歳の若年成人・の小児・免疫不全者で、社会経済的水準の低い国により多く、先進国ではまれである1
  • の世界的なは1%未満と推定される1

⚠️ 若年成人に生じたは、感染の検査を考える機会である。 局所治療だけで完結させると、背景にある免疫不全を見逃す。・摂食障害・薬剤性の骨髄抑制も同様に評価する。

病原菌叢

壊死病変からは Fusobacterium 属・Prevotella intermedia・Porphyromonas gingivalis・Treponema 属が同定されている1。単独の病原体による感染ではなく、(Fusobacterium nucleatum)とスピロヘータ(Treponema vincentii)がに組織を破壊するとして理解する。

💡 「新しい菌が入ってきた」のではない。 原因菌はいずれも健常者のにも存在する常在菌である。病気を決めているのは菌の有無ではなく、菌叢の構成が偏ることを許した宿主側の条件であり、だから治療も「菌を殺す」より「を機械的に減らし、背景を是正する」が主役になる。

進展:壊死性歯周炎・壊死性口内炎・ノーマ

flowchart TD
    A["宿主側の素因<br>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='human immunodeficiency virus'>HIV</span>/CD4低下・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='malnutrition'>低栄養</span>・喫煙・ストレス・睡眠不足・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='oral hygiene'>口腔衛生</span>不良)"] --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='subgingival biofilm'>歯肉縁下バイオフィルム</span>の<br>菌叢が嫌気性菌優位へ偏る"]
    B --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='necrotizing gingivitis'>壊死性歯肉炎</span><br>壊死が歯肉組織に限局"]
    C -->|"<span class='jp-term jp-term-diagram' title='periodontal ligament'>歯根膜</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='alveolar bone'>歯槽骨</span>へ及ぶ"| D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='necrotizing periodontitis'>壊死性歯周炎</span><br>付着と<span class='jp-term jp-term-diagram' title='alveolar bone'>歯槽骨</span>の喪失"]
    D -->|"<span class='jp-term jp-term-diagram' title='gingivobuccal fold'>歯肉頬移行部</span>を越える"| E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='necrotizing stomatitis'>壊死性口内炎</span><br>頬・舌・口蓋へ拡大"]
    E -->|"重度<span class='jp-term jp-term-diagram' title='malnutrition'>低栄養</span>の小児・未治療"| F["ノーマ<br>顔面に及ぶ<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Gangrenous'>壊疽性</span>病変"]

は組織破壊の及ぶ範囲で区分される。壊死が歯肉組織に限局すれば、歯肉・・に及べば、を越えて頬・舌・口蓋に及べばであり、さらに重症の進展としてノーマが位置づけられる1。

⚠️ ノーマはの最重症端に置かれるが、はノーマの側から記述する——「歯肉の軟部組織病変として始まり、急速に進行する急性へ発展する」3。⭐ 同じ連続体を逆向きに見ているだけで矛盾ではないが、ノーマは口と顔面の壊疽へ及ぶ全身状態の帰結であって「が重くなったもの」と読むと予後の重さを見誤る。主として貧困・・免疫低下を背景とする2〜6歳の小児に生じる3。1998年のの推計では致死率90%とされたが、自身が早期治療によりこれを大きく下げられるとしている3。2023年12月、ノーマはのの一覧に追加された3。

診断と鑑別

診断はで下す。培養・染色は日常診療では必須でない。

鑑別 手がかり
通常は無痛で、壊死・を伴わない。の有無で線を引く
好中球の著減。と発熱で発症しうるので血算を確認する
白血病 ・出血・浸潤。血算と
・。食事歴
ジフテリア 咽頭・扁桃の強固な、全身毒性
発熱とびまん性に、多発する有痛性の口腔小水疱・潰瘍。に限局しない

⚠️ と発熱を見たら血算を1回とる。 ・白血病は歯科的な処置だけで対応すると致命的な見落としになる。

治療

治療は局所の機械的処置が主役で、抗菌薬は全身徴候があるときの補助である。

段階 内容
機械的処置 下の愛護的な1
の除去 0.12%を含ませた綿球で除去する1
0.12%、または洗口1
全身性抗菌薬 発熱・倦怠感・などの全身徴候があるときに用いる。第一選択は嫌気性菌への有効性からメトロニダゾール、禁忌の場合はアモキシシリンを考慮しうる1
支持療法 疼痛に対する、十分な水分摂取、の改善1
背景の是正 禁煙、の改善、、免疫不全の評価と治療

⚠️ 抗菌薬を全例に出さない。 全身徴候を欠く例では、局所のと洗口が治療の中心である1。

⚠️ 急性期を鎮めて終わりにしない。 壊死で失われたの形態は自然には戻らず、清掃困難な陥凹が残って再発とへの移行の温床になる。急性期のあとにへつなぐ。

まとめ

  • は、口腔常在の(Fusobacterium)とスピロヘータ(Treponema)を軸とするで、宿主側の条件が菌叢の偏りを許したときに発症するである。
  • 三徴は(の)・・強い疼痛。灰白色の、潰瘍を縁取る線状、腐敗臭のが付随する。
  • 「痛くない」の例外である点が最大の識別点になる。
  • 背景として感染(ではCD4数200未満が最も強い危険因子)・・喫煙・ストレス・睡眠不足・不良を必ず探す。若年成人の発症は検査を考える機会である。
  • 組織破壊の範囲で・・に区分され、重度の小児ではノーマへ進展する。ノーマは2〜6歳の小児に多く、2023年12月にのに追加された。
  • 治療は下のと(または)洗口が主役。全身徴候があるときにメトロニダゾールを加え、禁忌ならアモキシシリンを考慮する。
  • 呼称は資料ごとに揺れる。とくに「Vincent angina/Plaut-Vincent angina」は歯肉病変を指す場合と扁桃・咽頭病変を指す場合があるため、引用元の記述で射程を確かめる。

出典

  1. 1.Necrotizing Periodontal Diseases(StatPearls (NCBI Bookshelf)・2025)壊死性歯周疾患が組織破壊の及ぶ範囲によって壊死性歯肉炎(壊死が歯肉組織に限局)・壊死性歯周炎(歯肉・歯槽骨・歯根膜に及ぶ)・壊死性口内炎(歯肉頬移行部を越えて頬・舌・口蓋へ及ぶ)に区分され、さらに重症の進展としてノーマが位置づけられること、特徴的な三徴が歯肉壊死(打ち抜き様または陥凹状の潰瘍化壊死歯肉)・自然出血または誘発性の歯肉出血・強い疼痛であり、他の歯周疾患が通常無痛であることと対照的であること、壊死組織を血漿タンパクと白血球からなる偽膜が覆い、潰瘍部を線状の紅斑帯が境界づけること、進行例では発熱とリンパ節腫脹を伴うこと、HIV感染者でCD4数200未満であることが壊死性歯周炎と最も強く関連する既知の危険因子であること、喫煙・強い心理的ストレス・低栄養・睡眠不足・口腔衛生不良が発症しやすさに寄与すること、18〜30歳の若年成人・低栄養の小児・免疫不全者に生じ、社会経済的水準の低い国により多く先進国ではまれであること、壊死病変からFusobacterium属・Prevotella intermedia・Porphyromonas gingivalis・Treponema属が同定されていること、治療が局所麻酔下の愛護的な機械的デブリードマン・0.12%クロルヘキシジンを含ませた綿球による偽膜の除去・0.12%クロルヘキシジン洗口または過酸化水素洗口からなり、発熱・倦怠感・所属リンパ節腫脹などの全身徴候があるときに全身性抗菌薬を用いること、その第一選択が嫌気性菌への有効性からメトロニダゾールでありメトロニダゾールが禁忌の場合にアモキシシリンを考慮しうること、壊死性歯周疾患の世界的な有病率が1%未満と推定されることを確認した。なお本章はメトロニダゾールの用量を示していない。閲覧 2026-09-03
  2. 2.Acute periodontal lesions (periodontal abscesses and necrotizing periodontal diseases) and endo-periodontal lesions(Journal of Periodontology(2017 World Workshop、AAP/EFP合同)・2018)壊死性歯周疾患が疼痛・出血・歯間乳頭の潰瘍化という3つの典型的特徴を持つこと、壊死性歯周疾患の進行・範囲・重症度が主として宿主側の素因に依存すること、壊死性歯周疾患が宿主免疫応答と明確に関連しており分類体系においてその点を考慮すべきであると結論づけられていることを確認した。抄録のみを閲覧しており全文は未取得。閲覧 2026-09-03
  3. 3.Noma(World Health Organization・2023)ノーマが口と顔面の急速に進行する重篤な壊疽性疾患であり、歯肉の軟部組織病変として始まったのち急速に進行する急性壊死性歯肉炎へ発展すること、主として貧困・低栄養・免疫低下を背景とする2〜6歳の小児に生じること、低栄養・口腔衛生不良・感染症・極度の貧困・免疫抑制が関連因子として挙げられること、1998年のWHOの推計で致死率が90%とされた一方で早期治療によりこれを大きく下げられるとされていること、2023年12月にノーマがWHOの顧みられない熱帯病の一覧に追加されたことを確認した。閲覧 2026-09-03