疾患ノート一覧へ

Disease Atlas · 神経 · 疾患

進行性多巣性白質脳症

Progressive multifocal leukoencephalopathy

別名
PML
臓器系
神経感染症
科目
PathologyMedical MicrobiologyNeurology
トピック
病理学 C/109:中枢神経系感染症(髄膜炎・脳炎)微生物学 3/18:パピローマウイルスとポリオーマウイルス(BK・JC)微生物学 3/36:従来型・非従来型の遅発性ウイルス感染微生物学 5/22:ウイルス性・真菌性の髄膜炎・脳炎の病原体(一覧)神経内科 G3-04:AIDSの神経学的合併症神経内科 G3-01:ウイルス感染による神経疾患
鑑別疾患
トキソプラズマ症自己免疫性脳炎多発性硬化症
関連疾患
ウイルス性脳炎免疫再構築炎症症候群
原因薬剤
ナタリズマブリツキシマブミコフェノール酸モフェチル
原因微生物
JCウイルス
症状
片麻痺同名半盲歩行不安定失語錯乱発作
原因となる疾患
HIV感染症・AIDS

🧠 全体像は「潜伏していたウイルスが、という蓋が外れた瞬間だけ牙を剥く」というの典型例である。JCウイルスは小児期にし、成人の過半数で腎臓・B細胞・単球に無害に居座り続けるが、細胞性免疫(特に中枢神経へ侵入してウイルスを監視する)が破綻すると、感染B細胞・単球が血液脳関門を越えて中枢神経へウイルスを運び込み、して脱髄を起こす。基礎疾患はAIDS・・臓器移植に加え、近年はなど特定の生物学的製剤による医原性免疫不全の比重が増している。発熱ももない非対称・多巣性の局所症候が数週かけて進行し、画像は・造影増強に乏しいを示す。特異的抗ウイルス薬は存在せず、の回復だけが唯一のであり、その回復自体がという新たな課題を生む。

病態・発生機序

JCウイルスは・唾液を介して小児期にし、扁桃・リンパ球を経てで腎臓へ拡散したのち、免疫が健常であれば腎臓・B細胞・単球に無症状のまま潜伏する。強い細胞性免疫抑制が生じると再活性化し、感染B細胞・単球が「トロイの木馬」のように血液脳関門を通過して中枢神経へウイルスを持ち込むと考えられている。中枢神経に到達したウイルスはし、感染細胞はを伴って腫大したのち破壊され、髄鞘を失った軸索が多巣性・不規則な脱髄巣として残る。周囲では(アストロサイト)が異型的で奇怪な核形態を示すことがあり、腫瘍性と誤認されうる点にも注意する。

flowchart TD
    A["小児期の不<span class='jp-term jp-term-diagram' title='revealed'>顕性</span>初感染<br>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='respiratory droplets'>飛沫</span>・唾液)"] --> B["腎臓・B細胞・単球に潜伏<br>成人の50〜80%が抗体陽性"]
    B --> C{"細胞性免疫(特に<span class='jp-term jp-term-diagram' title='CD8-positive T cell'>CD8陽性T細胞</span>監視)の破綻"}
    C -->|"AIDS・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hematologic malignancy'>血液悪性腫瘍</span>・臓器移植<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='natalizumab'>ナタリズマブ</span>・リツキシマブ・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='mycophenolate-mofetil'>ミコフェノール酸モフェチル</span>など"| D["JCウイルスの再活性化"]
    D --> E["感染B細胞・単球が<br>血液脳関門を越えてCNSへ(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Trojan horse hypothesis'>トロイの木馬仮説</span>)"]
    E --> F["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='oligodendrocyte'>乏突起膠細胞</span>への<span class='jp-term jp-term-diagram' title='lytic infection'>溶解感染</span>"]
    F --> G["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='intranuclear inclusion body'>核内封入体</span>を伴う細胞腫大→破壊"]
    G --> H["多巣性・不規則な脱髄<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='stellate cells'>星細胞</span>の異型変化"]
    H --> I["非対称性・亜急性の進行性局所症候"]

💡 「薬が効きすぎることそのものがリスクになる」という は中枢神経へのリンパ球侵入を強力に遮断してを抑えるが、これは同時にJCウイルスを監視するの侵入も止めてしまう。薬効そのものがPMLの原因になるという関係は、リツキシマブによるB細胞除去やによる細胞性免疫抑制にも共通する構図である。

基礎疾患とリスク層別化

背景 特記事項
HIV感染症・AIDS CD4高度低下例で発症。歴史的にPMLの最多背景であった
特に、リンパ腫
臓器移植・ 移植後の免疫が背景となる
・Crohn病治療薬。現代のPML診療で最重要の医原性リスク
リツキシマブ B細胞除去療法。長期・例で報告される
移植後・自己免疫疾患治療における細胞性免疫抑制

使用時のは3つの軸で行う。 JCウイルス(インデックス)が高いこと、投与期間が長いこと(特に2年以上)、の使用歴があることの3条件が重なるほどPMLリスクが上昇する。抗体陰性でもウイルス曝露後にしうるため、定期的な抗体再検査を継続する(詳細はを参照)。かつてはエファリズマブやなど他の免疫調節薬でもPMLが報告され、エファリズマブは市場から撤退した経緯がある。

臨床像

PMLは発熱もも欠く点が細菌性・ウイルス性の髄膜炎・脳炎と対照的である。数週間の経過で非対称・多巣性の局所神経症候が進行性に出現・増悪する。

⚠️ 症候は非対称かつ多巣性に組み合わさって出現するのが特徴で、単一の孤立病変を示唆する所見(片側ののみ)よりも、複数のにまたがる進行性の脱落症候として気づかれることが多い。無治療では数週〜数か月で進行し、重度の障害や死に至りうる。

診断

MRIはT2/FLAIRで高信号を示すで、に及ぶ非対称・多巣性の分布を示す。古典像ではや造影増強に乏しいことが最大の特徴で、これが造影リング病変を示すとの重要な鑑別点になる。を合併すると、炎症反応の出現により造影増強や浮腫が新たに出現しうる。

病態 造影増強 背景
PML 乏しい(IRIS合併時は出現) 乏しい AIDS・医原性免疫抑制
あり( あり AIDS(CD4<100/µL、IgG陽性が前提)
あり あり AIDS・免疫不全

確定診断は髄液JCウイルスDNAのPCRを中心に行う。感度は改良されてきているが、陰性でもPMLを否定できない点が重要で、臨床的疑いが強ければ再検査やを検討する。では、脱髄、異型という組織像が確認できる。

治療

PMLに特異的に有効な抗ウイルス薬は存在しない。 など過去に試みられた薬剤は、いずれも対照試験で有効性が確立しておらず、現行の標準治療には位置づけられていない。治療の中心は原因を問わずの回復である。

  • AIDSが背景の場合:を速やかに開始・継続する。のようにIRISを懸念してART開始を数週間遅らせる方針はPMLには適用せず、未治療のPMLの予後不良を踏まえて早期に開始する。
  • 医原性の場合:原因薬を直ちに中止する。ではによって薬剤のクリアランスを早め、の回復を早期化することがある。

⚠️ :免疫が急速に回復する過程で、既存の脱髄に対する炎症反応が顕在化し、一時的に神経症候が悪化しうる。画像では新たな造影増強や浮腫として現れることがあり、症候性・重症のIRIS-PMLでは副腎皮質ステロイドの投与が検討されるが、免疫回復そのものを止めない範囲での個別対応が原則である。

鑑別

まとめ

  • PMLはJCウイルスの再活性化によりし、多巣性・不規則な脱髄を起こす遅発性ウイルス感染である。
  • 基礎疾患はAIDS、、臓器移植に加え、・リツキシマブ・など・生物学的製剤による医原性免疫不全が重要で、特にはJCウイルス・投与期間・使用歴でリスクを層別化する。
  • 臨床像は発熱・を欠く非対称・多巣性の局所症候(など)が数週かけて進行する。
  • 画像はに及ぶ・造影増強に乏しく、髄液JCウイルスPCRで確定するが陰性でも否定できない。
  • 特異的抗ウイルス薬はなく、治療はART開始や原因薬中止によるの回復が中心。による一時的な悪化に注意する。
  • の再発、との鑑別が診療上重要になる。