病理学

病理学 · C/106

脳血管障害(低酸素・虚血・梗塞)

Cerebrovascular diseases (hypoxia, ischemia, infarction)

応用トピック
内頸動脈循環障害の臨床症候群椎骨脳底動脈系循環障害の臨床症候群主要神経認知障害(認知症)の診断脳血管障害の分類一過性脳虚血発作若年成人の脳血管障害急性期脳虚血の治療新生児脳障害と新生児けいれん
疾患
一過性脳虚血発作脳梗塞卵円孔開存
症状
運動失調性片麻痺
画像所見
頭部CTの早期虚血性変化慢性虚血性白質病変

🧠 全体像:は「血流が届かない(虚血→梗塞)」か「血管が破れる(出血)」かの二択で、虚血はさらに全脳(心停止・ショックによる)と局所(塞栓が第1原因、動脈硬化性血栓症、高血圧性の)に分かれる。梗塞の色(白色 vs 赤色)は再灌流・の有無で決まる。

概要

= 血管を巻き込む病的過程による脳の異常すべて。

3つの主要な過程

  • 血管の(血栓・thrombus による閉塞)。
  • 血管の塞栓性閉塞(塞栓・embolus による閉塞)。
  • 血管破裂。

結果

  • 血栓性・塞栓性 → O₂供給の喪失 → 脳虚血傷害+梗塞。
  • 破裂 → → 直接の。

脳卒中

  • の障害による脳機能の急速な喪失からの神経症状の急性発症。
  • 上記状態の臨床像。

低酸素と虚血

脳の需要

  • の15%を受ける。
  • 全身酸素の20%を消費。
  • がの変化にかかわらず血流を一定に保つ。

低酸素

  • O₂分圧の低下。
  • 原因:高地、O₂運搬能の障害(貧血、CO中毒)、O₂利用の阻害(シアン)。
  • 虚血より耐えられる → 単独では大きな傷害を起こしにくい。

虚血

  • の障害 → 十分に飽和した血液が脳に届かない。
  • 梗塞の背後にある機序。

全脳虚血

定義

  • 全般的な脳虚血+低酸素。

原因

  • 。
  • 心停止。
  • 重度不整脈(ポンプ低下 → )。
  • 。
  • 重度の低血圧。

選択的脆弱性

最も感受性の高い細胞:

  • 海馬の(CA1 / Sommer部)。
  • 小脳の。
  • の(3、5、6層)。

💡 この対応は取り違えやすいが、的に「古い」構造ほど脆弱という原則で覚えると崩れない。 低酸素に関する総説では、成人ヒト脳で最も感受性が高いのは海馬・小脳という「古い」構造で、典型像は・の脱落であること、も脆弱で特徴的な層状の(laminar neuron loss)を呈することが確認されている1。の層状壊死は、後に生じる病理学的所見としても後述のと並んで重要。

臨床像

  • 軽度虚血:一過性の。
  • 重度の:広範な神経細胞死。
    • :・。
    • → +の消失(講義の要点)。
    • このような場合の人工呼吸 → 脳が過程を経る → 「」。

💡 のは、当初の恩恵が後ので修正されている。 によるの患者を対象にした2002年の試験では、32〜34℃の軽度低体温が正常体温管理より・死亡率を改善した(転帰良好55%対39%)2。しかしその後、目標体温33℃と36℃を比較した2013年のTTM試験では両群間に有意差がなく3、低体温(33℃)と早期による正常体温管理を比較した2021年のTTM2試験でも6か月死亡率・に有意差はなく、低体温群でむしろ不整脈が多かった4。これらを受けて2022年のERC-ESICMガイドラインは、昏睡が続く成人で37.7℃を超える発熱を少なくとも72時間能動的に予防することを推奨し、32〜36℃の体温管理については推奨も否定もする根拠が不十分とした5。つまり欧州の指針では「一律の低体温」ではなく「発熱の回避」が中核になっている。

⚠️ の判定項目は国と文書で異なる。 日本の臓器移植法に基づく判定は、・(両側4 mm以上)・の消失・・自発呼吸の消失を確認し、6時間以上(6歳未満は24時間以上)あけて再確認する6。一方、米国の2023年合同ガイドラインは、①昏睡、②の消失、③無呼吸を中核とし、は大脳半球の機能しか評価できず脳幹機能について情報を与えないとして、補助検査として用いないよう推奨している7。「」は日本の法的判定では必須項目だが、の定義そのものは脳幹を含む脳全体の不可逆的な機能喪失である。

境界域(分水嶺)梗塞

  • 主要脳動脈の間の領域が適切に灌流されない。
  • 虚血に陥りやすい → の梗塞。
  • 典型的に出血性(側副血流が維持される)→ 。

形態

  • 早期:腫脹した脳、広い、狭小化した、灰白質–の不明瞭化、ヘルニア。
  • 後期:壊死、萎縮した脳、。

局所脳虚血

定義

  • 特定のへの血流減少 → 細胞死のリスク増加。
  • 脳動脈閉塞 → 局所虚血 → 梗塞。

原因

A)塞栓(の第1原因)

  • のからの血栓塞栓(。講義では最多の由来とされる)。
  • :心房細動、弁膜症、心筋梗塞後の。
  • を介した。
  • (MCA) — 最も多く侵される。

💡 の頻度は分類の仕方で変わる。 病因をTOAST分類で整理したドイツの住民ベース研究(初発583例)では、は30.2・(ラクナ)25.8・15.3(人口10万人あたり)で、この主要3病型のなかではが最も多かった(原因を特定できない群は別に数えられる)8。由来のは「」の側に入るので、「塞栓の由来はが最多」と覚えるとの比重を見誤る。

B)血栓症(動脈硬化)

  • 脳動脈の動脈硬化 → その血栓症。
  • より下 = よく耐える(側副)。
  • より上 = 耐えにくい()。
  • +MCAが最も多く傷害される。

C)血管炎

ラクナ梗塞

  • 高血圧が脳に与える最も重要な影響の一つ。
  • の閉塞 → 深部構造を供給(、視床、、橋、)。
  • 高血圧 → → 狭窄 → 虚血 → 小さな壊死 → 。
flowchart TD
    A["高血圧"] --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hyaline arteriolosclerosis'>硝子細動脈硬化</span>"]
    B --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='perforating artery'>穿通枝動脈</span>の狭窄"]
    C --> D["虚血"]
    D --> E["小さな壊死"]
    E --> F["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Lacunar Infarcts'>ラクナ梗塞</span><br>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='putamen'>被殻</span>・視床・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='caudate nucleus'>尾状核</span>・橋・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='internal capsule'>内包</span>)"]
  • 深部灰白質の小さな(mm大)限局性梗塞。
  • 臨床症候:純粋運動、純粋感覚、。

梗塞の形態

A)非出血性(「白色」・貧血性)梗塞

  • 段階:→ → 。
時間 変化
最初の6時間 変化なし
48時間 組織が蒼白、軟らか、腫脹、が出現
2〜10日 軟らかく脆い、境界明瞭、好中球性顆粒球
10〜20日 した組織(灰白/)→ 液体で満たされた空洞、単核
数か月 嚢胞性空洞が残る

B)出血性(「赤色」)梗塞(赤色軟化)

  • 虚血梗塞の再灌流(側副や塞栓の溶解)。
  • → 血液が阻まれる → 出血。
  • — 一部の血流が維持されるため出血性。

まとめ表

型 機序 主な特徴
心停止、ショック、ICP上昇 海馬CA1、Purkinje、皮質3/5/6層、、
局所虚血(塞栓性) 心房細動・の()、(動脈原性) MCAが最多、梗塞の第1原因
血栓性 動脈硬化 脳底+MCA
高血圧 → /視床//橋/、純粋運動/感覚症候
白色梗塞 、白色/ → 空洞
赤色梗塞 出血性、 再灌流、、境界域

💡 ポイント: 脳 = 心拍出量の15%+酸素の20%、低酸素 > 虚血の耐性。 → :海馬CA1(Sommer部)++3/5/6層、境界域()梗塞 — 、出血性。局所虚血:第1原因 = 塞栓(:心房細動・心筋梗塞/動脈原性:)、MCAが最多、動脈硬化からの血栓症(脳底+MCA)。 = 高血圧 → の、深部灰白質(/視床//橋/)。梗塞の形態:0〜6時間変化なし、48時間、2〜10日好中球、10〜20日 → 嚢胞。赤色(出血性)梗塞 = 再灌流//()。

まとめ

  • 局所脳虚血の第1原因は塞栓(心房細動などのと、のからの)で、が最も多く侵される。TOAST分類による住民ベース研究では、・・の3病型のうちが最も多かった8。
  • では海馬CA1(Sommer部)、小脳、3/5/6層が選択的に脆弱で、境界域()梗塞はかつ出血性になりやすい。
  • は高血圧によるがを狭窄させて生じ、・視床・・橋・などの深部灰白質を侵す。
  • 梗塞は非出血性(→→嚢胞、)と出血性(、再灌流やによる)に分けられる。
  • 梗塞のは48時間で出現、2〜10日で、10〜20日で壊死・嚢胞化と進む。

出典

  1. 1.Selective vulnerability in brain hypoxia(Critical Reviews in Neurobiology・1991)抄録で、成人ヒト脳の急性低酸素エピソードでは神経細胞傷害の脆弱性に階層があり、海馬・小脳といった系統発生的に「古い」構造が最も感受性が高く、これらの構造では錐体細胞・Purkinje細胞の脱落という典型像を呈すること、新皮質も脆弱な構造の一つで特徴的な層状の神経細胞脱落(laminar neuron loss)がみられることを確認した閲覧 2026-08-27
  2. 2.Mild Therapeutic Hypothermia to Improve the Neurologic Outcome after Cardiac Arrest(New England Journal of Medicine・2002)心室細動による心停止後に蘇生した患者を対象とした多施設試験で、目標体温32〜34℃の軽度治療的低体温を24時間行った群は通常治療(正常体温)群に比べ6か月後の神経学的転帰良好の割合が高く(55%対39%、リスク比1.40)、6か月死亡率も低かった(41%対55%、リスク比0.74)ことを確認した閲覧 2026-08-27
  3. 3.Targeted Temperature Management at 33°C versus 36°C after Cardiac Arrest(New England Journal of Medicine・2013)心原性と推定される院外心停止後の昏睡患者950例を対象にした国際試験で、目標体温管理を33℃群と36℃群に無作為割付けしたところ、試験終了時の全死亡率(33℃群50%対36℃群48%、ハザード比1.06)、180日時点の神経学的機能不良または死亡の割合(54%対52%、リスク比1.02)のいずれにも有意差がなく、33℃という目標体温そのものに36℃を上回る利益は示されなかったことを確認した閲覧 2026-08-27
  4. 4.Hypothermia versus Normothermia after Out-of-Hospital Cardiac Arrest(New England Journal of Medicine・2021)心原性または原因不明の院外心停止後の昏睡患者1900例を対象にした非盲検・転帰盲検化試験(TTM2)で、目標体温33℃の低体温療法群と早期解熱を行う正常体温管理群を比較したところ、6か月死亡率(50%対48%、相対危険度1.04)、修正Rankinスケールでの機能転帰不良(55%対55%)のいずれにも有意差がなく、低体温療法群では血行動態を損なう不整脈がより高頻度だった(24%対17%)ことを確認した閲覧 2026-08-27
  5. 5.ERC-ESICM guidelines on temperature control after cardiac arrest in adults(European Resuscitation Council / European Society of Intensive Care Medicine・2022)抄録で、心停止後に昏睡が続く成人では中心温を連続監視し、37.7℃を超える発熱を少なくとも72時間能動的に予防することを推奨したこと、32〜36℃の体温管理や早期冷却については推奨も否定もする根拠が不十分としたこと、自己心拍再開後に軽度低体温の昏睡患者を正常体温へ能動的に復温しないこと、病院前の大量冷却輸液を行わないことを推奨したことを確認した。本ガイドラインは2021年のERC-ESICM心拍再開後ケアガイドラインの体温管理の推奨を置き換えるものと述べている。2025年のERC-ESICM心拍再開後ケアガイドラインと2025年AHAガイドラインの本文は取得できず照合していない閲覧 2026-09-24
  6. 6.臓器の移植に関する法律施行規則(平成九年厚生省令第七十八号)(厚生労働省(e-Gov法令検索)・2025)e-Gov法令APIで現行版(令和七年厚生労働省令第九十八号による改正、2025年10月8日施行)の第二条を確認した。臓器移植法に基づく脳死判定は、深昏睡・瞳孔固定(両側4 mm以上)・脳幹反射(対光・角膜・毛様脊髄・眼球頭・前庭・咽頭・咳反射)の消失・平坦脳波・自発呼吸の消失を確認し、少なくとも6時間(6歳未満は24時間)後に再確認して行うこと、自発呼吸の消失の確認は他の項目の確認後に行うこと、生後12週未満・急性薬物中毒・深部体温32℃未満(6歳未満は35℃未満)・代謝性または内分泌性障害による例は対象としないこと閲覧 2026-09-24
  7. 7.Pediatric and Adult Brain Death/Death by Neurologic Criteria Consensus Guideline(Neurology(American Academy of Neurology/American Academy of Pediatrics/Child Neurology Society/Society of Critical Care Medicine 合同)・2023)PMC(PMC10791061)の全文で、脳死(神経学的基準による死)は原因既知の重篤な脳損傷で脳幹を含む脳全体の機能が永久に失われ、①昏睡、②脳幹反射の消失、③十分な刺激下での無呼吸を呈したときに判定するとしていること、推奨28で脳波(EEG)・聴性誘発電位・体性感覚誘発電位を補助検査として用いないこと(Level B)とし、その理由を脳波は大脳半球の機能を評価するもので脳幹機能の有無について情報を与えないためとしていることを確認した閲覧 2026-09-24
  8. 8.Epidemiology of ischemic stroke subtypes according to TOAST criteria: incidence, recurrence, and long-term survival in ischemic stroke subtypes: a population-based study(Stroke・2001)抄録で、ドイツ・エアランゲン市の初発脳梗塞583例(1994〜1998年)を対象にした住民ベース研究で、欧州人口で年齢標準化した人口10万人あたり発生率が心原性塞栓30.2、小血管閉塞25.8、主幹動脈アテローム硬化15.3であったことを確認した閲覧 2026-09-24