循環器学

循環器学 · A-07

急性心不全の治療

Treatment of acute heart failure

前提:病態
カリウム排泄性利尿薬強心薬(陽性変力薬)カテコールアミン心臓の酸素需要・供給に作用する薬

🧠 全体像:( 2026年版の呼称では)ではまず酸素化とを回復し、同時に、血圧、収縮力を補正する。ただし処置ごとに推奨の強さは大きく違う——酸素・挿管・静注・入院中の阻害薬開始がClass I であるのに対し、・・はいずれもClass IIb(「考慮してもよい」)にとどまる。

呼称と臨床像(版による違い)

⚠️ 2026年版ガイドラインは「」という呼称そのものを改めた。 新概念のは逐語で Decompensated HF replaces acute HF と述べ、本ノートが扱う病態は2026年版ではと呼ばれる。定義は「症状・徴候が急性または緩徐に出現し、緊急の医学的対応と治療の開始・強化を要するほど重いもの」で、予定外の入院・救急受診に加えて予定外の外来受診まで含む1。授業で使う「」は2021年版までの呼称として読み、版を添えて使う。

💡 は「の」に限らない。 2026年版は、既存の心不全の悪化として現れることも、心不全の初発として現れることもあると明記する。既存の心不全で症状・徴候が悪化する事象は悪化心不全と呼び、は「治療の変更を要すること」で規定される点が違う、と書き分けている1。

2026年版は臨床像を4カテゴリーに分ける(重なりうると断ったうえで)。治療の重心がカテゴリーごとに違うので、薬を選ぶ前にどれかを決める。

カテゴリー(2026年版) 主な病態 治療の重心
うっ血が緩徐に蓄積。肺・末梢の両方にうっ血が出うる 利尿薬によるうっ血解除
右室・上昇による。と心室相互依存で左室充満・心拍出も落ちる 利尿と慎重な体液管理、必要時に・・
急性肺水腫 短時間で進む高度の肺うっ血と呼吸不全 呼吸不全の是正と。⚠️ の過剰ではなくへの血液移動が主体なので、高用量の利尿薬をふつう要さない
による重要臓器の低灌流 原因治療、・、必要時に

⚠️ 2021年版の4区分は「・・孤立性・」で、の呼称が違う21。

初期救急対応

  • 酸素は低酸素血症に投与し、正常へのルーチン投与は避ける。投与を始める閾値は資料によって違う——2026年版ガイドラインは SpO₂ <90% または PaO₂ <60 mmHg を基準に置き(Class I/レベルC)、低酸素血症のない患者への無差別な投与は有害となりうるとする1。病院前・の国際はこれより早く、room air SpO₂ <95% で投与を始めるべきだとする3。の評価と回復も並行する
  • 呼吸窮迫(呼吸数 >25/分 かつ SpO₂ <90%)ではを可能なかぎり早く始める(Class IIa/レベルB2)。酸素投与またはを行っても呼吸不全が持続・進行する場合は挿管する(Class I/レベルC)1
  • モニターを装着し、を確保する
  • 座位または45°の半座位とする
  • を評価し、過不足を補正する

⚠️ は万能ではない。 の上昇が静脈還流と左の前負荷を減らし、心拍出量と血圧を下げうるので、前負荷が乏しく低血圧の患者(すなわち)では注意して用いる1。

薬物治療

目的 薬剤
うっ血の解除 静注()。尿量、腎機能、電解質を再評価しながら調整。投与後は尿量とを早期に確認し、反応不良なら・系の追加や増量を検討する3。2026年版ガイドラインは、で治療済みの例への短期の静注または経口の追加をClass IIa(レベルB1)に置く1
うっ血解除と予後の両方 初期安定化の後、入院中から阻害薬を開始する。2026年版ガイドラインはこれをClass I(レベルB1)に置き、基盤治療の一部として(予後への意味)と、十分なうっ血解除を可能にする手段としての両方で推奨する。根拠に挙がるのは入院中に10 mgを開始したEMPULSE(90日時点の臨床的利益が有意に高い)と、を入院中または退院3日以内に開始したSOLOIST-WHFである。⚠️ 慢性期の推奨(によらずClass I/レベルA)で名指しされる薬はまたはで、入院中開始の推奨は薬を名指ししていない1
高血圧・増大の軽減 血圧が保たれる患者でなどの。症状緩和が目的で、生存やを改善する明確なエビデンスはなく、2021年心不全ガイドラインでは位置づけが引き下げられた4。2026年版でも >110 mmHg の初期治療としてClass IIb(レベルC)にとどまる。投与中は血圧を注意深く監視する(血管拡張に伴う低血圧は有害となりうる)1
でを確保 を使うならノルアドレナリンを優先する。⚠️ ただし推奨そのものは強くない——2026年版の推奨表9は逐語で「、望ましくはノルアドレナリンを、血圧と重要臓器の灌流を上げる目的で、の患者に考慮してもよい」=Class IIb(レベルC) である(2021年版も A vasopressor, preferably norepinephrine, may be considered… と同じ内容をClass IIb/レベルBに置いていた)。本文が言うのは「限界はあるものの、いくつかの研究がドパミンやアドレナリンと比べた第一選択としての使用を支持する」までで、エピネフリンとの比較は梗塞後の小規模試験(に差なし、が多く早期中止)にとどまる。目標は定まっておらず、はで未検討である21
低心拍出・低灌流の改善 十分ながあり低灌流が続く場合に、、などの/を選択。2026年版では <90 mmHg で低灌流があり、輸液負荷を含む標準治療に反応しない例にClass IIb(レベルC)。不整脈とのリスクからルーチン使用はしない。β遮断薬を投与中の患者では作用機序からやIII阻害薬をより優先してよいが、死亡率の改善はいずれのでも根拠が不十分である1
一律には使わない オピオイド。2026年版はClass III(レベルC)で「の患者にオピオイドを一律に用いることは推奨しない」とし、強い/難治性の疼痛・不安がある場合を除くと但し書きを付ける。理由は害のリスク(呼吸不全)である1

⭐ 推奨の強さは処置ごとに大きく違う。 2026年版の推奨表9でClass I なのは次の4つだけで、急性期の薬物治療の柱として並べられがちな・・はいずれもClass IIb である。

Class I の推奨(2026年版・推奨表9) 対象 レベル
酸素 SpO₂ <90% または PaO₂ <60 mmHg C
挿管 酸素投与・でも呼吸不全が持続・進行する例 C
静注 で入院したの全例 A
入院中の阻害薬開始 初期安定化の後 B1

💡 静注のレベルAはRCTの裏づけではない。2026年版は脚注で、の有効性は広く受け入れられており倫理上そうした試験は行われていないしこれからも行われそうにないため、タスクフォースの判断で明確な臨床的利益を理由にレベルAとした、と断っている1。

⚠️ 中にβ遮断薬を新規開始・増量しない。慢性内服中のβ遮断薬は自動的に中止せず、、著明な低灌流、などがあれば減量・一時中止を個別判断し、安定化後に再導入する。観察研究のでは中止群で短期(3か月以内)死亡リスクが高い可能性が示唆される(統合HR 2.30)が、エビデンスの確実性は低く、適応や再開不履行の影響を否定できない5。2026年版ガイドラインも、既に基盤治療を受けている患者では継続および/またはできるだけ速やかな再開を推奨し、明らかな低灌流の徴候または特定の臨床的適応がないかぎり中止は推奨しないと述べる1。

EF保持かつ高血圧の場合

⚠️ として発症した場合は、利尿薬の量よりの比重が大きい。 2026年版ガイドラインは、この病型ではうっ血の主体がの過剰ではなくへの血液移動なので、患者はふつう高用量の利尿薬を要さず、を要しうると述べる1。上の「高用量」はそのものが過剰な例に当てる。

💡 「」という診断名だけで一律に薬を選ぶのではなく、うっ血優位か、低血圧・低灌流を伴うかを先に判定する。

ベッドサイド血行動態プロファイル

ベッドサイドでは、まず肺・、次にを評価して治療を分岐する。この4型は、 2021年版がの主な臨床像を「Wet and warm」「Dry and cold」「Wet and cold」の3通りの組み合わせで記述した枠に対応する(同版の表に Warm and dry はの臨床像として挙がらない——うっ血も低灌流も無い状態だからである)2。2026年版は同じ所見を左側うっ血・右側うっ血・低灌流の3群(Table 12)として整理しており、左右のうっ血を分けて見る点が違う1。

プロファイル ベッドサイドでの解釈 初期方針
Warm and dry 灌流良好、うっ血なし 誘因を確認し、慢性治療を調整
Warm and wet 灌流は保たれるがうっ血あり;最も一般的 。血圧が保たれ高血圧性ならを追加
Cold and dry 低灌流、明らかなうっ血なし なら慎重な輸液負荷。反応しない低心拍出ではを検討
Cold and wet 低灌流とうっ血を併発;高リスク 低血圧・ショックなら/、うっ血治療、原因治療を並行し、必要時を検討
flowchart TD
    A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='acute HF'>急性心不全</span>"] --> B{"うっ血あり?"}
    B -->|いいえ: dry| C{"灌流は十分?"}
    B -->|はい: wet| D{"灌流は十分?"}
    C -->|はい| E["Warm-dry<br>慢性治療調整"]
    C -->|いいえ| F["Cold-dry<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='body fluid volume'>体液量</span>評価・必要時輸液負荷"]
    D -->|はい| G["Warm-wet<br>利尿薬 ± <span class='jp-term jp-term-diagram' title='vasodilator'>血管拡張薬</span>"]
    D -->|いいえ| H["Cold-wet<br>ショック対応・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='inotropic agent'>強心薬</span>/<span class='jp-term jp-term-diagram' title='vasopressor'>昇圧薬</span>を選択"]

薬剤はプロファイルだけで自動決定せず、血圧、酸素化、腎機能、・・不整脈などの原因を同時に評価する。

まとめ

  • 初動は酸素化、灌流評価、モニター、、体位、評価である。
  • うっ血には利尿薬、高血圧には、低心拍出には病態に応じを考える。
  • 急性期にClass I なのは4つだけ——酸素(SpO₂ <90% または PaO₂ <60 mmHg)・挿管・静注・初期安定化後の入院中の阻害薬開始である。・・はいずれもClass IIb で「考慮してもよい」にとどまり、オピオイドの一律使用はClass III(強い/難治性の疼痛・不安がある場合を除く)。
  • でを使うならノルアドレナリンを優先するが、その推奨自体がClass IIb である。「基本の」と覚えると推奨の強さを取り違える。
  • β遮断薬は循環状態に応じ継続・一時中止を判断し、安定化後に予後改善治療へ戻す。2026年版は、明らかな低灌流の徴候や特定の臨床的適応がないかぎり基盤治療を中止しないことを求めている。
  • 呼称は版で違う。 2021年版の「」は2026年版で「」に置き換えられ、臨床像も・・・の4カテゴリーになった。は心不全の初発も含み、予定外の外来受診も範囲に入る。

出典

  1. 1.2026 ESC Guidelines for the management of heart failure(European Society of Cardiology・2026)本文全文(Wayback Machine の id_ 付き出版社ページ、20260910061149。HTTP 200、657 KB)で次を逐語で確認した。①Table 4 New concepts は逐語で「Decompensated HF replaces acute HF」。7.1節は非代償性心不全を「acute or gradual onset of symptoms and/or signs of HF, severe enough to require urgent medical attention and treatment initiation or intensification」と定義し、予定外の入院・救急受診に加え予定外の外来受診を含め、既存の心不全の悪化としても心不全の初発(de novo HF)としても現れること、既存の心不全での悪化心不全(WHF)とは治療の変更を要する点で区別されることを述べる。②7.3節は非代償性心不全を非代償性左心不全・非代償性右心不全・急性肺水腫・心原性ショックの4カテゴリーに分け、「possible overlaps exist」と断る。急性肺水腫は総体液量の過剰を伴わない肺循環への血液移動(fluid redistribution)が主体なので高用量の利尿薬をふつう要さず血管拡張薬を要しうる、と7.3.3節が述べる。③推奨表9がClass I に置くのは4件で、酸素(SpO2 90%未満またはPaO2 60 mmHg未満。レベルC)、酸素投与または非侵襲的換気を行っても呼吸不全が持続・進行する例の挿管(レベルC)、体液過剰で入院した全例への静注ループ利尿薬(レベルA。脚注は倫理上RCTが行われていないためタスクフォースの判断でAとしたと断る)、初期安定化後の入院中のSGLT2阻害薬開始(レベルB1)である。非侵襲的陽圧換気(呼吸数25/分超、SpO2 90%未満)はClass IIa/レベルB2、ループ利尿薬で治療済みの体液過剰例への短期のアセタゾラミド静注またはヒドロクロロチアジド経口の追加はClass IIa/レベルB1、尿中ナトリウムに基づく利尿薬調整はClass IIb/レベルB1、静注血管拡張薬(収縮期血圧110 mmHg超の初期治療)・強心薬(収縮期血圧90 mmHg未満で低灌流があり輸液負荷を含む標準治療に反応しない例)はいずれもClass IIb/レベルC、昇圧薬は逐語で「Vasopressors, preferably norepinephrine, may be considered in patients with cardiogenic shock to increase blood pressure and vital organ perfusion」=Class IIb/レベルC、オピオイドの一律使用は「Routine use of opiates is not recommended in patients with DHF unless severe/intractable pain or anxiety, due to risk of harm」=Class III/レベルC である。④7.5.9節の本文は2021年版と同じく「Some studies, although with limitations, support the use of norepinephrine as first choice, compared with dopamine or epinephrine」と書き、心原性ショックの目標平均血圧は「not well defined」、バソプレシンは未検討だとする。⑤7.5.1節は低酸素血症のない患者への無差別な酸素投与は有害となりうるとする。⑥7.5.7節は静注血管拡張薬(ニトログリセリンまたはニトロプルシド)について、大規模RCTはいずれも硬いエンドポイントでの明確な利益を示しておらず、メタ解析で気管挿管の減少は示されたが死亡・在院日数への効果は無いとし、投与中は血圧を注意深く監視するよう求める。⑦7.4.1節は「In patients already receiving FMT, continuation and/or rapid reintroduction as soon as possible is recommended. Discontinuation of FMT is not recommended unless there are clear signs of hypoperfusion or specific clinical indications」と述べる(FMT=foundational medical therapy)。⑧7.5.8節は、β遮断薬投与中の患者では作用機序からレボシメンダンまたはホスホジエステラーゼIII阻害薬をドブタミンより優先してよいとし、Cochraneの解析では心原性ショック・低心拍出のいずれの強心薬にも死亡率改善の根拠が不十分、ミルリノンとドブタミンを比べたRCTでも差は無かったとする。⑨CHAMPIT という語呂はこの本文(約84万字のテキスト化、補足資料を除く)に一度も出現しない閲覧 2026-09-16
  2. 2.2021 ESC Guidelines for the diagnosis and treatment of acute and chronic heart failure(European Society of Cardiology・2021)誌上版PDF全文(リエージュ大学ORBIの ehab368.pdf、表紙は European Heart Journal 42巻3599-3726頁)で確認した。心原性ショックの昇圧薬の推奨は逐語で「A vasopressor, preferably norepinephrine, may be considered in patients with cardiogenic shock to increase blood pressure and vital organ perfusion」=Class IIb/レベルB であり、「考慮してもよい」にとどまる。11.3.6節の本文も「Some studies, though with limitations, support the use of norepinephrine as first choice, compared with dopamine or epinephrine」と書き、ドパミンとの比較試験(不特定のショック)では不整脈イベントが有意に多かったこと、アドレナリンとの比較は梗塞後心原性ショックの小規模試験で難治性ショックが多く早期中止になったことを挙げる。強心薬は収縮期血圧90 mmHg未満で低灌流があり輸液負荷を含む標準治療に反応しない例にClass IIb/レベルC、症候性低血圧と低灌流の証拠がないかぎりルーチン使用はClass III。静注血管拡張薬は収縮期血圧110 mmHg超の初期治療としてClass IIb/レベルB。緊急に是正すべき原因の語呂はCHAMPIT(急性冠症候群・高血圧緊急症・不整脈・急性機械的原因・肺塞栓症・感染(心筋炎を含む)・心タンポナーデ)で、これらを除外・是正したうえで臨床像別の治療へ進む。急性心不全の主な臨床像は表で「Wet and warm」「Dry and cold」「Wet and cold」の組み合わせとして記述される。⚠️ この版は2026年版(esc-hf-2026)に置き換えられており、本ノートでは版の比較のために引く閲覧 2026-09-16
  3. 3.Early diagnosis and treatment of acute heart failure in prehospital and emergency settings. Part 1 of the International Expert Opinion Series on acute heart failure management(European Journal of Emergency Medicine(Miró Ò, et al., 2025, DOI 10.1097/mej.0000000000001270)・2025)酸素投与はroom air SpO2 95%未満の患者に行うべきであること、初回利尿薬投与後は尿量とナトリウム利尿を早期に確認し反応不良例ではアセタゾラミド・サイアザイド系の追加や増量を検討すべきこと閲覧 2026-08-08
  4. 4.Pathophysiology and clinical use of agents with vasodilator properties in acute heart failure. A scientific statement of the Heart Failure Association (HFA) of the European Society of Cardiology (ESC)(European Journal of Heart Failure(Chioncel O, et al., 2025, DOI 10.1002/ejhf.3673)・2025)静注血管拡張薬は生存改善の確実なエビデンスを欠き、2021年ESC心不全ガイドラインで位置づけが引き下げられたこと閲覧 2026-08-08
  5. 5.Beta-Blocker Discontinuation in Acute Heart Failure: A Systematic Review and Meta-Analysis(JACC: Advances(Alaeiilkhchi N, et al., 2026, DOI 10.1016/j.jacadv.2026.102929)・2026)β遮断薬中止群で短期(3か月以内)死亡の統合HRが2.30(95%CI 1.23-4.29)であった一方、エビデンスの確実性は非常に低く、有害に見える関連は適応交絡や再開不履行を反映している可能性があること閲覧 2026-08-08