免疫学

免疫学 · 3.1

補体系

The complement system

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W3Lecture / 講義
応用トピック
溶血性貧血抗リン脂質抗体症候群血栓性血小板減少性紫斑病と溶血性尿毒症症候群全身性エリテマトーデスの臨床像小血管炎原発性・続発性免疫不全血管炎免疫不全症喉頭の変性疾患・良性腫瘍、喉頭浮腫、遺伝性血管性浮腫溶血性尿毒症症候群
薬剤
ナルソプリマブ
疾患
C1q欠損症補体C2欠損症蕁麻疹様血管炎
検査値
C1インヒビターCH50可溶性C5b-9補体C1q補体C4

🧠 は「3本の異なる引き金から始まり、同じC3を経由して同じ最終兵器に収束する」カスケードとして読む。 ・・はそれぞれ異なるきっかけで始まるが、いずれもでC3をC3a/C3bに切断する点に収束し、その先は炎症誘導・・による溶解という共通のに至る。自己を傷つけないための制御タンパクの存在も、この系を理解する上で欠かせない。

補体系の基礎

  • 太古のの時代から存在する、進化的に極めて古い系。
  • 30種類以上の・タンパクからなる。
  • 全身に分布する。
  • 分子同士がで次々に活性化しあう。
  • 主に肝臓で産生されるが、・上皮細胞も産生する。

補体の命名法

最初の成分はC1、続いてC2〜C9、そしてFactor B・properdin()と続く。は小文字で表記され(例:C3a & C3b)、通常は大きい方の酵素活性断片が「b」で表される。

⚠️ C2の断片表記は、慣用と勧告が食い違っている。 広く流通している慣用表記ではC2の「a」が大きい酵素断片(したがってのはC4b2a)とされる。これはが分かる前の古い呼び方(C’2a)の名残で、Factor Bで小断片Ba・大断片Bbとする規則に反している。そこで国際補体学会(ICS)と欧州補体ネットワーク(ECN)の2014年勧告とその2019年改訂は、C2a=小断片、C2b=大断片(酵素)に揃え、のをC4b2bと表記するよう推奨している1。試験や教科書ではどちらの表記も出うるので、「C4b2a と C4b2b は同じものを指す」と押さえておく。

活性化の本質: 補体分子は不活性なとして存在し、活性化されると酵素活性をもつになる。

3つの活性化経路

flowchart TD
  A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='classical pathway'>古典経路</span><br>抗原抗体複合体(免疫複合体)"]
  B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='lectin pathway'>レクチン経路</span><br>MBL/<span class='jp-term jp-term-diagram' title='ficolin'>フィコリン</span>が<span class='jp-term jp-term-diagram' title='mannose'>マンノース</span>豊富な表面を認識"]
  C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='alternative pathway'>第二経路</span><br>多様な病原体表面・異物表面"]
  A --> D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='C3 convertase'>C3転換酵素</span>(C3 convertase)"]
  B --> D
  C --> D
  D --> E["C3 → C3a + C3b(中心成分)"]
  E --> F["C5b〜C9:<span class='jp-term jp-term-diagram' title='membrane attack complex (MAC)'>膜侵襲複合体</span>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Mycobacterium avium complex'>MAC</span>)形成 → 細胞傷害"]

古典経路

抗原抗体複合体(免疫複合体、immune complex)が表面上に形成されることで開始する。その他、ある種のレトロウイルス、LPS、グラム陰性菌、、でも活性化されうる。IgG(特にIgG3、次いで・)またはIgMが引き金になる。C1qr₂s₂複合体がC1qに結合したIgG/IgMによって活性化される。のはC4b2b(またはC4b2a、上記のの注参照)。

💡 C4・C3のは、切断されて初めて反応性をもつ。 通常は分子内に埋もれている高エネルギーのが、切断によるで露出し、初めて表面への共有結合が可能になる。この反応性チオエステルはわずか数ミリ秒しか反応性をもたずすぐに加水分解される——これにより、C3b・C4bは活性化酵素のごく近傍にしか結合できず、遠く離れた自己の構造を傷つけずに済む、という精妙な安全装置になっている。

⭐ の可溶性抗体は補体を活性化しない——「結合して初めてスイッチが入る」。 抗原に結合していない遊離の抗体は補体を活性化できない。抗原に結合した抗体だけがを起こしC1q結合・を可能にする状態になる。IgMは抗原に結合するとから「」型へしC1q結合部位を露出する。一方IgGはでは活性化できないが、表面に密集した複数のIgG分子が集合的にIgM様の多価構造を模倣し、C1q結合を可能にする。

レクチン経路

MBL(結合)//が細菌のに富む表面を認識して開始する。MASP(結合随伴、mannose-associated serine protease)がC1qr₂s₂複合体の/C1rに相当する役割を担う。

の分子 内容
: -1・-2・-3(それぞれ旧称M-/L-/H-、遺伝子はFCN1・FCN2・FCN3)
: MBL(MBL2)、-10(CL-10、旧CL-L1、COLEC10)、-11(CL-11、旧CL-K1、COLEC11)。循環中では多くがCL-10/CL-11のヘテロ複合体(CL-LK)として存在する
MASP-1 MASP1遺伝子産物。を活性化し、C2を切断する(C4は切断しない)——の起動に必須
MASP-2 MASP2遺伝子産物。C4とC2を切断してのを作る、実行役
MASP-3 MASP1遺伝子の産物。機能の少なくとも一つはpro-FD(前駆型Factor D)を成熟FDへ切断すること——つまりの活性化を可能にする
MAP-1・MAP-2 非酵素型の産物(MAP-1=旧Map44、MAP-2=旧Map19/sMAP)。のと考えられている

💡 MASPは「1つの略号に3つの別役者」。 が実行役(C4とC2を切る)、MASP-1がその起動役、MASP-3はではなくにつながる——3つを同じ働きの兄弟と覚えると誤る1。は以前は自己活性化が主と考えられていたが、MASP-1による活性化が示された。

第二経路

多様な引き金:グラム陽性・陰性菌とその分子、、ウイルス・ウイルス感染細胞、寄生虫、ある種の腫瘍細胞(Raji細胞、IgG/IgA/IgE複合体を伴う)、、、ポリマー(硫酸)、多糖(・)。

機構: C3の(tick-over)→Factor Bが結合→Factor Dによる切断→:(ではC3bBb+properdin)が複数のC3分子を切断しさらなるC3b+C3aを生成し続ける正のフィードバック。

💡 tick-over=「補体は常に少しだけ空回りしている」。 天然C3の分子内は、何の引き金がなくても自発的に加水分解されてC3b様の性質(C3(H2O))を獲得し、これがの最初の液相になる。その速度は緩衝液中で0.2〜0.4%/時、他のタンパクが共存すると1%/時と実測されている2。だからは「病原体が来てから始まる」のではなく常時わずかに回っており、が効かない表面(=自己の目印がない表面)でだけ増幅が暴走する——これが「引き金を必要としない経路」の本質であり、後述のが生死を分ける理由でもある。

⭐ 正のフィードバックは諸刃の剣。 利点:わずかな刺激でも病原体表面に大量のC3bを沈着させ、貪食を強力に促進できる。欠点:制御機構がなければC3が枯渇するまで反応が止まらず、まで傷つけうる——これが後述の制御タンパク群が必須である理由。

補体のエフェクター機能

機能 機序
炎症誘導 (anaphylatoxin:C3a・C5a)がを誘発→ヒスタミン・放出→血管拡張・(浮腫)・白血球接着と
C3b・C3bi(iC3b)がに結合し貪食を促進
(:C5b〜C9)
免疫複合体の除去 組織からの免疫複合体クリアランス(赤血球CR1が担う)

補体受容体

受容体 リガンド・機能
CR1 C3bに結合。赤血球表面のCR1を介した免疫複合体クリアランスを担う
CR2(CD21) C3dg-抗原に結合。B細胞上で強力なを提供
CR3・CR4 。iC3bに結合し貪食に寄与

補体の制御(負の調節)

標的
の阻害 (C1 inhibitor、)
の阻害 Factor I・Factor H()/DAF(decay accelerating factor)・MCP(membrane cofactor protein)()
阻害 (CD59)
の不活化 血清N(SCPN)がC3a・C5aを切断

💡 補体はなぜを傷つけないのか——2段構えの防御。 ①膜上の(CD59)・DAF・MCPといった膜結合制御タンパクが形成や増幅を阻止する、②自己膜表面に豊富な含有糖タンパク自体がの活性化を抑制的に修飾する。(主にIgMクラス)がに結合しても補体が活性化されないのは、標的となる表面に補体制御タンパクが存在するためであり、自己抗体側の性質によるものではない。

補体欠損症

欠損部位 帰結
後期成分(C5〜C9)の欠損 貪食は保たれるがが形成できない→への特異的な
の欠損 →免疫複合体の除去不全→自己免疫性免疫複合体疾患(例:SLE)
C2欠損 最も頻度の高い
欠損

⭐ 非典型は「制御を失った補体が血管を攻撃する」病態。 一次性aHUSは補体遺伝子変異または抗Factor H抗体、二次性aHUSは感染を契機としたの活性化による。制御されない補体活性が血管壁を損傷し、・炎症分子発現・・機械的赤血球損傷を介してと進行性臓器不全を引き起こす。

⭐ 「の破綻」は3つの代表疾患で覚える——どの階層が壊れたかで表現型が決まる。

壊れる階層 疾患 機序
膜結合(DAF=CD55・=CD59) (PNH) 造血幹細胞のPIG-A(X連鎖)で合成が破綻し、型の補体制御タンパクが赤血球表面から失われる→3
液相(Factor H など) (aHUS) 補体遺伝子変異・抗Factor H抗体により内皮上でのの制御が破綻→
そのものの制御 免疫グロブリン沈着を欠く(または乏しい)状態で糸球体にC3が沈着することで定義される疾患単位4

💡 補体は「どの高さで止めるか」で分類する。 のC5を止める抗体が、それを長時間作用型に改変したのが(平均半減期が約4倍、8週間隔投与)。はにで、はより少なかった(未治療例 4.0%対10.7%、安定例 0%対5.1%。では承認用量でも約11〜27%がを経験する)5。一方、より近位のC3を標的とするのがで、C5阻害では抑えられないまで抑えられる——治療下でヘモグロビン10.5 g/dL未満のPNH患者を対象とした第3相試験で、16週時点のヘモグロビン変化量はが調整3.84 g/dL 優れていた6。C5で止めるとだけ、C3で止めると血管内+、という高さの違いがの軸になる。

まとめ

  • は30種類以上のタンパクから成り、古典・・第二の3経路がいずれもでC3を切断する点に収束する。
  • C4・C3の反応性チオエステルはでしか活性をもたず、局所限定的な共有結合を保証する——「作用範囲を自分で制限する」安全装置。
  • は炎症誘導()・・による溶解・免疫複合体除去の。
  • ・Factor H/I・DAF/MCP・(CD59)が過剰なからを守る。
  • 補体欠損は欠損部位により帰結が異なる:後期成分欠損→ナイセリア易感染性、欠損→、欠損→、制御破綻→aHUS。

出典

  1. 1.Complement Nomenclature-Deconvoluted(Frontiers in Immunology・2019)国際補体学会(ICS)と欧州補体ネットワーク(ECN)の合同提案。C2は慣例に反して小断片が「C2b」・大断片が「C2a」と呼ばれてきたが、他の成分(FBのBa/Bb)と同じ規則に揃え、C2aを小断片、C2bを大断片(酵素)とし、古典経路のC3転換酵素をC4b2bと表記する。レクチン経路のパターン認識分子はフィコリン1/2/3(旧M/L/H-フィコリン)とコレクチン(MBL・コレクチン-10=CL-10/CL-L1・コレクチン-11=CL-11/CL-K1、循環中では多くがCL-10/CL-11ヘテロ複合体CL-LKとして存在)。MASP1遺伝子はMASP-1・MASP-3と非酵素型MAP-1(旧Map44)を、MASP2遺伝子はMASP-2と非酵素型MAP-2(旧Map19/sMAP)をコードする。レクチン経路の活性化はMASP-2によるC4とC2の切断で始まり、MASP-1はMASP-2を活性化しC2を切断する(C4は切断しない)。MASP-3の機能の少なくとも一つはpro-FDを成熟FDへ切断して第二経路の活性化を可能にすることである。C3(H2O)はC3のチオエステルが加水分解された形を指す閲覧 2026-08-25
  2. 2.Formation of the initial C3 convertase of the alternative complement pathway. Acquisition of C3b-like activities by spontaneous hydrolysis of the putative thioester in native C3(Journal of Experimental Medicine・1981)天然C3の分子内チオエステル結合が自発的に加水分解されるとC3b様の性質を獲得し、これが第二経路の最初の液相C3転換酵素を形成する。緩衝液中でのC3溶血活性の自発的減衰速度は0.2〜0.4%/時、他の第二経路タンパク存在下では1%/時であった。生じたC3はFactor B・D・Pとともに液相C3転換酵素を作り、Factor H存在下でFactor Iにより切断される閲覧 2026-08-25
  3. 3.Deficiency of the GPI anchor caused by a somatic mutation of the PIG-A gene in paroxysmal nocturnal hemoglobinuria(Cell・1993)発作性夜間ヘモグロビン尿症では、グリコシルホスファチジルイノシトール(GPI)アンカー合成の初期段階を担うPIG-A遺伝子の体細胞変異が原因である。GPIアンカー型の補体制御タンパクが細胞表面に発現できなくなることで補体介在性溶血が起こる。罹患顆粒球とBリンパ球が同一のPIG-A変異をもつことから、多能性造血幹細胞に由来するクローン性疾患であることが示された。PIG-AはX染色体上にある閲覧 2026-08-25
  4. 4.C3 glomerulopathy: consensus report(Kidney International・2013)C3腎症は、免疫グロブリン沈着を欠くか乏しい状態で糸球体にC3が沈着することを特徴とする病理学的疾患単位として新たに導入された。腎病理・腎臓内科・補体生物学・補体治療の専門家会議が、その定義、行うべき補体検査、補体標的治療の探索方針について合意を示した閲覧 2026-08-25
  5. 5.Characterization of breakthrough hemolysis events observed in the phase 3 randomized studies of ravulizumab versus eculizumab in adults with paroxysmal nocturnal hemoglobinuria(Haematologica・2021)発作性夜間ヘモグロビン尿症の第一選択はエクリズマブだが、承認用量でも約11〜27%の患者が突破溶血を経験する。ラブリズマブは平均半減期がエクリズマブの4倍の長時間作用型C5阻害薬で、8週間隔投与でC5を持続的に完全阻害する。2つの第3相試験でラブリズマブはエクリズマブに非劣性であり、突破溶血の頻度はより低かった(補体阻害薬未治療例で4.0%対10.7%、エクリズマブ安定例で0%対5.1%)閲覧 2026-08-25
  6. 6.Pegcetacoplan versus Eculizumab in Paroxysmal Nocturnal Hemoglobinuria(New England Journal of Medicine・2021)C5阻害は発作性夜間ヘモグロビン尿症の血管内溶血を抑えるが血管外溶血には対処できない。近位補体C3を標的とするペグセタコプランは両方を抑えうる。エクリズマブ治療下でもヘモグロビン10.5 g/dL未満の成人を対象とした第3相試験で、16週時点のヘモグロビン変化量はペグセタコプラン群(41例)がエクリズマブ群(39例)より調整平均差3.84 g/dL 優れていた閲覧 2026-08-25