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Disease Atlas · 感染症 · 疾患

ムーコル症

Mucormycosis

別名
ムコール症
臓器系
感染症耳鼻咽喉科
科目
Medical MicrobiologyPathologyInternal Medicine
トピック
微生物学 4/10:接合菌症(フィコミセス症)。アスペルギルス属とペニシリウム属病理学 C/109:中枢神経系感染症(髄膜炎・脳炎)微生物学 4/2:真菌症の分類・病態機序・危険因子内科学 S-58:局所・全身性真菌感染症
鑑別疾患
アスペルギルス症眼窩蜂窩織炎
合併症
海綿静脈洞血栓症眼窩尖端症候群
治療薬
アンフォテリシンBイサブコナゾニウムポサコナゾール
原因薬剤
デフェロキサミン
原因微生物
Rhizopus oryzaeMucor indicusRhizomucor pusillus
症状
眼球突出眼筋麻痺顔面痛頭痛
画像所見
反転ハロー徴候肺空洞
原因となる疾患
糖尿病性ケトアシドーシス・高血糖高浸透圧症候群

🧠 全体像:は「宿主の側が崩れたときだけ、血管を食い破る真菌が生える」日和見感染である。危険因子は・鉄過剰()・好中球減少が三本柱で、前二者は真菌が使える鉄の側から、後者は貪食する細胞の側から、同じ結果に到達すると整理すると覚えやすい。菌は血管侵襲して血栓とを作るため、病変は黒色のとして現れ、同じ理由で血流に乗る薬だけでは壊死巣の奥まで届かない——だから治療は薬と外科的の二本立てになる。

病原体と呼称

Mucorales目の真菌による感染症で、ヒトの感染には少なくとも39種が関与し、Rhizopusが最大70%を占める1。糸状菌で、組織では幅広くで、隔壁が無いか乏しく、不規則に分岐する菌糸を特徴とする2。

かつてはZygomycota門()による感染をまとめて「」と呼んでいたが、でこの門がでないことが判明したため、Mucorales目による感染は「」として呼び分けられるようになった。「」という旧称は文献や実習では今も使われる。

宿主要因:なぜこの患者に生えるのか

具体例
糖尿病 特に。の古典的背景
・治療 、・、高度かつ遷延する好中球減少
鉄過剰 鉄過剰状態、および投与
免疫抑制 グルココルチコイド療法、重症
バリア破綻 外傷、

(危険因子の列挙は出典の記載による1)

⭐ 高血糖と代謝性アシドーシスは、真菌の増殖を助けると同時に宿主の酸化的・非酸化的免疫応答を損なうという二重の働きをする1。が単なる「糖尿病の重症型」以上に強い危険因子になるのはこのためである。

⚠️ は「鉄を奪う薬」なのに真菌を利するというがある。 での使用はRhizopusによるの危険因子として古くから知られる。の全身性モデルでは、の併用が生存期間を短縮したのに対し、系(L1・CP94)では短縮しなかった。R. microsporusの鉄取り込みはのからのほうがL1・CP94のからより100倍高く、真菌の増殖も同で7倍に促進された3。

💡 つまりは、ヒトにとってはでも、Rhizopusにとっては鉄を運んでくる配()として働く。なら何でも危険なのではなく、この作用は薬剤に固有である点が重要で、同じ実験で系はこの効果を示さなかった3。

flowchart TD
    A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='sporangiospores'>胞子嚢胞子</span>の吸入・創部からの侵入"] --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='immunocompromised host'>免疫不全宿主</span>で胞子が膨潤・発芽"]
    B --> C["菌糸の増殖"]
    C --> D["血管侵襲"]
    D --> E["血管血栓"]
    E --> F["虚血性<span class='jp-term jp-term-diagram' title='tissue necrosis'>組織壊死</span>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='black necrotic eschar'>黒色壊死痂皮</span>)"]
    F --> G["壊死巣に薬剤が到達しにくい"]
    G --> H["外科的<span class='jp-term jp-term-diagram' title='debridement'>デブリドマン</span>が不可欠になる"]

病型

病型 好発する宿主 特徴
最も多い病型。の病変。顔面痛・頭痛から・へ進み、を越えて頭蓋内へ及ぶ
患者に最も多い を作る
皮膚型 外傷・熱傷 単発のから褐色〜黒色の痂皮と深部への壊死性進展へ進む
摂取による 穿孔をきたしうる
好中球減少者 複数臓器への播種

(病型と好発宿主は出典の記載による1)

⚠️ は「感染が進んだ結果」ではなく「血管が詰まった結果」である。 血管侵襲 → 血栓 → という順序を押さえておくと、痂皮のある病変ほど薬剤が届いていないという臨床判断につながる。

診断

がgold standardで、幅広いのないし菌糸が直角に近い角度で分岐する像を示す。培養の感度は50%未満で、陰性でも否定できない1。

ただし分岐角は決め手にならない。ECMM/MSG-ERCの国際指針によれば、組織内の菌糸は幅6〜16 μm(最大25 μm)で、隔壁が無いか乏しく、で不規則に分岐する。古典的な「は90度、隔壁のある糸状菌は45度」という分岐角は、組織の圧や標本作製による変形のため組織内では見分けにくい。標本の折れ込みが偽の隔壁に見えることもあり、菌糸の太さと不規則な分岐のほうが隔壁や分岐角より信頼できる。形態での鑑別精度を示したデータは無く、で最も多いのはAspergillus属との取り違えなので、培養または分子学的・組織内同定法での確認が強く推奨される2。

胸部CTでは空洞のほか、が手がかりになる。ECMM/MSG-ERCの国際指針は、を疑った時点で病変範囲を確認するための画像検査を強く推奨し、続いて外科的介入を強く推奨している2。

アスペルギルスとの鑑別

項目 (Mucorales目) Aspergillus
菌糸の隔壁 〜 隔壁あり
菌糸の幅 幅広く(6〜16 μm、最大25 μm) 細く均一(3〜5 μm)
分岐 不規則(古典的には直角に近いとされる) 規則的な二分岐(古典的には約45度の鋭角)
形態だけで確定できるか できない。培養・分子学的手法で確認する できない。培養・分子学的手法で確認する
の活性 無効 有効

⚠️ との区別は薬剤選択に直結する。・・はに無効であり、のつもりでを始めた症例が悪化する場合は本症を疑う。はとも紛らわしいが、と背景の代謝異常が鑑別の柱になる。

治療

治療は外科と薬剤の二本立てで、どちらか一方では足りない。

柱 内容
外科 感染・壊死組織の早期かつ広範なが治療に不可欠1。国際指針も画像評価に続く外科的介入を強く推奨2
一次薬物治療 高用量(強い推奨)2。典型的なは5 mg/kgを1日1回静注、中枢神経病変が疑われる場合、または移植患者では10 mg/kg1
一次治療の代替 静注の活性体、静注または遅延放出錠の(中等度の推奨)2
上記2つのはいずれも強く推奨される2
維持療法 臨床的改善の徴候が得られればまたはへ切り替える1
基礎因子の是正 の補正、・の見直し

⚠️ は毒性が大きいため推奨されない(資源の限られた環境では唯一の選択肢となりうる)2。「」と一括りにせず、製剤かかを区別する。

予後と合併症

死亡率はおおむね50%と報告され、抗真菌薬治療を受けた患者に限ったでは27.5%であった1。が・へ及べば・を来す。診断の遅れが進行を許すため、疑った時点で画像・生検・外科相談を同時に動かすことが予後を決める。

まとめ

  • Mucorales目(Rhizopusが最大70%)による感染で、幅広く〜で不規則に分岐する菌糸が特徴。分岐角は組織では当てにならず、培養・分子学的手法で確かめる。
  • は・鉄過剰()・好中球減少が三本柱。高血糖とアシドーシスは真菌を助けを損なう二重の働きをする。
  • はRhizopusに鉄を届ける配として働き、系にはこの作用がない。
  • 血管侵襲 → 血栓 → がの正体で、薬剤が届かない理由でもある。
  • 治療は早期の外科的+高用量。は無効、製剤は推奨されない。死亡率はおおむね50%。

出典

  1. 1.Mucormycosis(StatPearls (NCBI Bookshelf)・2026)ムーコル症がMucorales目の真菌による感染症で、ヒトの感染に少なくとも39種が関与しRhizopusが最大70%を占めること、危険因子が糖尿病(特に糖尿病性ケトアシドーシス)・血液悪性腫瘍・造血幹細胞移植/固形臓器移植・高度かつ遷延する好中球減少・重症COVID-19・鉄過剰・グルココルチコイド療法・外傷/重症熱傷であること、免疫不全宿主では胞子嚢胞子が細胞内で膨潤・発芽して菌糸が増殖し、血管侵襲から血管血栓、続く虚血性組織壊死に至ること、高血糖と代謝性アシドーシスが真菌の増殖を助けると同時に宿主の酸化的・非酸化的免疫応答を損なうこと、鼻眼窩脳型が最も多く鼻腔内の黒色壊死病変を特徴とすること、肺型が造血幹細胞移植患者に最も多く空洞性病変を作ること、皮膚型が単発の硬結性蜂窩織炎から褐色〜黒色の痂皮と深部への壊死性進展へ進むこと、消化管型が摂取により生じ穿孔をきたしうること、播種型が好中球減少者に生じること、組織学的評価が診断のgold standardで直径5〜10 μmの幅広いリボン状の無隔壁ないし少隔壁菌糸が90度の直角分岐を示すこと、培養の感度が50%未満であること、リポソーマルアムホテリシンBが多くの症例で第一選択でありその典型的な開始用量が5 mg/kgを1日1回静注、中枢神経病変が疑われる場合または移植患者では10 mg/kgであること、臨床的改善の徴候が得られればイサブコナゾールまたはポサコナゾールによる維持療法へ切り替えうること、感染・壊死組織の早期かつ広範な外科的デブリドマンが治療に不可欠であること、死亡率がおおむね50%と報告され、あるシステマティックレビューでは抗真菌薬治療を受けた患者の死亡率が27.5%であったことを確認した閲覧 2026-09-02
  2. 2.Global guideline for the diagnosis and management of mucormycosis: an initiative of the European Confederation of Medical Mycology in cooperation with the Mycoses Study Group Education and Research Consortium(European Confederation of Medical Mycology (ECMM) / Mycoses Study Group Education and Research Consortium (MSG-ERC)・2019)33か国の著者による国際コンセンサス指針で、ムーコル症を疑った時点で病変範囲を確認するための画像検査を強く推奨し、続いて外科的介入を強く推奨すること、一次治療として高用量リポソーマルアムホテリシンBを強く推奨すること、静注イサブコナゾールおよび静注または遅延放出錠のポサコナゾールを中等度の強さで推奨し、両トリアゾール系はいずれも救済治療としては強く推奨されること、アムホテリシンBデオキシコール酸塩は毒性が大きいため推奨しないが資源の限られた環境では唯一の選択肢となりうること、緊急の外科的・内科的介入が救命につながることを確認した。PMCの著者稿全文(PMC8559573)で、組織内のムーコル目菌糸は幅6〜16 μm(最大25 μm)で隔壁がないか乏しくリボン状で不規則に分岐し、Aspergillus属の菌糸は幅3〜5 μmで規則的な隔壁と二分岐を持つこと、古典的な「90度対45度」の分岐角は組織の圧と標本作製の影響で組織内では判別しにくく、菌糸の幅と不規則な分岐のほうが隔壁や分岐角より信頼できること、形態での鑑別精度のデータは無く組織形態による誤診で最も多いのがAspergillus属との取り違えであるため、培養または分子学的・組織内同定法での確認が強く推奨されることも確認した閲覧 2026-09-27
  3. 3.Deferoxamine augments growth and pathogenicity of Rhizopus, while hydroxypyridinone chelators have no effect(Kidney International・1994)透析患者でのデフェロキサミン使用がRhizopusによるムーコル症の危険因子として広く認識されていること、モルモットにRhizopus microsporusまたはR. arrhizusを静注して全身性ムーコル症を誘発した実験でデフェロキサミンの併用投与が生存期間を短縮した(P<0.05)のに対し、ヒドロキシピリジノン系キレート薬であるL1・CP94の併用では短縮しなかったこと、in vitroでR. microsporusの放射性鉄取り込みがL1・CP94の第二鉄錯体からよりもデフェロキサミンの第二鉄錯体から100倍高かったこと、真菌の増殖がデフェロキサミンの第二鉄錯体により7倍に促進された(P<0.0001)のに対しL1・CP94の第二鉄錯体では有意に促進されなかったこと、著者らがデフェロキサミンの第二鉄錯体が特異的にRhizopusの鉄取り込みと増殖を促進すると結論したことを確認した(抄録のみを閲覧しており全文は未取得)閲覧 2026-09-02