病理学

病理学 · C/43

肝不全

Liver failure

応用トピック
急性肝不全と肝性脳症急性肝不全患者の管理急性肝不全肝補助療法と肝移植
疾患
アマトキシン中毒急性肝不全

🧠 全体像:肝不全は原因(急性劇症か慢性か)を問わず、機能の80〜90%以上が失われるという共通の閾値を超えたときに、脳症・・という3つの生命を脅かす合併症を呈する。

肝傷害のパターン(概要)

  • 変性・蓄積:細胞腫大、脂肪変性 — (・肥満・糖尿病で典型、1個の大きな脂肪滴が核を押しやる)と(・・一部の薬剤など、ミトコンドリアのが障害される病態。核は中央に残る)。詳しくは脂肪変性の項を参照。
  • 壊死・アポトーシス:アポトーシスした肝細胞は縮小・・好酸性、虚血・多くの薬物/毒素 → 。
  • 再生:喪失後の肝細胞複製 — 。
  • 炎症:急性・慢性炎症細胞の流入 → 肝炎。
  • 線維化:(・)→ 架橋線維化。
  • 肝硬変:実質結節+瘢痕、正常構築の消失、悪性化リスクの増加。

定義

  • 肝不全 = 傷害・疾患による肝機能の全喪失の。
  • に、または繰り返す傷害の波を経て進展、不全に至るには肝機能の80〜90%が失われる必要がある。
  • が見込めない重症例の = 。
  • 💡 は全例が移植を要するわけではない。 米国の登録(2614例)では、登録21日時点で移植を受けずに生存していた割合は原因で大きく違い、()65%・A型肝炎51%に対し、24%・B型肝炎19%・自己免疫性14%だった1。原因の特定が予後の見積もりと原因別の治療に直結する。
  • ⭐ 移植適応の判断にはKing's College criteriaなどの予後基準を用いる——群(<7.30、または>100秒[>6.5]+クレアチニン>3.4 mg/dL+III〜IV度脳症)と非群(>100秒単独、または5項目中3つ)で異なる基準を用いる。ただし現代のデータベースによる検証では、とくに以外が原因の例で精度が不十分であることが示されており、基準を満たさない例でも死亡し得るため、基準充足を待って移植施設への紹介を遅らせるべきではない1。

病因のカテゴリー

A)急性(劇症)肝不全

  • 既存ののない人に急性の肝障害が起き、肝由来のと肝性脳症による意識障害を伴う症候群2。教科書では「から2〜3週間以内に脳症」と要約されることがある。
  • ⚠️ 「急性」の時間区分と診断の閾値は資料によって異なる。 代表的な定義を並べると次のとおり3。
定義 脳症 期間の区切り
Trey・Davidson(1970、) 重度の 肝疾患の既往のない人で、初発症状から8週以内
O’Gradyら(1993、King’s College) — 必須 黄疸から脳症まで:7日以内(しばしば)・急性8〜28日(/が多い)・亜急性28日超(原因不明が多い)
AASLD(2005) 通常 1.5以上 程度を問わず必須 既存の肝硬変がなく、26週未満
日本の(2011) 40%以下または 1.5以上 昏睡II度以上なら昏睡型(無い・I度なら非昏睡型) 初発症状から8週以内。昏睡型は脳症出現が10日以内なら急性型、11〜56日なら亜急性型。8〜24週で昏睡II度以上となる例は遅発性肝不全(LOHF)として類縁疾患に置く
  • 💡 日本の基準は脳症がなくても「」と呼ぶ点が欧米と違う。 だけで拾い上げ(非昏睡型)、脳症の有無と出現時期で重症度を分ける。本ノートの「2〜3週間以内」という区切りは教科書的な要約であり、どの定義のどの区分に対応するかは文脈で異なる。
  • の90%超が喪失、広範な。
  • 肉眼:atrophica hepatica flava — 黄色で萎縮した肝臓(黄色 = 広範な壊死)。
  • 原因:
    • ウイルス性:劇症HAV/HBV/HCV/HDV
    • 毒性:薬物()、Amanitaキノコ
    • ⭐ 地域差: 欧米では成人のの原因としてが最多——米国の研究グループ登録(1998〜2019年、2614例)では46%を占める1。一方インドでは現在もが最多で、によるが2番目に多い原因であり4、日本でも現在なおが最も重要かつ頻度の高い原因であるとされ3、原因の内訳は地域によって大きく異なる。
    • 特発性

B)慢性肝疾患(不全への最多の経路)

  • 慢性傷害の終末点 → 肝硬変(+線維帯+血管シャント)。
  • 主因:慢性HBV/HCV、NAFLD(現在は/MASHと呼ばれる5)、。
  • すべての肝硬変が不全に至るわけではなく、すべての末期慢性疾患が肝硬変ではない。
  • ⭐ のという概念もある。 既存ののない患者に生じるとは区別される症候群である1。本ノートのA(急性)・B(慢性)というは、このを独立した項目としては扱っていない。
  • ⚠️ ACLFの定義は学会で違い、統一されていない。
項目 欧州( 2023) アジア太平洋(APASL 2019)
土台の肝疾患 肝硬変 (肝硬変に至っていないもの、またはの肝硬変。未診断例も含む。の既往がある例は除き、初回の発症を対象とする)
定義の中身 急性をきたした肝硬変のうち、臓器不全を伴い短期死亡リスクが高い重症型 急性の肝障害が黄疸(ビリルビン5 mg/dL以上)+( 1.5以上または活性40%未満)として現れ、4週以内に腹水と/または脳症を合併し、28日死亡率が高いもの
臓器不全 臓器不全の存在が定義の中心 可逆化できる時期を逃さないため定義に含めない
出典 6 7
  • 💡 欧州は「肝硬変の急性に臓器不全が加わった状態」を、アジア太平洋は「の上に急性の肝障害が起き、肝不全が前景に立つ段階」を捉えようとしている。境界例として、・慢性B型肝炎の再活性化・は、の劇症化として現れてもとして扱いうるとされる1。

C)明らかな壊死を伴わない肝機能障害

  • 肝細胞は生存するが正常な代謝機能を果たせない。

臨床的結果(生命を脅かす合併症)

A)肝性脳症

B)肝腎症候群

  • に続発する腎不全、可逆的。
  • 機序:+全身血管収縮が腎から血液を「吸い取る」。
  • 症状:乏尿、(/Cr上昇)。
  • 尿:、低Na⁺、タンパクなし・異常沈渣なし — ATNとの鑑別点。

C)出血傾向(凝固障害)

  • 凝固因子の → (しばしば大量消化管出血)。
  • 血小板減少(高頻度):
    • (肝で産生)の低下
    • 門脈圧亢進による脾腫 → (血小板の隔離)
  • 血小板減少+ → 。

💡 ポイント: 肝不全には80〜90%以上の機能喪失が必要、しない重症例の根治 = 移植(の移植なし生存は原因で大きく違う)。急性・劇症:黄色萎縮(atrophica flava)、薬物/Amanita/ウイルス、教科書的には3週未満で脳症(定義の期間は資料で違い、日本の基準は8週以内)。ACLFは欧州とアジア太平洋で定義が違う。慢性:///アルコールによる肝硬変。合併症の三徴:脳症(、NH₃、脳浮腫)+(低⁺、ATNと異なる)+(因子低下+による血小板減少)。

まとめ

  • 肝不全は肝機能の80〜90%超の喪失で生じるで、が見込めない重症例のはである(では原因により移植なしで回復する例も多い)。
  • 急性(劇症)肝不全はのない人にと脳症が急速に生じる病態で、教科書的には2〜3週間以内に脳症に至ると要約される(期間の定義は資料で異なり、日本の基準は初発症状から8週以内)。原因は、毒性(、Amanita)、特発性。
  • ACLF(の)は、欧州()が肝硬変の急性+臓器不全、アジア太平洋(APASL)が+黄疸・+4週以内の腹水/脳症と、定義が学会で異なる。
  • (/、、)は肝硬変を経て不全に至る最多の経路。
  • 肝性脳症はアンモニア蓄積による中枢神経機能障害で、が特徴的徴候。
  • は+全身血管収縮による可逆的腎不全で、低Na⁺尿・正常沈渣がATNとの鑑別点。
  • は凝固因子の合成低下と、による血小板減少の両方から生じる。

出典

  1. 1.Acute liver failure(The Lancet・2019)全文(PMC著者稿のWayback保存版)で、米国Acute Liver Failure Study Group Registry(1998〜2019年、2614例)の集積の表1に原因別の登録21日時点の移植なし生存(パラセタモール65%、虚血57%、薬物性肝障害24%、自己免疫性14%、HBV 19%、HAV 51%。本文はHAVを「約70%」と書き表1と食い違うため、本ノートは表1の値を採った)が示されていること、ACLFは「肝硬変の急性代償不全に肝外臓器不全を伴うもの」で急性肝不全と混同してはならないが、Wilson病・慢性B型肝炎の再活性化・自己免疫性の3つは慢性肝疾患の劇症化として現れても急性肝不全として扱いうるとしていることを確認した。さらにパラセタモール(アセトアミノフェン)が急性肝不全の原因の46%、薬物性肝障害が11%、原因不明が12%(後年5.5%まで低下)であったこと、急性肝不全は既存の慢性肝疾患のない患者に生じ慢性肝疾患の代償不全であるacute-on-chronic liver failureとは区別されること、King's College criteriaはアセトアミノフェン群(動脈血pH<7.30、またはPT>100秒[INR>6.5]+クレアチニン>3.4 mg/dL+III〜IV度脳症)と非アセトアミノフェン群(PT>100秒単独、または5項目中3つ)という病因ごとに異なる基準からなること、現代のデータベースでの検証ではとくにアセトアミノフェン以外が原因の急性肝不全でKing's College criteriaの精度が不十分であることが示されていることを確認した。閲覧 2026-08-27
  2. 2.EASL Clinical Practical Guidelines on the management of acute (fulminant) liver failure(Journal of Hepatology(European Association for the Study of the Liver)・2017)抄録で、急性肝不全とは慢性肝疾患のない個人に生じた急性の肝機能検査異常であって、肝由来の凝固障害と肝性脳症による意識レベルの変化を伴う、まれで特異的な症候群を指すという欧州のガイドラインの定義を確認した(本文は取得できず、発症から脳症までの期間の区切りはこの出典では確認していない)。閲覧 2026-08-27
  3. 3.Acute liver failure in Japan: definition, classification, and prediction of the outcome(Journal of Gastroenterology・2012)1993年にO'Gradyらが、King's College Hospitalの1972〜1985年の患者集積に基づき、黄疸発症から脳症出現までの期間で急性肝不全を超急性(7日以内、しばしばアセトアミノフェン中毒が原因)・急性(8〜28日、HAV/HBV感染がより多い)・亜急性(28日超、原因不明例がより多い)に再分類したこと、日本では現在もウイルス性肝炎が急性肝不全の最も重要かつ頻度の高い原因であることを確認した総説である。あわせて全文で、1970年のTrey・Davidsonの劇症肝不全の定義が「肝疾患の既往のない人で初発症状から8週以内」だったこと、AASLDの2005年の見解書が「既存の肝硬変のない患者で、罹病期間26週未満、通常INR 1.5以上の凝固異常と肝性脳症を伴う」と定義したこと、日本の急性肝不全診断基準(2011年)が「肝機能が正常と推定される肝に生じた肝障害で、初発症状から8週以内にプロトロンビン時間40%以下またはINR 1.5以上」とし、昏睡II度以上の昏睡型を発症から10日以内の急性型と11〜56日の亜急性型に分け、8〜24週で昏睡II度以上となる例を遅発性肝不全(LOHF)として類縁疾患としたことを確認した。閲覧 2026-08-27
  4. 4.Indian National Association for the Study of the Liver Consensus Statement on Acute Liver Failure (Part 1): Epidemiology, Pathogenesis, Presentation and Prognosis(Journal of Clinical and Experimental Hepatology(Indian National Association for the Study of the Liver)・2020)急性肝不全の原因には地域差があり、インドではウイルス性肝炎が最多の原因で、抗結核薬による薬剤性肝障害が2番目に多い原因であることをINASLコンセンサスが確認した。閲覧 2026-08-27
  5. 5.A multisociety Delphi consensus statement on new fatty liver disease nomenclature(Hepatology・2023)2023年の多学会Delphiコンセンサスが、心血管代謝リスク因子を診断要件としてNAFLD/NASHという呼称をMASLD(代謝機能障害関連脂肪性肝疾患)/MASHへ改称したこと、旧称のNAFLD/NASHは実習・試験ではなお広く使われることを確認した。閲覧 2026-08-27
  6. 6.EASL Clinical Practice Guidelines on acute-on-chronic liver failure(Journal of Hepatology(European Association for the Study of the Liver)・2023)抄録で、ACLF(2013年に記述された比較的新しい概念)を「臓器不全を伴い短期死亡リスクが高い、急性代償不全をきたした肝硬変の重症型」と定義し、感染症・重症アルコール性肝炎などの誘因による過剰な全身炎症反応が原因であること、肝移植の恩恵を受けうるため誘因の治療と集中治療での臓器支持で早期に安定化させるべきことを確認した(本文は取得できず)閲覧 2026-09-24
  7. 7.Acute-on-chronic liver failure: consensus recommendations of the Asian Pacific association for the study of the liver (APASL): an update(Hepatology International(Asian Pacific Association for the Study of the Liver)・2019)PMC全文で、APASLの合意定義が「黄疸(血清ビリルビン5 mg/dL以上)と凝固障害(INR 1.5以上またはプロトロンビン活性40%未満)として現れる急性の肝障害で、4週以内に臨床的な腹水と/または脳症を合併し、既知または未診断の慢性肝疾患・肝硬変を有する患者に生じ、28日死亡率が高いもの」であること(I, A)、肝外臓器不全は治療で可逆化できる時期を逃さないため定義に含めないとしたこと(A1)、欧米の定義との比較表で、組入れを代償期の肝硬変または肝硬変に至っていない慢性肝疾患の初回の発症(index presentation)とし、非代償化の既往を除外基準としていることを確認した閲覧 2026-09-24