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Disease Atlas · 消化器 · 症候群

Boerhaave症候群

Boerhaave syndrome

別名
ブールハーフェ症候群特発性食道破裂
臓器系
消化器
科目
SurgeryInternal MedicineOtorhinolaryngology
トピック
外科学 B/07:食道損傷内科学 G-01:食道・胃疾患耳鼻咽喉科 60:食道の検査・疾患、嚥下障害、食道異物
上位概念
食道穿孔
鑑別疾患
Mallory-Weiss症候群急性冠症候群急性膵炎大動脈解離
続発疾患
縦隔炎敗血症胸水
症状
嘔吐空嘔吐胸痛呼吸困難発熱皮下気腫
画像所見
縦隔気腫NaclerioのV徴候
スコア
Pittsburgh穿孔重症度スコア

🧠 全体像:は、嘔吐・の反復による食道のである。粘膜だけが裂けると同じ誘因を持ちながら、破れた瞬間に食道内容(消化液と口腔咽頭の常在菌)が縦隔へ流れ出す点で別の病気になる。したがってこの疾患の中心は診断の難しさではなく——所見が揃えば決まる——「疑うのが何時間目か」が予後をそのまま決めるという時間の問題である。⚠️ 全体では24時間以内の治療で死亡率10%未満、それを過ぎると30%に上がる1。であるはそのなかでも重く、介入しても死亡率が最大60%に達する2。

位置づけ

の原因では内視鏡操作などの医原性が最多で、のようなは全体の約15%を占める12。は年間100万人あたり約3.1例とまれで、男性に多く(男女比2:1〜5:1)、なかでも50〜60歳台の男性でリスクが最も高い2。誘因は嘔吐だけではなく、・重量挙げ・排便・・・分娩でも報告される2。

なぜ左後外側の下部食道が破れるのか

⚠️ 破裂はどこかで起こるのではなく、決まった場所に決まった向きで起こる。成人では横隔膜直上、から2〜3 cmの下部食道のに、縦走する3〜8 cmの裂け目ができる。この部位は神経血管構造が密に貫通し、が相対的に乏しいため、壁として弱い2。

flowchart TD
    A["激しい嘔吐・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='retching'>空嘔吐</span>"] --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='cricopharyngeus muscle (cricopharyngeal muscle)'>輪状咽頭筋</span>が閉じたまま<br>腹圧と<span class='jp-term jp-term-diagram' title='intrathoracic pressure'>胸腔内圧</span>が<span class='jp-term jp-term-diagram' title='surge'>急上昇</span>"]
    B --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='esophageal pressure'>食道内圧</span>が急激に上昇<br>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='barogenic injury'>バロジェニック損傷</span>)"]
    C --> D["下部食道の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='left posterolateral'>左後外側</span>が全層で縦に裂ける<br>(3〜8 cm)"]
    D --> E["食道内容・消化液・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='oropharyngeal flora'>口腔咽頭常在菌</span>が<br>縦隔へ直接流出"]
    E --> F["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='mediastinal emphysema (pneumomediastinum)'>縦隔気腫</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='subcutaneous emphysema'>皮下気腫</span>"]
    E --> G["化学性から細菌性の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='mediastinitis'>縦隔炎</span>へ"]
    G --> H["胸腔への波及(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='empyema'>膿胸</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hydropneumothorax'>水気胸</span>)"]
    G --> I["敗血症・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='multiple organ failure (MOF)'>多臓器不全</span>"]

💡 との違いは深さだけではない。 はへ出血し、多くはしてという「見える」形で現れる。は管腔の外へ漏れるので、出血よりも痛みと感染で現れる。

⚠️ ただし両者をな別物と割り切らない。 未治療のがさらなるを受けてへ移行した経過が剖検で確認された症例があり、遠位食道の裂傷は独立した別個の疾患というより一連のスペクトラムの一部でありうると報告されている3。と判断したあとも、嘔吐運動を止める治療を怠らない。

臨床像

⭐ (嘔吐・胸痛・)が古典像だが、三徴が揃うことはまれである。受診時に嘔吐の既往が無い患者が25〜45%を占め、症状が曖昧で非特異的なことが多い2。

所見 内容2
痛み 胸部・頸部・上腹部の痛み。・嚥下障害・嗄声を伴う
呼吸 呼吸困難。胸水・気胸を伴えば増悪する
触診 による。初期には触れないことが多い
(心拍に同期する縦隔の)
全身 発熱、頻脈、低血圧。時間とともに敗血症性の様相へ

⚠️ 「吐いたあとの胸痛」を心疾患の除外だけで終わらせない。 嘔吐・の反復後の強い胸痛では、・・・気胸・穿孔性消化性潰瘍と並べてを鑑別に入れ、胸腹部へ進む。を触れれば決定的だが、触れないことをもって否定できない。

💡 で得た胸水に未消化の食物、pH 6未満、の上昇があれば食道内容の漏出を強く示唆する2。

診断

⭐ 第一選択は造影CT()である。 ガイドラインは「が疑われる患者では造影CTおよびが選択すべき画像検査である」と明記しており、感度は92〜100%と高い1。は破裂部位の推定に加え、ドレナージすべき液体貯留の分布まで一度に示す。

検査 位置づけ
胸部X線 皮下・、の拡大、胸水。は最大20%に見られ特異的だが感度が低い2
造影CT 第一選択。食道周囲・縦隔の気体、液体貯留、壁肥厚、胸水、気胸1
⚠️ (など)を使う。 が漏出するとと線維化を招く。ただし偽陰性が10〜38%あり、陰性でも否定できない2
内視鏡 熟練者では安全とされるが、穿孔を拡大し周囲の汚染を悪化させうる。部位が特定できない場合に限って用いる12

治療

初期対応はどの経路を選ぶ場合も共通で、・輸液・好気性および嫌気性菌をカバーする・を直ちに開始し、経腸またはを早期に確保する1。

flowchart TD
    A["食道<span class='jp-term jp-term-diagram' title='transmural rupture'>全層破裂</span>を確認"] --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='nil per os (NPO)'>絶飲食</span>・輸液・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='broad-spectrum antibiotics'>広域抗菌薬</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='proton pump inhibitor'>PPI</span><br>栄養経路の確保"]
    B --> C{"<span class='jp-term jp-term-diagram' title='nonoperative management'>非手術的管理</span>の基準を満たすか<br>(限局した漏出・汚染が軽微・全身状態が安定<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='Pittsburgh esophageal perforation severity score'>Pittsburgh穿孔重症度スコア</span>が低い)"}
    C -->|"満たす"| D["厳密な監視下で保存的治療<br>ドレナージ・抗菌薬・栄養"]
    C -->|"満たさない"| E["できる限り早期に手術室へ"]
    D --> F{"悪化・改善しない"}
    F -->|"はい"| E
    E --> G{"組織の状態と診断からの時間"}
    G -->|"良好"| H["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='primary closure'>一次縫合</span>+生存組織による被覆<br>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='gastric fundus'>胃底部</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='intercostal muscle flap'>肋間筋弁</span>)"]
    G -->|"不良・広範"| I["T-tubeによる<span class='jp-term jp-term-diagram' title='controlled fistulization'>制御瘻化</span><br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='esophagectomy'>食道抜去</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='avulsion'>離断</span>+<span class='jp-term jp-term-diagram' title='staged reconstruction'>二期的再建</span>"]
    H --> J["ドレナージ+<span class='jp-term jp-term-diagram' title='feeding jejunostomy'>栄養用空腸瘻</span>"]
    I --> J
  • :漏出が限局し汚染が軽微で全身状態が安定している例に限られる。で適格性を判断し、が低い(2点以下)例が候補になりうる1。は7日以上、抗菌薬は7〜14日を要する2。
  • :留置は、手技関連でない穿孔に対しても成功率88%・死亡率7.5%と外科手術に匹敵する成績が報告されている1。クリップやも選択肢になる。
  • 手術:の基準を満たさない全例が対象で、「できる限り早期に手術室へ運ぶ」ことが推奨される1。胸部のではを第一選択とし、生存組織(・)で被覆する。組織が脆く縫合に耐えない場合はT-tubeで制御された瘻に置き換え、損傷が広範なら・とを選ぶ1。を併せて置く。

⚠️ 遅れた症例でに固執しない。 24時間を過ぎるとが・硬化・脆弱になり、縫合そのものが破綻の原因になる2。

予後

⚠️ 時間が予後を決める。ただし数字の出どころを取り違えない。 「24時間以内なら死亡率10%未満、それ以降は30%」というの値は、医原性が6割を占める全体についてのものであって、固有の値ではない1。に限った報告はこれより一段重く、12〜24時間以内に診断・治療できてもは75%に近づく程度(死亡率およそ25%)で、介入しても死亡率は最大60%、治療しなければ90%を超える——消化管疾患のなかでも最も致死的な部類に入る2。

⭐ このの帰結として、確定を待たずに動くのが正しい。疑った時点で・抗菌薬・輸液を始め、造影CTと外科への相談を同時に走らせる。

まとめ

  • は嘔吐・に伴う食道ので、全体の約15%を占めるである。年間100万人あたり約3.1例とまれ。
  • 閉じたに対するの()が機序で、下部食道のに縦走する3〜8 cmの裂け目を作る。この部位はに乏しく脆弱である。
  • ⭐ (嘔吐・胸痛・)は古典像だが揃うことはまれで、25〜45%は嘔吐の既往すら無い。が触れないことは否定の根拠にならない。
  • 診断の第一選択は造影CT(感度92〜100%)。はを用い、は使わない。造影の偽陰性は10〜38%。内視鏡は穿孔拡大の危険があり適応を絞る。
  • 治療は全例で・輸液・・から始め、限局例のみ、それ以外はか手術(+被覆、T-tube、)へ進む。
  • ⚠️ 「24時間以内なら死亡率10%未満、超えると30%」は全体の値であり、固有ではない。は12〜24時間以内に診断できても75%程度、介入しても死亡率は最大60%と一段重い。診断の遅れがそのまま予後になるため、疑った時点で治療を開始する。

出典

  1. 1.Esophageal emergencies: WSES guidelines(World Society of Emergency Surgery・2019)食道穿孔の診断と治療の節で、食道穿孔の大半(60%)が診断・治療内視鏡手技に伴う医原性であり自発性穿孔は食道穿孔全体の約15%を占めること、自発性穿孔が胸部食道下1/3の左縁に3〜8 cmの大きな壁欠損を作ること、「食道穿孔が疑われる患者では造影CTおよびCT食道造影が選択すべき画像検査である」という推奨とCTの感度が92〜100%であること、診断的内視鏡は熟練者の手技では安全だが穿孔の拡大と周囲腔の汚染増悪の危険があり慎重を要すること、初期治療が絶飲食・好気性および嫌気性菌をカバーする広域抗菌薬・プロトンポンプ阻害薬と早期の栄養管理であること、「食道穿孔発症24時間以内に治療された患者の死亡率は10%未満であるのに対し、それ以降では30%である」こと、非手術的管理の適格性をAltorjay基準で判断しPittsburgh穿孔重症度スコアが低い(2点以下)例が候補になりうること、手技関連でない穿孔への内視鏡的ステント留置が成功率88%・死亡率7.5%と手術に匹敵すること、非手術的管理の基準を満たさない全例で手術を行いできる限り早期に手術室へ運ぶべきこと、胸部の自発性穿孔では一次縫合を第一選択としT-tubeによる制御瘻化・広範な損傷での食道抜去や離断・生存組織による被覆・栄養用空腸瘻を組み合わせること、わずかな手術の遅れでも合併症と死亡が増えることを確認した閲覧 2026-08-20
  2. 2.Boerhaave Syndrome(StatPearls (NCBI Bookshelf)・2023)病因・病態生理・疫学・身体所見・評価・治療・予後の各節で、閉じた輪状咽頭筋に対して食道内圧が急上昇するバロジェニック損傷という機序、成人では横隔膜直上の下部食道の左後外側に好発し縦走する3〜8 cmの破裂となること・食道胃接合部から2〜3 cm口側であること・この部位が神経血管構造に富み縦走筋線維を欠くため脆弱であること、発生率が年間100万人あたり約3.1例・男女比2:1〜5:1・50〜60歳台の男性で最もリスクが高く(原文は sixth and seventh decades)外傷性食道破裂の約15%を占めること、Mackler三徴(嘔吐・胸痛・皮下気腫)が揃うことはまれで25〜45%は受診時に嘔吐の既往が無いこと、Hamman徴候、胸部X線の皮下・縦隔気腫/縦隔陰影拡大/胸水とNaclerioのV徴候が最大20%で特異的だが感度が低いこと、水溶性造影剤を優先しバリウムの漏出は縦隔炎と線維化を招くこと・造影検査の偽陰性が10〜38%に生じること、CTの所見、内視鏡が穿孔を拡大する危険から場所が不明な場合に限られること、胸水中の未消化食物・pH 6未満・唾液型アミラーゼ上昇、保存的治療の内容(絶飲食7日以上・静脈栄養・抗菌薬7〜14日・ドレナージ)、発症4時間以内の一次縫合が最良でVATSと胃底部による補強が標準的治療とされること、12〜24時間以内の診断で生存率が75%に近づくこと、介入しても死亡率が最大60%・無治療では90%超に達することを確認した閲覧 2026-08-20
  3. 3.Transition of a Mallory-Weiss syndrome to a Boerhaave syndrome confirmed by anamnestic, necroscopic, and autopsy data: A case report(Medicine (Baltimore)・2018)症例提示と考察の節で、独居の45歳男性が約1週間続く胸腹部痛のあと嘔吐を契機に急死し剖検で食道壁の全層破裂が確認されたこと、ヘモジデリン沈着を含む組織学的所見から完全破裂が先行する食道壁の部分的損傷から進展したものであり未治療のMallory-Weiss症候群が急速に致死的なBoerhaave症候群へ移行したと判断されたこと、著者らが「遠位食道の裂傷は独立した別個の疾患というより一連のスペクトラムの一部でありうる」「バロジェニック損傷による食道壁の部分損傷はさらなるバロ外傷を受けて全層破裂へ進展しうる」と述べていることを確認した閲覧 2026-08-20