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Disease Atlas · 感染症 · 症候群

脾摘後重症感染症

Overwhelming post-splenectomy infection (OPSI)

別名
OPSI脾摘後電撃性感染症Post-splenectomy sepsisPostsplenectomy sepsis
臓器系
感染症全身
科目
SurgeryTraumatology and OrthopedicsMicroscopic Anatomy and Embryology (Microscopic Anatomy)
トピック
外科学 S-31:脾臓外科と後腹膜疾患の外科治療外傷学 14:鈍的腹部外傷の観察・診断・治療組織学 7.4:免疫・リンパ系:脾臓
合併症
細菌性髄膜炎播種性血管内凝固
続発疾患
敗血症
関連疾患
菌血症
治療薬
セフトリアキソンバンコマイシンアモキシシリンペニシリンV
原因微生物
Streptococcus pneumoniaeHaemophilus influenzaeNeisseria meningitidis
症状
発熱悪寒低血圧錯乱触知可能な紫斑
検査値
Howell-Jolly小体
元疾患
無脾症・脾機能低下症

🧠 全体像:脾臓を失うと、莢膜を持つ細菌(肺炎球菌・・髄膜炎菌)を血液中から濾し取る唯一の機構が失われる。(OPSI)は、この防御の穴を突いて数時間のうちにへ進行する性の感染で、致死率はおよそ50〜70%とされる(症例報告のが総説を引いて紹介する値で、報告自身のデータではない)1。診療の核心は発症後の治療ではなく予防にある——ワクチン接種、、そして「発熱=救急」というの3本柱を、が決まった瞬間から生涯にわたって続けることが、唯一確実にOPSIを防ぐ手段である。

病態:なぜ脾臓を失うと莢膜菌に弱くなるか

脾臓の・辺縁帯は、抗体()で覆われていないそのものを認識してマクロファージへ渡す、体内で唯一の「莢膜だけを見分けて濾し取る」機構を持つ。同時に脾臓は、に対するIgM型抗体を産生する()の主要な産生の場でもある。

flowchart TD
    A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='splenectomy'>脾臓摘出</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='functional asplenia'>機能的無脾症</span><br>(鎌状赤血球症など)"] --> B["脾の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='marginal zone macrophage'>辺縁帯マクロファージ</span>による<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='capsular polysaccharide'>莢膜多糖体</span>の直接認識機構が失われる"]
    A --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='capsular polysaccharide'>莢膜多糖体</span>特異的IgM産生の場(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='marginal zone B cell'>辺縁帯B細胞</span>)が失われる"]
    B --> D["莢膜を持つ細菌が<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='opsonization'>オプソニン化</span>されないまま血中に残存"]
    C --> D
    D --> E["肺炎球菌・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Haemophilus influenzae type b'>インフルエンザ菌b型</span>・<br>髄膜炎菌が急速に増殖"]
    E --> F["数時間で<span class='jp-term jp-term-diagram' title='septic shock'>敗血症性ショック</span>へ進行<br>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='overwhelming post-splenectomy infection, OPSI'>脾摘後重症感染症</span>:OPSI)"]
    F --> G["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='disseminated intravascular coagulation, DIC'>播種性血管内凝固</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='adrenal hemorrhage'>副腎出血</span><br>(Waterhouse-Friderichsen様病態)"]

💡 脾の機能に依存しない機序で処理される菌では、この脆弱性は相対的に軽い(莢膜の有無だけで割り切れるわけではなく、黄色ブドウ球菌はを持ち、腸内細菌科にも高度に莢膜化した菌種がある)。 黄色ブドウ球菌や腸内細菌科など莢膜を持たない、あるいは他の防御機構(好中球の貪食など)で十分に対処できる菌には、の易感染性は限定的である。莢膜という一点に的が絞られているからこそ、ワクチンという「莢膜への抗体を人工的に補う」対策が極めて有効になる。

原因菌は肺炎球菌が最多で、・髄膜炎菌が続く1。まれにCapnocytophaga canimorsus(イヌ・ネコの口腔内常在菌)による犬猫咬傷後のOPSIや、・のリスク上昇も、同じ「脾の機能喪失」で説明できる。

リスクが生じる背景

状況 具体例
外傷(での温存不能例)、の治療としての選択的
鎌状赤血球症(反復梗塞による)、後
の適応となる などの溶血性貧血(重症例でを検討する場合)

⚠️ リスクは直後だけでなく生涯続く。 2年以内はOPSIのリスクが特に高いが、5年以上、時には数十年後に発症する例も少なくなく、リスクのな低下はあっても消失はしない1。

予防:3本柱

OPSIは発症してからの救命率が低いため、発症を防ぐ3本柱をの決定と同時に開始する。

1. ワクチン接種

対象ワクチン 接種の考え方
結合型(PCV)を先行し、一定間隔をおいて(PPSV23)を追加する連続接種が広く推奨される
血清群を広くカバーする製剤を用い、リスクが続く限り追加接種を行う
(Hib)ワクチン の接種歴が無ければ1回接種する(米国の成人スケジュール)2。⚠️ 国内の位置づけは年齢帯で分かれる(下記)
のリスクを減らすため毎年接種する

免疫応答を最大化するため、に応じた個別のスケジュールで接種する2。

⚠️ この表は米国の成人スケジュールに基づいている。Hibは国内の位置づけが年齢帯で分かれるので、そのまま当てはめない。 単味の(アクトヒブ)の電子添文は 7.1「接種対象者・接種時期」で「通常、本剤の接種は2ヵ月齢以上5歳未満の間にある者に行う」と定め、効能又は効果は「による感染症の予防」のみで、・の記載は本文中に無い3。⭐ ただし「5歳を過ぎたら国内では打てない」と読まない。 日本小児科学会は、Hibの接種適応外の年齢を2か月未満のみとし、「5歳以上の脾機能不全・・感染症・後で未接種者」を推奨接種対象者として1回接種を勧めている4。同文書の射程は15歳未満なので、成人については国内に明示の推奨が見当たらないという整理になる。どの国の・どの文書の推奨を根拠にしているのかを毎回明示する(詳細は・)。

⭐ では、できれば手術14日以上前に接種を完了させる。 ほぼ全てのガイドラインが手術前後14日以内のワクチン接種を避けるべきとしている。ただし高いレベルの基礎・臨床エビデンスが乏しいため、至適な接種時期や追加接種の要否は確立していない。多くのデータはむしろ周術期の直近に接種しても免疫が有効でありうることを示唆しており、外科医が接種の担い手として第一の立場にあるとされる5。の成人スケジュールもHibについて別項を置き、“Elective splenectomy: 1 dose preferably at least 14 days before splenectomy.” としている2。(外傷など)では術前接種ができないため、術後、全身状態が安定し退院が近づいた時期に接種する。

2. 抗菌薬予防投与

、特にリスクが高い期間(多くのガイドラインでは小児では3年間、成人ではワクチン接種を完了するまでが目安)、またはアモキシシリンによるを検討する1。ペニシリンアレルギーがあればマクロライド系などで代替する。

⚠️ はOPSIを完全には防がない。 の低下や、予防薬でカバーされない菌種・耐性菌による感染は起こりうるため、ワクチン接種・と組み合わせて初めて有効な多層防御になる。

3. 患者教育とスタンバイ抗菌薬

  • 「発熱=救急」を徹底する。 悪寒を伴う発熱や急な体調不良があれば、局所症状の有無にかかわらず直ちに医療機関を受診するよう教育する。
  • 医療機関へのアクセスが直ちに得られない状況(旅行中など)に備え、を携行させ、症状出現時に自己判断で内服を開始し速やかに受診する運用を検討する。
  • 医療アラートカード・ブレスレットの携行、動物咬傷後の早期受診、マラリア流行地への渡航前のリスク評価とを指導する。
  • 患者・医療者双方でOPSIの認知度が低いことが、対策の実装不足につながっている1。を担当する診療科だけでなく、以後継続してその患者を診るすべての医療者がこのリスクを申し送る必要がある。

臨床像

初期は非特異的な発熱・悪寒・倦怠感・など、一見ウイルス性感冒様の症状で始まることが多い。しかしの・貪食機構が働かないため菌血症の制御が利かず、数時間から半日程度で低血圧・・意識障害を伴うへ的に進行しうる。から紫斑・皮下出血、(Waterhouse-Friderichsen様病態)を来す例もある。

⚠️ 初診時の症状の軽さに油断しない。 「昨日から少し熱っぽい」というで受診した患者が、数時間後にはを要するになりうる。この進行の速さこそがOPSIを「overwhelming(圧倒的)」たらしめている核心である。

診断

・の既往を確認したうえで、血液培養を含む敗血症の評価を直ちに行う。で(を示唆する)やがみられれば状態の傍証になるが、これらの確認を待って治療を遅らせてはならない。⚠️ 逆は成り立たない。 の検出は脾機能を正確には反映せず、無いことは脾機能が保たれていることの証明にならない6。評価法の比較は・に委ねる。

flowchart TD
    A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='post-splenectomy'>脾摘後</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='functional asplenia'>機能的無脾症</span>の患者に発熱"] --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='localized infection'>局所感染</span>巣の有無によらず<br>敗血症として即時評価"]
    B --> C["血液培養採取後、<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='blood/culture results'>培養結果</span>を待たず経験的抗菌薬を開始"]
    C --> D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='encapsulated organism'>莢膜菌</span>(肺炎球菌・Hib・髄膜炎菌)を<br>確実にカバーする<span class='jp-term jp-term-diagram' title='broad-spectrum antibiotics'>広域抗菌薬</span>"]
    D --> E["数時間ごとにバイタル・意識状態を再評価"]
    E --> F{"ショック・臓器障害の徴候"}
    F -->|"あり"| G["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='septic shock'>敗血症性ショック</span>として<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='hemodynamic resuscitation'>循環蘇生</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='intensive care unit'>ICU</span>管理へ"]
    F -->|"なし"| H["経過観察を継続、原因菌判明後に狭域化"]

治療

⭐ を待たず、来院後できるだけ早く経験的抗菌薬を開始する。 選択はワクチン接種歴によらず、肺炎球菌の耐性化を念頭に(セフトリアキソンなど)を基本とし、耐性肺炎球菌のリスクや重症度に応じてバンコマイシンを併用する。髄膜炎の合併を疑えばを考慮した用量・薬剤選択に切り替える。

が不安定であれば晶質液投与とを並行して開始し、の一般的な蘇生原則(敗血症を参照)に従う。を合併すれば凝固因子・血小板の補充を検討する。

まとめ

  • OPSIは・により(肺炎球菌・・髄膜炎菌)の・除去機構が失われることで起こる性敗血症で、致死率はおよそ50〜70%とされる。
  • リスクは2年以内に多いが生涯続き、だけでは安心できない。
  • 予防の3本柱は、①ワクチン接種(ではできれば手術14日以上前に完了。至適時期は確立していない)、②(少なくとも数年、高リスク例では生涯)、③発熱時の緊急受診を含むである。
  • 初発症状は非特異的だが、数時間でへ進行しうる。の発熱はを待たず経験的抗菌薬を直ちに開始する。
  • 患者・医療者双方でOPSIの認知度が低いことが対策実装の障壁になっており、を行った診療科以外も含めた継続的な教育が必要である。

出典

  1. 1.The sword of Damocles for the splenectomised: death by OPSI(German Medical Science (GMS)・2016)OPSIの原因菌はStreptococcus pneumoniae・Haemophilus influenzae(Hib)・Neisseria meningitidisが主体であること、致死率がおよそ50〜70%とされること(本報告は65歳女性の症例報告で、この値は序論がDi Sabatino 2011〔Lancet 総説〕を引いて紹介したもの)、ドイツのガイドラインでは抗菌薬予防投与を小児は脾摘後最初の3年間、成人はワクチン接種が完了するまで行うとしていること、患者・医療者双方でOPSIリスクの認知度が低いままであることを確認した。閲覧 2026-08-11
  2. 2.Adult Immunization Schedule by Medical Condition and Other Indication(Centers for Disease Control and Prevention・2025)「Asplenia, complement deficiencies」の列に肺炎球菌・髄膜炎菌ACWY・髄膜炎菌B・Hib・季節性インフルエンザが適応として挙げられ、免疫歴に応じて接種することを確認した。2026-09-05にNotesの節を再取得し、Hibの項が「Anatomical or functional asplenia (including sickle cell disease): 1 dose if previously did not receive Hib vaccine.」(=解剖学的・機能的いずれの無脾症も対象で、Hibワクチン未接種の場合に1回)と、別項として「Elective splenectomy: 1 dose preferably at least 14 days before splenectomy.」(=待機的脾摘では脾摘の14日以上前の接種が望ましい)を定めていることを逐語で確認した。接種歴が不明な場合の扱いについては記載が無い閲覧 2026-08-09
  3. 3.アクトヒブ 電子添文(医薬品医療機器総合機構(PMDA)・2025)2025年2月改訂(第5版)の電子添文本文を取得し、4「効能又は効果」が「インフルエンザ菌b型による感染症の予防」であること、7.1「接種対象者・接種時期」が「通常、本剤の接種は2ヵ月齢以上5歳未満の間にある者に行う」と定めていること、無脾症・脾摘を効能又は効果に掲げる記載が本文中に無いこと(全文で「脾」の字が0件)を確認した閲覧 2026-09-05
  4. 4.定期接種対象外の年齢小児(15歳未満)へのワクチン接種(日本小児科学会 予防接種・感染症対策委員会・2020)2015年11月作成・2020年12月改訂のPDF全文を取得し、乾燥ヘモフィルスb型ワクチン(Hibワクチン)の行が、定期接種対象年齢を2か月以上5歳未満、定期接種対象年齢以外での接種可能年齢を5歳以上、接種適応外の年齢を2か月未満とし、推奨接種対象者を「5歳以上の脾機能不全・補体欠損症・HIV感染症・骨髄移植後でHibワクチン未接種者」、接種回数を「1回接種」と定めていることを確認した。本文書の射程は15歳未満の小児であり、成人については扱っていない閲覧 2026-09-05
  5. 5.Perioperative Immunization for Splenectomy and the Surgeon's Responsibility: A Review(JAMA Surgery・2020)OPSIの現在の疫学的頻度は0.1〜8.5%の幅で報告されていること、また手術前後14日以内はワクチンを接種しないことがほぼ全てのガイドラインで一致した方針であるため、待機的脾摘術ではこの期間を避けて手術14日以上前に接種を完了させる必要があることを確認した。2026-09-24に抄録を再確認し、同時に「高いレベルの基礎・臨床エビデンスが乏しく、至適な接種時期と追加接種の要否は確立していない」「ほぼ全てのガイドラインは術前後14日以内の接種を避けるとするが、多くのデータは周術期の直近でも免疫が有効でありうることを示唆する(most data suggest that immunization might be effective even in the immediate perioperative time)」と述べていることを確認した。閲覧 2026-09-24
  6. 6.Assessment of splenic function(European Journal of Clinical Microbiology & Infectious Diseases・2010)Howell-Jolly小体の検出は脾機能を正確には反映せず、pitted erythrocyte(赤血球膜の小窩)の比率が十分に評価された方法で第一選択の検査として適すると総説として結論づけていること。閲覧 2026-09-02