薬理学

薬理学 · Core41

抗菌薬治療の原則:経験的・標的・予防的治療

Core41: Principles of antimicrobial treatment - empirical, targeted and prophylactic therapy

前提:病態
Core40:抗菌薬治療の原則:選択毒性
応用トピック
細菌感染症の経験的抗菌薬療法感染症診療と抗菌薬治療の基本原則抗ヘルペス・抗水痘帯状疱疹・抗サイトメガロウイルス薬・抗インフルエンザ薬・抗コロナその他ウイルス薬抗肝炎ウイルス薬狭域・広域抗菌薬外科感染症と抗菌薬の役割外科感染症・抗菌薬治療の適応・周術期抗菌薬予防開放骨折の治療原則手の軟部組織・腱損傷と手感染症

🧠 全体像:抗菌薬の使い方は、いつ・何を根拠に薬を選んだかで3つに分かれる。病原体が分かる前に始めるのが、培養・感受性の結果で病原体が特定されてから絞り込むのが、まだ感染が起きていない高リスク状況で感染を防ぐのがである。臨床の流れとしては「重症なら広めに始める → 検体を採ってから始める → 結果が出たら狭く短くする()」が基本形になる。⚠️ 予防投与は「切るなら念のため長く」ではない——切開前の適切なタイミングで入れ、手術が終わったら止めるのが現行の推奨である。

主な治療戦略

戦略 意味 判断の根拠 ポイント
正確な病原体が分かる前に始める治療 ・重症度・宿主・地域の耐性動向 ほど早く始める。⚠️ 検体採取は開始前に済ませる
検査で病原体と感受性が判明した後の治療 培養・の結果 可能なら狭域化し、根拠があれば短期化する
感染が起こる前・顕在化する前に予防する 手技・宿主の高リスク状況 適応・タイミング・中止時期が明確に決まっている
flowchart TD
    A["感染症を疑う"] --> B["培養などの検体を採取する<br>⚠️ 抗菌薬の前に"]
    B --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='empiric therapy'>経験的治療</span>を開始<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='presumed pathogen (empiric target organism)'>想定菌</span>・重症度・地域の耐性を勘案"]
    C --> D{"培養・感受性の結果"}
    D -->|"病原体が判明"| E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='targeted therapy'>標的治療</span>へ<br>狭域化(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='de-escalation'>デエスカレーション</span>)"]
    D -->|"判明しない/培養陰性"| F["臨床経過で再評価<br>継続・変更・中止を判断"]
    E --> G["治療期間も見直す<br>根拠があれば短期化"]
    F --> G

経験的治療

  • 血液培養などの結果が出る前に開始する。
  • 選択は次に依存する。
    • 想定される病原体(感染部位と宿主から推定する)。
    • 疾患の重症度。
    • ・アレルギー歴・臓器機能。
    • 抗菌薬の(目的部位に届くか)。
    • 地域・施設のと、その患者の過去の培養歴。

⚠️ 検体は抗菌薬を入れる前に採る。 抗菌薬を1回入れただけでは落ち、以後のへの切り替えができなくなる。一方で、検体採取のために治療開始を遅らせてはならない——敗血症では血液培養を可能なら抗菌薬の前に、別部位から好気・嫌気ボトルへ採取するが、それで治療を遅らせないことが原則である。

標的治療

💡 は「狭域化」だけでなく「短期化」も含む。 病原体と感受性が判明したあとは、多くの感染症で治療期間を短縮しても長期投与と同等の治癒率が得られるという試験が蓄積している。成人では、6日以内の短期治療が7日以上の長期治療と臨床治癒率で同等(0.99、95%信頼区間0.97-1.01)であり、再発も同等で、重篤な有害事象(0.73、0.55-0.97)と死亡率(0.52、0.33-0.82)はむしろ短期治療群で少なかった1。⚠️ これは成人のを対象としたであり、他の感染症(心内膜炎・骨髄炎・膿瘍など)に同じ短縮幅をそのまま当てはめることはできない。

予防的治療

  • 感染が起こる前、または顕在化する前に予防する。
  • 適応は「感染の確率が高い」か「起きたときの被害が大きい」状況に限られる。

外科的予防投与のタイミング

⭐ 予防的抗菌薬は「いつ」入れるかで効果が変わる。 大半の薬(を含む)では切開前60分以内に投与するのが実務上の原則で2、の指針は薬の半減期を勘案して切開前120分以内という枠を置いている2。⚠️ 外れてはいけないのはその枠の外である——皮切より120分以上前の投与はSSIリスクを大きく上げ(5.26、95%信頼区間3.29-8.39、中等度の質)、皮切後の投与も皮切前より悪い(1.89、1.05-3.4、低い質)3。

💡 一方で、120分の枠の「中」でどこが最適かは決まっていない。 同じ系統的レビューは、120〜60分前と60〜0分前(1.22、95%信頼区間0.92-1.61)、60〜30分前と30〜0分前(1.07、0.53-2.17)のいずれも差を示せず、逐語で「120分の区間の中で最適なタイミングをこれ以上正確に定めることはできない」としている(いずれもエビデンスの質は非常に低い。組み入れは観察研究13件のみで、は1件も無い)3。「60分以内」は根拠が確立した最適値ではなく、枠の外へ出ないための運用上の目標と理解する。

  • 半減期の長い薬・に時間のかかる薬:バンコマイシンやは毒性を避けるため60分を超える時間を要するので、切開の60分より前に投与を開始する必要がある2。⚠️ の系統的レビューがこれらを抗菌薬と区別したのは、投与開始時刻と完了時刻がずれるためであり(区別していない研究は解析から除外された)、これらの薬に固有の推奨時刻を定めたものではない3。
  • 術中の:抗菌薬の半減期2回分を超える手術、または1.5 Lを超える出血では追加投与する2。(半減期約2時間)なら約4時間ごと、(半減期約60分)なら約2時間ごとが目安である2。

いつ止めるか

⚠️ 手術が終わったら止める。術後に延長しない。 原則として予防投与は手術の終了をもって中止する2。の指針は手術室での創閉鎖の時点で止めるよう勧めており、「術後に続ければ術後感染を防げる」という考えを支持する根拠は無いと明記されている2。

  • 52件・19,273例のでも、最良の感染予防・管理の実践が守られている場合、術後の継続に利益があるという決定的な証拠は得られていない2。
  • 37,046例の前向きコホートでも、術後の投与期間を延ばしてが減るという効果は認められなかった(全体で0.868、95%信頼区間0.746-1.011)4。非外傷群ではむしろが1を超えていた(1.184、0.832-1.683、非有意)4。この研究は整形外科の単一施設コホートなので他の術式へそのまま外挿はできないが、著者自身が「術後継続に反対する現行ガイドラインを支持する結果である」としている4。

予防投与の例

状況 薬 目的
(ブドウ球菌)によるの予防
腹部手術 アモキシシリン- によるの予防
の リファンピシンまたは 保菌の除菌(二次発症の予防)
結核の・ からの発病予防
再発の抑制

まとめ

  • = 結果が出る前。 ・重症度・宿主・地域の耐性から選ぶ。
  • = 病原体が判明した後。 可能ならへ、根拠があれば短期へ。成人では6日以内の治療が7日以上と同等以上だった1。
  • = 感染が起こる前。 明確な高リスク状況に限る。
  • ⚠️ は抗菌薬の前に採る(ただし重症例で治療を遅らせない)。採らなければへ進めない。
  • ⚠️ 外科的予防投与は「切開前の枠内に入れて、手術が終わったら止める」。 120分より前も皮切後も悪く3、術後の延長には利益が示されていない24。
  • 120分の枠の中でどこが最適かはまだ決まっていない3。

出典

  1. 1.Systematic Review and Meta-analysis of the Efficacy of Short-Course Antibiotic Treatments for Community-Acquired Pneumonia in Adults(Antimicrobial Agents and Chemotherapy・2018)全文(PMC6125522)で確認した。成人市中肺炎を対象に6日以内(短期)と7日以上(長期)を比べた21試験・4,861例(うち19試験が無作為化)の系統的レビュー・メタ解析で、臨床治癒率は同等(4,069例、リスク比0.99、95%信頼区間0.97-1.01)であり、外来・入院の別でも重症度でも結果は変わらなかった。再発も同等(1,923例、リスク比0.67、0.30-1.46)。重篤な有害事象は短期治療群で少なく(1,923例、リスク比0.73、0.55-0.97)、死亡率も短期治療群で低かった(2,802例、リスク比0.52、0.33-0.82)。閲覧 2026-09-22
  2. 2.Surgical Antibiotic Prophylaxis: A Proposal for a Global Evidence-Based Bundle(Antibiotics・2024)全文(PMC10812782)で確認した。逐語で "SAP should generally be administered within 60 min before the surgical incision for most antibiotics (including cefazolin)."、"SAP redosing is indicated for surgical procedures exceeding two antibiotic half-lives or for procedures significantly associated with blood loss."、"In principle, SAP should be discontinued after the surgical procedure." と述べる。追加投与の目安として血液喪失は「1.5 Lを超える」とし、セファゾリン(半減期約2時間)なら約4時間後、セフォキシチン(半減期60分)なら約2時間後に追加するという例を挙げる。半減期の長い薬(バンコマイシンを名指し)については逐語で "should be issued more than 60 min before the incision" と、**切開の60分より前に開始する**よう求めている。術後の継続については "No evidence supports SAP use after the surgical procedure." とし、SHEAの指針が手術室での創閉鎖の時点で抗菌薬を止めるよう勧めていること、de Jonge 2020のメタ解析(前向き無作為化試験52件・19,273例)が「最良の感染予防・管理の実践が守られている場合、術後継続に利益があるという決定的な証拠は無い」と結論したことを引く。WHO指針については "These guidelines recommend SAP administration within 120 min before the incision, based on the half-life of the prescribed antibiotic." と記述する。閲覧 2026-09-22
  3. 3.WHO Global Guidelines for the Prevention of Surgical Site Infection — Web Appendix 5: Summary of a systematic review on optimal timing for preoperative surgical antibiotic prophylaxis(World Health Organization・2016)PDF全22頁を取得して確認した。組み入れられたのは観察研究13件(無作為化前向き試験は1件も無いと本文が明記)で、そのうち3件のメタ解析により、皮切120分より前の投与は120分以内の投与と比べSSIリスクを上げた(オッズ比5.26、95%信頼区間3.29-8.39。大きな効果量のためGRADEを中等度へ格上げ)。皮切後の投与と皮切前の投与を比べた4件のメタ解析ではオッズ比1.89(1.05-3.4、低い質)。一方、120分の枠内での細分は差を示せていない——120〜60分前と60〜0分前の比較(6件)はオッズ比1.22(0.92-1.61、非常に低い質)、60〜30分前と30〜0分前の比較(4件)はオッズ比1.07(0.53-2.17、非常に低い質)で、結論は逐語で "It is not possible to establish more precisely the optimal timing within the 120-minute interval." である。⚠️ バンコマイシンとフルオロキノロン系については、逐語で "To avoid drug toxicity, vancomycin and fluoroquinolones have to be infused over a prolonged period of time (>60 minutes) compared to other antibiotics … we considered it necessary to differentiate these from fast infusion antibiotics (for example, cephalosporins). Studies that did not have this differentiation were excluded due to unclear timing categories." と述べており、これは研究の組入れ条件であって、これらの薬に固有の投与時刻を推奨した記述ではない。閲覧 2026-09-22
  4. 4.Duration of surgical antibiotic prophylaxis and surgical site infection in orthopaedic surgery: a prospective cohort study(International Journal of Surgery・2025)抄録(Europe PMC、PMC11745748)で確認した。整形外科手術37,046例の前向きコホート(SSI発生率2.35%=871例)で、術後予防抗菌薬の投与期間を延長しても手術部位感染に統計的に有意な予防効果は認めなかった(全体で補正オッズ比0.868、95%信頼区間0.746-1.011。開放骨折0.867〔0.668-1.124〕、閉鎖骨折0.925〔0.754-1.135〕、非外傷1.184〔0.832-1.683〕)。結論は逐語で "Prolonged postoperative SAP duration has no protective effect against SSI in orthopaedic surgery. Our findings support current guidelines against the practice of continuing SAP postoperatively."。閲覧 2026-09-22