呼吸器学

呼吸器学 · 41

肺塞栓症

Pulmonary embolism

前提:病態
肺血管原性疾患(肺塞栓・肺梗塞)血栓症の原因と種類抗凝固薬
疾患
肺血栓塞栓症慢性血栓塞栓性肺高血圧症慢性血栓塞栓性肺疾患

🧠 全体像:肺塞栓症の多くはからのである。診断は血行動態が安定か不安定かを最初に分け、安定例では→→、不安定例では蘇生とベッドサイド評価を並行する。治療の柱は抗凝固で、高リスクPEでは緊急再灌流を行う。

1. 定義と血栓の起源

PEは、血流に乗って移動した塞栓子が肺動脈を閉塞する状態である。最も多い血栓源は下肢で、骨盤・腹部・上肢・頸部静脈、も起源となる。血栓が肺動脈へ到達するには、心房・やを介する右左方向の交通が必要である。

ウィルヒョウ三徴

先天性危険因子 後天性危険因子
、、、 不動、外傷、手術、悪性腫瘍、心不全、脳卒中、妊娠、経口避妊薬、肥満、喫煙、高齢、

授業では、治療しない場合の死亡率25〜30%に対し、治療した場合は2〜8%、さらに発症後1時間以内に約10%が死亡するという数字が示されている。診断されずに終わる例も多い。「早期に疑って抗凝固を始められるかどうか」で転帰が大きく変わるという、この疾患の性格を表す対比として押さえておく。

2. 病態生理

血栓によると血管収縮性メディエーターによりがし、が増える。・虚血、心室中隔左方偏位により左室充満と心拍出量が低下し、へ進みうる。肺は肺動脈・の二重血行を持つため、他臓器より梗塞壊死は少ない。

flowchart TD
  A["肺動脈閉塞・血管収縮"] --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='pulmonary vascular resistance'>肺血管抵抗</span>上昇"]
  B --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='right ventricular dilatation'>右室拡張</span>・右室虚血"]
  C --> D["左室前負荷低下"]
  D --> E["心拍出量低下・ショック"]
  A --> F["高V/Q・肺胞<span class='jp-term jp-term-diagram' title='increased dead space'>死腔増加</span>"]
  F --> G["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hyperventilation'>過換気</span>・低CO₂血症"]
  A --> H["非閉塞部への血流再分配・低V/Q"]
  H --> I["低酸素血症"]

閉塞部は低灌流のためV/Qが上昇してとなる。一方、非閉塞部への血流再分配、、心拍出量低下による混合静脈血酸素低下などが低酸素血症を生む。正常全肺平均V/Qは約0.8である。

⭐ 「血管が詰まったのに、なぜ酸素が下がるのか」を説明できるようにする。 詰まった側は換気されても灌流がないので、ガス交換に寄与しないが増えるだけで低酸素血症の直接の原因にはならない。低酸素血症を作るのは主に残った肺への血流集中である。閉塞部を迂回した血流が正常部へ押し寄せると、その領域はV/Qが低下し、機能的シャントとして働く。さらに閉塞部では、局所の低炭酸ガス血症によるで換気が減り、灌流が途絶えることでサーファクタント産生が低下してが生じるという変化が重なり、換気の分布も乱れる。だから胸部X線が正常でも、PaO₂が下がり、PaCO₂はで下がり、になるという組み合わせが生じる。

3. 臨床像

は呼吸困難、、喀血だが、3つすべてを認めるとは限らない。報告されてきた症候頻度の一例は次の通りで、いずれも非特異的である。

症状 頻度例 徴候 頻度例
呼吸困難 84% 頻呼吸 92%
74% 58%
死への恐怖 59% II音肺動脈成分亢進 53%
咳嗽 53% 頻脈 44%
喀血 30% 発熱 43%
発汗 27% 下肢浮腫 24%
失神 13% チアノーゼ 19%

4. 安定患者の診断

検査前確率

の項目は以下である。

項目 点数
の臨床徴候 3
他の診断よりPEが最も疑わしい 3
心拍数 >100/分 1.5
過去4週の手術または3日以上の不動 1.5
/PE既往 1.5
喀血 1
1

2段階法では≤4点をPEの、>4点をPEのとする。3段階法では低・中・高確率に分ける。臨床現場では採用した系を明示する。

アルゴリズム

flowchart TD
  A["PE疑い・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hemodynamically stable'>血行動態安定</span>"] --> B["臨床<span class='jp-term jp-term-diagram' title='pretest probability'>検査前確率</span>"]
  B --> C["低〜中確率 / PEの<span class='jp-term jp-term-diagram' title='PE unlikely'>可能性低</span>"]
  B --> D["高確率 / PEの<span class='jp-term jp-term-diagram' title='PE likely'>可能性高</span>"]
  C --> E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='D-dimer'>Dダイマー</span>"]
  E --> F["陰性"]
  F --> G["PEを除外"]
  E --> H["陽性"]
  H --> I["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='computed tomography'>CT</span><span class='jp-term jp-term-diagram' title='pulmonary angiography'>肺動脈造影</span> CTPA"]
  D --> I
  I --> J["陽性:治療"]
  I --> K["陰性:確率との不一致を再評価"]
  • は感度・が高いが、陽性は非特異的でPEを確定しない。固定500 µg/Lを用いる高感度測定系では、50歳以上でが高くない(非高確率またはunlikely)患者に、(年齢×10 µg/L)を使える。ADJUST-PEでは、が500 µg/Lを超えても年齢調整値を下回る患者をなし・無治療で3か月追跡し、血栓塞栓イベントは331例中1例(0.3%)だった1。
  • 低リスクではで不要なを避けられる場合がある。年齢調整は低〜中で画像検査を減らすために用い、高確率例を陰性値だけで除外しない2。

5. 不安定患者の診断

では酸素化・循環を支え、で右室機能を評価する。CTPAへ直ちに安全に搬送できれば施行するが、できず、他のショック原因がなく右室が強くPEの可能性が高ければ、救命的再灌流を遅らせない。

検査所見

検査 所見と限界
胸部X線 正常も多い。/、肺動脈拡大、胸水、などは非特異的
ECG 正常もある。授業で示された頻度は50%、44%、V₁〜V₂陰性T 23%、性不整脈17%、S₁Q₃T₃ 16%、13%、肺性P波6%
ABG PaO₂低下、によるPaCO₂低下・。正常でも除外不可
心筋マーカー ・上昇はとに有用
炎症反応 で白血球、、、などが上昇しうるが非特異的

⭐ 有名なS₁Q₃T₃は、実際には6人に1人でしか出ない。 最も多いのはとという、それ自体では何も決まらない所見である。ECGはPEの除外にも確定にも使えず、の有無と(心筋梗塞など)の評価に用いる。

6. 画像診断

  • :標準的な確定画像で、肺動脈内血栓、、を評価する。少なくともレベルまで描出でき、授業で示された性能は感度86〜96%、特異度92〜98%である。
  • :灌流像は標識のを静注して撮り、径3 mmを超える血管の閉塞を捉える。換気像はなどのガスを吸入して撮る。正常灌流はPEを強く除外する。腫瘍、肺炎、でもは生じるため、胸部X線と換気像を合わせて確率として判定する。授業で示された併用の性能は感度約91%、特異度約87%。造影禁忌・妊娠などで有用。⚠️ 授業資料は換気用の133を「静注」と記載しているが、換気像は定義上ガスを吸入して得るものであり、静注では換気の分布を評価できない。
  • :近位確認は診断を支持する。
  • カテーテル:かつての参照法だが、現在は他検査が不確定な場合や時に限られる。造影過敏、・ではリスクが高い。

7. 治療

高リスクPE:再灌流

  • では急性PEを高リスク、中間高リスク、中間低リスク、低リスクに層別化する。は主としてな高リスクPEに適応となる。血行動態が保たれたPEでは抗凝固を基本とし、・低リスクPEへのルーチンの一次全身血栓溶解は推奨されない(Class III)。抗凝固中に血行動態が悪化した患者には救済的血栓溶解が推奨され(Class I)、その代替として術または経皮的を検討する(Class IIa)3。
  • 2026年AHA/ACCのA〜E分類は補足的に参照できる。を伴う重症例では、全身血栓溶解、、機械的、、VA-などを、出血リスクと施設能力に応じ専門チームで選択する2。
  • 活動性の重大出血、の既往、最近の・脳神経手術・、などを標準チェックリストで確認する。古い一律の禁忌一覧だけで決めず、時期・重症度、PEによる切迫死、代替再灌流の可用性を専門チームで比較する。

抗凝固療法

  • PEが強く疑われ出血リスクが許容される場合、確定前から抗凝固を開始することがある。
  • 安定例の多くではが第一選択となる。・は開始時から使用でき、・は先行する後に用いる。
  • ヘパリンは妊娠、癌の一部、困難などで重要で、初期にが必要な多くの患者ではより優先する2。
  • は、再灌流・手技予定、重度など、迅速な調節・中和が必要な場合に向く。またはで調節し、で中和する。
  • ビタミンK拮抗薬(vitamin K antagonist;ワルファリンなど)は 2〜3を目標とし、導入時は抗凝固薬と重ねる。のため妊娠中は避ける。
  • は全例で少なくとも3か月行う(Class I)。3か月で中止してよいのは、大きな一過性・可逆性の危険因子による初回のPE/である(Class I)。逆に、一過性・可逆性の誘因によらない再発例と、(この場合はで)は無期限の経口抗凝固が推奨される(いずれもClass I)。その中間にあたる例では、再発・持続危険因子と出血リスクを反復評価して延長抗凝固を判断する3。

⚠️ 授業資料との差:授業資料の抗凝固はヘパリン(未分画またはLMWH)で開始し、(ワルファリン・アセノクマロール)へ引き継ぐという組み立てで、()が一度も登場しない。現在は、血行動態が安定した多くの患者でが第一選択であり、とはを先行させずに開始できる。ヘパリン→ワルファリンの経路が今も必要なのは、、、重度、妊娠(この場合はLMWHを継続)など限られた状況である。2

授業資料の「を5〜6日間」「導入は3〜5日かかるので重ねる」という記述は、へ橋渡しする時代の運用である。を使う現在は橋渡し期間そのものが不要になり、入院期間と採血の負担が大きく減った点が実務上の最大の変化である。

下大静脈フィルター

急性で抗凝固が、または適切な抗凝固中にも再発する選択例で検討する。予防的・はしない。敗血症性下大静脈血栓や著明な静脈径など、解剖・感染上の問題も評価する。

8. 退院後フォロー

少なくとも1年間は各診察で呼吸困難・運動制限を確認する。3か月以降も症状が続く場合は、心エコーやなどで・を評価する2。

9. 血栓以外の肺塞栓

血栓以外の塞栓には、・後の、骨髄炎・中耳炎・心内膜炎に伴う、大静脈損傷後の、分娩時のがある。これらは血栓性PEと病態・治療が異なる。

まとめ

  • 最初に性を判定し、安定例はに沿ってとCTPAを使う。
  • 抗凝固は治療の柱で、現代の安定例ではが中心となる。高リスクPEは緊急再灌流を要する。
  • 陽性や非特異的ECG・X線だけでPEを確定しない。S₁Q₃T₃は典型例でも6人に1人程度である。
  • 低酸素血症は「詰まった側」ではなく、血流が集中した「残りの肺」の低V/Qで生じる。

出典

  1. 1.Age-adjusted D-dimer cutoff levels to rule out pulmonary embolism: the ADJUST-PE study(JAMA・2014)抄録で確認した(全文は未取得)。年齢調整Dダイマーカットオフを「50歳以上で年齢×10」と定義していること、対象が非高確率またはPE-unlikelyの外来患者で、従来の固定カットオフが500 µg/Lの高感度測定系を用いていること、500 µg/Lを超えて年齢調整値を下回った患者をCT肺動脈造影なし・無治療で3か月追跡した失敗率が331例中1例(0.3%、95%CI 0.1〜1.7)だったこと、75歳以上の非高確率例でPEを除外できた割合が6.4%から29.7%へ増えたことを確認した。閲覧 2026-09-21
  2. 2.2026 AHA/ACC/ACCP/ACEP/CHEST/SCAI/SHM/SIR/SVM/SVN Guideline for the Evaluation and Management of Acute Pulmonary Embolism in Adults: A Report of the American College of Cardiology/American Heart Association Joint Committee on Clinical Practice Guidelines(American Heart Association / American College of Cardiology・2026)急性PEのA〜E臨床カテゴリー、年齢調整Dダイマー、抗凝固薬の選択・期間、高度治療、退院後1年間のCTEPD監視閲覧 2026-08-03
  3. 3.2019 ESC Guidelines for the diagnosis and management of acute pulmonary embolism developed in collaboration with the European Respiratory Society (ERS): The Task Force for the diagnosis and management of acute pulmonary embolism of the European Society of Cardiology (ESC)(European Society of Cardiology / European Respiratory Society・2019)大学リポジトリが公開している誌上版PDF全文(Eur Heart J 41巻543-603頁)で確認した。急性PEを高リスク・中間高リスク・中間低リスク・低リスクへ層別化すること、推奨表で「中間リスクまたは低リスクPEへのルーチンの一次全身血栓溶解は推奨されない」(Class III、レベルB)、「抗凝固中に血行動態が悪化した患者には救済的血栓溶解が推奨される」(Class I、レベルB)、その代替として外科的塞栓摘除術または経皮的カテーテル治療を考慮する(Class IIa、レベルC)と分かれていること、慢性期は「すべてのPE患者に3か月以上の治療的抗凝固」(Class I、レベルA)を土台に、大きな一過性・可逆性の危険因子による初回例は3か月で中止(Class I、レベルB)、可逆性の誘因によらない再発例と抗リン脂質抗体症候群(後者はビタミンK拮抗薬)は無期限(いずれもClass I、レベルB)と書き分けられていること、直接作用型経口抗凝固薬は重度腎機能障害・妊娠授乳・抗リン脂質抗体症候群では推奨されない(Class III)ことを確認した。閲覧 2026-09-21