薬理学

薬理学 · Core71

薬剤性有害反応:性機能障害

Core71: Drug-induced adverse reaction: sexual dysfunction

前提:正常
性成熟の内分泌生理学・男性生殖生理学副交感神経および交感神経の遠心性機構
応用トピック
抗精神病薬モノアミン再取り込み阻害薬α受容体拮抗薬β受容体拮抗薬アンドロゲン・蛋白同化ステロイド・抗アンドロゲン薬・性機能作用薬抗がん薬IV(ホルモン薬)脂質代謝に作用する薬・体重管理薬

🧠 全体像:薬剤性のは、・勃起・・という性反応の4つの段階のうちどれかが壊れる形で現れる。⭐ 段階ごとに「犯人になりやすい系統」が違うのが覚えどころで、SSRI/SNRIはと、抗精神病薬はを介した、は、・β遮断薬は勃起、経口避妊薬はと、スタチンは古典的にの原因薬として挙げられてきた。⚠️ ただし「=」「スタチン=」という単純な対応は、で確かめると崩れる部分がある。実測されたをプラセボ群のと並べて、薬そのものの効果と、思い込み(ノセボ)や背景疾患の寄与を分けて読むのがこのトピックの本質である。

性反応のどの段階が壊れるか

を薬剤名で丸暗記すると応用が利かない。「この薬は性反応のどの段階に触れるか」で整理すると、機序から症状が導ける。

flowchart TD
  A["性反応の段階"] --> B["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='libido'>性欲</span>"]
  A --> C["勃起・膣潤滑"]
  A --> D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='ejaculation'>射精</span>"]
  A --> E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='orgasm'>オーガズム</span>"]
  B --> B1["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='SSRI/SNRI'>セロトニン過剰</span><br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='hyperprolactinemia'>高プロラクチン血症</span>(D2遮断薬)<br>テストステロン低下<br>(オピオイド・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='spironolactone'>スピロノラクトン</span><br>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='5-alpha-reductase inhibitor'>5α還元酵素阻害薬</span>)"]
  C --> C1["血管内容量・血行動態の変化<br>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='thiazide diuretics'>サイアザイド系利尿薬</span>)<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='corpus cavernosum'>陰茎海綿体</span>の血流・NO系への影響"]
  D --> D1["α1受容体の遮断<br>→ <span class='jp-term jp-term-diagram' title='ejaculation'>射精</span>量低下・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='retrograde ejaculation'>逆行性射精</span>"]
  E --> E1["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='SSRI/SNRI'>セロトニン過剰</span><br>→ <span class='jp-term jp-term-diagram' title='orgasm'>オーガズム</span>遅延・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='anorgasmia'>無オーガズム症</span>"]

主な症状

  • 。
  • ()。
  • 。
  • 。
  • (・量低下・)。
  • (性交疼痛症)。

💡 男性では勃起・という目に見える事象があるため訴えが拾われやすいが、女性の・膣潤滑不全・はしなければ表に出てこない。薬剤性を疑うなら、性別を問わず段階ごとに聞く。

原因薬

例 主に障害される段階 機序とエビデンス
SSRI/SNRI 、、 ・(勃起も) による・遅延・。専用で系統的にすると59.1%1。⚠️ 中止後も症状が続く例(PSSD)が2019年に添付文書へ反映された2
抗精神病薬(D2拮抗薬) など のD2遮断 → → 拍動抑制 → /低下 → 。女性では・無月経、男性ではを伴いうる
系・ 、クロルタリドン(類似薬) 勃起 TOMHSで検証された5剤のうち、でのがを有意に上回ったのはクロルタリドンだけだった(24か月で17.1%対8.1%)。⚠️ ただし48か月まで追うと差は有意でなくなる3。TOMHSが検証したのはクロルタリドンであり、を直接検証した試験ではない
β遮断薬 、アセブトロール 勃起 古典的にの原因薬とされる。⚠️ 試験ではアセブトロールのはプラセボ群と同程度3。同一のでも副作用を説明された群31.2%対伏せた群3.1%と、ノセボ効果の寄与が大きい4
、 ・・のα1収縮を抑え、量低下・・無を起こす。⚠️ 勃起に関してはむしろ悪くしない——TOMHSでは群のが5群中最も低かった3
・勃起 の遮断とテストステロン合成阻害という。男性では・、女性ではを伴いやすい
、 ・勃起・ 産生の抑制。中止後も持続する例(PFS)の存在は論争中5
オピオイド 、モルヒネ ・勃起 視床下部の分泌抑制による続発性。慢性使用者(統合対象の99.5%が男性)の63%にがみられる6
還元酵素阻害薬(スタチン) 、など (勃起) 授業資料では・の原因薬として挙げられ、テストステロン合成低下が機序として想定される。⚠️ のでは逆にIIEF-5が3.4点改善しており7、少なくとも勃起機能についてとして悪化させるとは言えない
経口避妊薬 ・膣潤滑 の抑制に加え、(SHBG)の増加でが下がる。・膣乾燥・

「薬のせい」をどこまで言えるか

⚠️ は加齢・高血圧・糖尿病・動脈硬化・うつ病そのものによっても起こる。薬剤を犯人にする前に、この3つを分けて考える。

分けたいもの 手がかり 代表的な実測値
薬の 、中止・減量での改善、系統に特有の症状パターン クロルタリドンは8.1%に対し17.1%(24か月)3
ノセボ(副作用の予期) 同一薬でも説明の仕方でが変わる で3.1%→15.6%→31.2%4
背景疾患・加齢 投与前からの症状、血管危険因子の集積 TOMHSではベースラインで男性の12.2%に勃起の問題3

⭐ TOMHSのは逐語で「プラセボ群と大半の群でのが同程度であることは、勃起の問題をのせいだと機械的に帰属することを戒める」である3。だからといって訴えを否定しない——薬を替えて改善するなら、その患者にとっては薬剤性である。

💡 の数字は「どう測ったか」で大きく変わる。 自発報告に頼ると大幅な過小評価になり、専用で全例に系統的に聞けば抗うつ薬全体で59.1%になる——この差こそが同研究のである1。⚠️ 文献の数値を比べるときは、自発報告か系統的かを必ず確かめる。

中止後も残る型

⚠️ PSSD(post- sexual dysfunction=中止後)はの上すでに正式なである。 2019年5月のPRAC勧告は、(・・・・・)と(デス・・・)のSmPC第4.4節に「の症状を来しうる。中止後も症状が続いたという長期化したの報告がある」という趣旨の文言を置くことを求めた2。⚠️ とはシグナル評価の対象にはなったが、この添付文書改訂の勧告対象には含まれていない。

⚠️ 上のがあることは「頻度が分かっている」ことを意味しない。勧告の文言は「そうした報告がある」という形をとり、発生頻度の区分を与えていない。患者に説明するときは「起こりうると当局が認めた事象であり、頻度は不明」という形で伝える。

💡 にも同型の議論がある。 (・)は・と関連し、中止後も持続するpost-finasteride syndrome(PFS=後症候群)の存在については医学界で論争が続いている5。⚠️ 「実在しない」とも「確立した症候群である」とも断定しない。

重要機序

  • はとを障害しうる。を介した抑制と、下流でのドパミン・(NO)系の抑制が想定されている。
  • D2遮断 はでプロラクチンの抑制を外し、 → 拍動の抑制 → /低下 → 性腺ステロイド低下という順でを抑える。
  • 血管内容量・血行動態の変化 はへの灌流を落とし、勃起機能を悪化させうる。
  • α1遮断 は古典的にと関連する。勃起ではなくの障害である点が鑑別の鍵になる。
  • アンドロゲンの低下(オピオイド・・)はを先に落とし、勃起がそれに続く。

まとめ

  • = + 。系統的にすると抗うつ薬全体で59.1%と高頻度で、⚠️ 中止後も残るPSSDはのSmPC第4.4節に記載されている。
  • 抗精神病薬 = 関連の機能障害。D2遮断 → プロラクチン上昇 → /低下 → という順で辿る。
  • = 。量低下・が主で、⚠️ 勃起はむしろ悪くしない。
  • β遮断薬/ = 。⚠️ ただしで確かめられているのは類似薬クロルタリドン(24か月で17.1%対8.1%、48か月では差が消える)であり、β遮断薬アセブトロールはと同程度でノセボ効果の寄与が大きい。
  • 段階(・勃起・・)で整理すると、機序から症状を導ける。・・オピオイドはアンドロゲン低下という共通の入口をもつ。
  • ⚠️ スタチンをの原因薬として断定しない。のではIIEF-5が3.4点改善している。

出典

  1. 1.Incidence of sexual dysfunction associated with antidepressant agents: a prospective multicenter study of 1022 outpatients(The Journal of Clinical Psychiatry・2001)性機能に問題のなかった抗うつ薬服用中の外来患者1,022例に専用質問票(Psychotropic-Related Sexual Dysfunction Questionnaire)を用いて系統的に問診した前向き多施設研究で、抗うつ薬全体の性機能障害発生率が59.1%(604/1022)に達し、パロキセチン70.7%・シタロプラム72.7%・ベンラファキシン67.3%・フルオキセチン57.7%・セルトラリン62.9%であった一方、ミルタザピン24.4%・ネファゾドン8%と機序の異なる薬剤では低かったこと、自発報告による推計は過小評価であり系統的な質問票が必要と結論したことを確認した閲覧 2026-08-27
  2. 2.New product information wording – Extracts from PRAC recommendations on signals: Serotonin and noradrenaline reuptake inhibitors (SNRI); selective serotonin reuptake inhibitors (SSRI) – Persistent sexual dysfunction after drug withdrawal(European Medicines Agency(PRAC、EMA/PRAC/265221/2019、EPITT no 19277)・2019)PDF全文(3頁)を取得して確認した。2019年5月13-16日のPRAC会議で採択され6月11日公表予定とされた勧告で、SmPCの第4.4節(Special warnings and precautions for use)に見出し Sexual dysfunction を置き、逐語「Selective serotonin reuptake inhibitors (SSRIs)/serotonin norepinephrine reuptake inhibitors (SNRIs) may cause symptoms of sexual dysfunction (see section 4.8). There have been reports of long-lasting sexual dysfunction where the symptoms have continued despite discontinuation of SSRIs/SNRI.」を追加することを求めたこと。患者向け添付文書にも逐語「In some cases, these symptoms have continued after stopping treatment.」を置くこと。対象はSNRIがデスベンラファキシン・デュロキセチン・ミルナシプラン・ベンラファキシン、SSRIがシタロプラム・エスシタロプラム・フルオキセチン・フルボキサミン・パロキセチン・セルトラリンであること。⚠️ 脚注4は逐語「Clomipramine and vortioxetine were part of the signal assessment but are not concerned by the recommendation to update the product information.」=クロミプラミンとボルチオキセチンはシグナル評価の対象ではあったが添付文書改訂の勧告対象ではないと明記している。閲覧 2026-09-22
  3. 3.Long-term Effects on Sexual Function of Five Antihypertensive Drugs and Nutritional Hygienic Treatment in Hypertensive Men and Women(Hypertension(American Heart Association)・1997)PubMed(PMID 9039073)の抄録で確認した。軽症高血圧902例(男性557・女性345、45〜69歳)をプラセボまたはアセブトロール・アムロジピン・クロルタリドン・ドキサゾシン・エナラプリルへ無作為に割り付けた二重盲検試験(TOMHS)で、逐語「Participants randomized to chlorthalidone reported a significantly higher incidence of erection problems through 24 months than participants randomized to placebo (17.1% versus 8.1%, P = .025)」=クロルタリドン群だけが24か月時点でプラセボ群より有意に勃起障害の発生率が高かったこと。逐語「Incidence rates through 48 months were more similar among treatment groups than at 24 months, with nonsignificant differences between the chlorthalidone and placebo groups」=48か月時点では差が有意でなくなること。逐語「Incidence for acebutolol, amlodipine, and enalapril groups was similar to that in the placebo group」=β遮断薬アセブトロールを含む3剤はプラセボ群と同程度だったこと。逐語「Incidence was lowest in the doxazosin group but was not significantly different from the placebo group」=α遮断薬ドキサゾシン群がむしろ最も低かったこと。結論は逐語「Similar incidence rates of erection dysfunction in placebo and most active drug groups caution against routine attribution of erection problems to antihypertensive medication」であること。女性での性機能の訴えはどの群でも少なく群間差を認めなかったこと。閲覧 2026-09-22
  4. 4.Report of erectile dysfunction after therapy with beta-blockers is related to patient knowledge of side effects and is reversed by placebo(European Heart Journal・2003)新規に心血管疾患と診断された勃起機能に問題のない男性96例を対象に、同一のアテノロール50mgを服用させつつ薬剤名の告知・副作用情報の告知を段階的に変えた二相クロスオーバー試験で、3か月後の勃起障害発生率が薬剤を伏せた群3.1%、薬剤名のみ告知した群15.6%、性機能への副作用まで説明した群31.2%(p<0.01)であり、副作用の知識・思い込みが不安を介して勃起障害の訴えを増やしうることを確認した閲覧 2026-08-27
  5. 5.Post-finasteride syndrome: a surmountable challenge for clinicians(Fertility and Sterility・2020)フィナステリド・デュタステリドの使用が性機能障害と関連し一部の男性で年齢・用量・使用期間によらず持続しうること、抑うつ・不安・自殺念慮の増加も複数の研究で報告されていること、既存の臨床試験の多くが有害事象の評価・報告が不十分であるという限界を持つことを確認したうえで、著者はpost-finasteride syndrome(PFS)が実在する臨床像であるという立場を取っていること(この症候群の存在自体は医学界で論争が続いていること)を確認した閲覧 2026-08-27
  6. 6.Opioids and Their Endocrine Effects: A Systematic Review and Meta-analysis(The Journal of Clinical Endocrinology & Metabolism・2020)Europe PMC(PMID 31511863)の抄録全文で確認した。2018年5月8日までの8データベースを検索し52研究・18,428例を統合した系統的レビュー・メタ解析で、逐語「Prevalence of hypogonadism was 63% (95% CI: 55%-70%, 15 studies, 3250 patients, 99.5% males)」=性腺機能低下の有病率が63%(対象の99.5%が男性)であること。副腎機能低下の有病率が15%(動的・非動的試験を含む5研究205例。インスリン負荷試験に限ると24%)であること。7研究中5研究で高プロラクチン血症を認めたこと。最も多く使われていたオピオイドはメサドン、次いでモルヒネであること。結論は逐語「Hypogonadism occurs in more than half of male opioid users, and hypocortisolism in approximately one-fifth of all patients. Periodical evaluation of at least the gonadal and adrenal axes is therefore advisable.」であること。閲覧 2026-09-22
  7. 7.The Effect of Statins on Erectile Dysfunction: A Meta-Analysis of Randomized Trials(The Journal of Sexual Medicine・2014)Europe PMC(PMID 24684744)の抄録全文で確認した。186件の文献から選んだ無作為化比較試験11件のランダム効果メタ解析で、逐語「IIEF increased by 3.4 points (95% CI 1.7-5.0, P = 0.0001) with statins compared to control」=国際勃起機能スコア5項目版(IIEF-5)がスタチン群で対照群より3.4点改善したこと。効果は出版バイアス検定・累積メタ解析・1件ずつ除外する感度分析でも残ったこと。結論は逐語「Statins cause a clinically relevant improvement of erectile function as measured by the five-item version of the IIEF」=スタチンは勃起機能を臨床的に意味のある程度に改善する、であること。改善幅はPDE5阻害薬で報告された値の1/3〜1/2で、生活習慣改善より大きいこと。脂溶性が低いスタチンほど効果が大きいというメタ回帰の結果が得られたこと。対象は勃起障害をもつ男性が中心で、平均年齢58歳・計647例であること。閲覧 2026-09-22