病態生理学

病態生理学 · 1-10

糖尿病の細小血管合併症

Microvascular complications of diabetes mellitus

応用トピック
糖尿病の皮膚症状糖尿病患者と合併症の管理糖尿病性神経障害の症状と病態機序体性神経障害の診断のための診察法糖尿病性自律神経障害の検査;Ewingテスト糖尿病の血管機能:レーザードップラー/TcPO2 — 加温反応糖尿病の血管機能:レーザードップラー/TcPO2 — 反応性充血肥満・糖尿病 症例1腎疾患 症例4腎疾患 症例5
疾患
黄斑浮腫糖尿病性筋梗塞糖尿病性腎症網膜前膜
症状
飛蚊症
検査値
心拍変動検査
画像所見
蛍光眼底造影硬性白斑静脈数珠状拡張軟性白斑嚢胞様黄斑浮腫網膜内細小血管異常

🧠 は「内皮が高血糖の毒を一身に浴びる」病気。 内皮はグルコースを貯められず素通りさせるため、過剰なグルコース→ミトコンドリアの→で内皮が壊れる。標的は3つ:目()・腎(腎症)・神経(神経障害)。だから治療の土台はだが、・腎症の進行には血圧・脂質も関わり、腎症ではに RAS 阻害薬や 阻害薬などの臓器保護薬をする。

糖尿病合併症 — 概観

急性代謝障害

  1. 低血糖(治療の副作用として起こる。インスリン・・グリニドが主な原因)
  2. /昏睡

慢性合併症

カテゴリ 症状
・腎症・神経障害
心疾患(、心筋梗塞)、脳血管(脳卒中・)、末梢/

高血糖による細小血管傷害

💡 なぜ内皮なのか: 内皮は実質に栄養を渡すためグルコースをに素通りさせ、輸送体を下げて自衛できない。しかも依存。結果、過剰なグルコースをまともに浴びてを量産する。

flowchart TD
  HG["高血糖"] --> SO["ミトコンドリアの<span class='jp-term jp-term-diagram' title='superoxide'>スーパーオキシド</span> → 代替酸化経路 → <span class='jp-term jp-term-diagram' title='reactive oxygen species (ROS)'>活性酸素種</span>(ROS)+<span class='jp-term jp-term-diagram' title='advanced glycation end products (AGEs)'>糖化最終産物</span>"]
  SO --> ED["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='endothelial injury'>内皮傷害</span>/死 → 血管機能障害(網膜細胞増殖→<span class='jp-term jp-term-diagram' title='retinopathy'>網膜症</span>)"]
  SO --> NO["ROSがNOを消費 → 血管拡張↓"]
  SO --> PC["炎症(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='tumour necrosis factor'>TNF</span>,IL-1) → <span class='jp-term jp-term-diagram' title='procoagulant state'>凝固促進状態</span>(<span class='jp-term jp-term-diagram' title='tissue factor'>組織因子</span>↑・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='heparan'>ヘパラン</span>↓・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='thrombomodulin'>トロンボモジュリン</span>↓)"]
  SO --> IM["免疫抑制"]
  ED --> TX["⇒ 標的:<span class='jp-term jp-term-diagram' title='retinopathy'>網膜症</span>・腎症・神経障害"]
  • 内皮はグルコースを素通り→貯蔵不可、依存。高血糖→→/死。ミトコンドリアの産生そのものを遮断する手段は無いので、上流の高血糖を下げるが治療の土台になる。ただし個々の合併症の進行には、高血圧・脂質異常など血糖以外の因子も関わる(各節を参照)。
  • 標的になる細胞は合併症ごとに違う:は微小血管の内皮細胞、腎症は、神経障害は末梢で軸索を養う Schwann 細胞。
  • 💡 (径200 µm未満)で問題になるのは組織の灌流量そのものより実質への栄養の輸送であり、傷害は主にによる。内皮が機能不全に陥ると、その先の実質が二次的に傷つく。臨床的に見えてくるのは臓器障害や血管機能障害が出てからで、発端のの段階は症状を出さない。

糖尿病性網膜症

  • 通常最初に臨床的に認識される傷害。主因=不良な。成人の失明の主要原因のひとつ(講義の値では、重症型が糖尿病患者の約30%に及び、が十分でも多くの患者は経過中に軽症のを持つ)。
  • 危険因子: と慢性高血糖に加え、腎症・高血圧・ものリスクと関連する。厳格なはな無作為化試験での発症・進行を予防・遅延させた1。
  • 病態: 高血糖 → → 破綻。
    • 閉塞の背後(圧↑):
      • (の梗塞)
      • (脂質漏出)
      • 点状・
    • 前方(): VEGF↑ → 血管新生()。
  • さらに:
  • ⚠️ 急に下げると一時的に悪化しうる。 受容体作動薬などで治療を強化してが急速に下がるとの初期悪化と関連するため、治療強化の際はの状態を評価する1。
  • ⭐ スクリーニング間隔: 初回の総合は2型糖尿病では診断時、成人の1型糖尿病では発症(診断)から5年後に行う。以後は、年1回以上の検査での所見が無く、かつ血糖指標が目標範囲内なら1〜2年ごとを考慮してよいが、何らかの程度のがあれば少なくとも年1回、進行性または視力を脅かすではさらに頻回の検査を要する1。
    • 💡 開始時期が病型で違うのは、2型は診断前にの高血糖期間があり診断時点で既にを持ちうるのに対し、1型は高血糖の発症時期がはっきりしており、が出るまでに少なくとも5年かかるため。

糖尿病性腎症

💡 順番のヒント:通常が腎症に先行する。

  • 3徴:
    • 蛋白尿()
    • GFR↓
    • 高血圧
    • 💡 高血圧の出方は病型で違う:1型では多くが腎症の結果として現れ、2型では糖尿病の診断時点ですでに存在することが多い。
  • ~30%(T1)、~40%(T2。糖尿病以外の原因も混じる)。
  • 蛋白尿仮説: は軽度から高度へ悪化していく。 はまず↑()、その後蛋白尿悪化で↓。
  • 蛋白尿の原因: → ↑ → 傷害 → 損傷 → → 糸球体/尿細管喪失 → 残ったの負荷↑+瘢痕 → 。
  • 蛋白尿が多いほど腎傷害は重く、蛋白尿を減らすこと自体に腎保護の意味がある。では心血管リスクも上がる(講義は主因としてを挙げる)。

⚠️ 重症度の表し方は、国際()と日本で2通りある。 KDIGO はと共通の区分(G)×区分(A)の組み合わせ(“heat map”)で評価し、区分を A1「正常〜軽度増加」・A2「中等度増加」・A3「高度増加」と呼ぶ2。一方、日本の2023は第1〜5期の枠組みを維持したまま病期名を改め、評価の際には (G×A)も併記することが望ましいとしている3。💡 つまり「」は の区分名からは外れたが、日本の病期名(期)には残っている。

区分() (、mg/gCr) の名称 日本の病期( 30以上のとき)
A1 30未満 正常〜軽度増加 正常期(第1期)
A2 30〜300(日本のは30〜299) 中等度増加 期(第2期)
A3 300超(日本は300以上、または0.5 g/gCr以上) 高度増加 期(第3期)

日本のでは、 30未満はの程度を問わず「高度低下・期(第4期)」、透析療法中・腎移植後は「期(第5期)」になる。⚠️ は必ずしも第1期から順に第5期へ進むわけではなく、正常期であってもの存在は否定されない3。

区分はG1(90以上)〜G5(15未満)の6区分で、と共通。同じでもが低いほど、同じでもが高いほど腎不全・心血管イベントのリスクが高い。

  • 治療の柱: 血糖・と(・のため。浮腫が強ければ利尿薬を併用する)を土台にする。 2024 はその上に、次の薬をそれぞれの条件で積み上げる形で推奨している(括弧内の格付けは、数字が推奨の強さ=1「推奨する」・2「提案する」、英字がエビデンスの確実性)2。
    • RAS阻害薬(阻害薬またはII受容体拮抗薬):糖尿病があり中等度〜高度(A2・A3)ので開始を推奨(1B)。承認最大量のうちできる量まで用い、阻害薬・・直接レニン阻害薬の併用は避ける(1B)。
    • 阻害薬:2型糖尿病・・ 20以上で推奨(1A)。
    • ():2型糖尿病で 25超・血清K正常、かつ最大量の RAS 阻害薬を使っても(30 mg/g超)が残る場合に提案(2A)。
    • 長時間作用型受容体作動薬:と 阻害薬を使っても個別の血糖目標に届かない、またはそれらを使えない2型糖尿病・で推奨(1B)。⚠️ この推奨の条件は血糖目標の未達であって、の残存ではない。
    • 💡 講義の段階別の整理(正常でなし→、の出現→阻害薬/、へ進行→・利尿薬)は RAS 阻害薬までの古典的な骨格で、現在はその上に上記の薬が加わる。
    • ⚠️ とRAS阻害薬はいずれもを起こしうる。 は RAS 阻害薬の開始・増量後2〜4週以内に血圧・・血清Kを確認し、では血清Kが一貫して正常な人を選んで開始後も定期的に監視するよう求めている2。

糖尿病性神経障害

  • 長い末梢神経(脚/足)、体性&。症状は四肢の遠位から出る。は1型・2型とも約30%。
  • ⭐ 評価の時期: 末梢神経障害は2型では診断時から、1型では診断から5年後から、少なくとも年1回評価する1。
  • 病型:
  • ⚠️ とを短絡しない。 交感神経の症状(・発汗・振戦)が乏しくなるは、重症低血糖にいきなり至る危険がある。ただし ADA は、低血糖への反応の障害がをもたらすことはあってもと直接には結びついていないとしており1、背景としてはの長さや低血糖の反復が挙げられている4。
  • 病態: +傷害+。
    • ① 高血糖 → 内皮・Schwann への → 神経血流破綻
    • ② 喪失 → 二次性
    • ③ 破綻
    • 講義は、・傷害・の3つが同じ比重で関わるとし、や灼熱感はおそらく衛星の活性化による、としている。

血糖目標

  • 代謝異常の是正が糖尿病治療の中心で、が優先度#1。心血管リスクを下げる介入(血圧・脂質など)で補完する。
  • 厳格なはを減らし、も減らす傾向がある。⚠️ ただし「下げるほど良い」ではない。 心血管疾患または複数の危険因子をもつ、比較的高齢での長い2型糖尿病を対象にした ACCORD・ADVANCE・VADT では、介入終了時に心血管複合イベントの有意な減少は示されず、ACCORD は強化療法群でが多かったため中央値3.5年で早期中止された4。これらの試験は 受容体作動薬や 阻害薬の登場前に主としてインスリンなどで血糖を下げたもので、ADA は ACCORD の強化療法のとして、治療の急速な強化・早期からの大量のインスリン・大幅な体重増加・頻回の低血糖を挙げている4。

まとめ

項目 押さえる点
共通の機序 内皮はグルコースを素通りさせる → ミトコンドリアの → ・ → から実質の二次傷害へ
通常最初に認識される。閉塞の背後は・・出血、前方は低酸素 → → 血管新生。初回は2型で診断時・成人の1型で5年後、以後は所見と血糖指標に応じて1〜2年ごと〜年1回以上
腎症 蛋白尿()・低下・高血圧。 は G×A、日本は2023(第1〜5期)に を併記。RAS 阻害薬を土台に 阻害薬・・ 受容体作動薬をそれぞれの条件で
神経障害 長い神経の遠位から。・Schwann 細胞傷害・。評価は2型で診断時・1型で5年後から年1回。はと直接には結びつかない
血糖目標 が土台だが、ACCORD では強化療法群のが多く早期中止された

出典

  1. 1.12. Retinopathy, Neuropathy, and Foot Care: Standards of Care in Diabetes—2026(American Diabetes Association・2026)PMC12690177で全文を閲覧した(diabetesjournals.orgは403)。推奨12.3が成人の1型糖尿病の初回散瞳総合眼底検査を発症から5年後(解説文は「診断から5年後」とし、高血糖の発症から網膜症出現まで少なくとも5年を要すると推定されるためとする)、12.4が2型糖尿病では診断時(診断前に無自覚の高血糖が何年も続き診断時点で網膜症を持つリスクがあるため)とすること。12.5が、年1回以上の検査で網膜症の所見が無く血糖指標が目標範囲内なら1〜2年ごとのスクリーニングを考慮してよい(may be considered)、何らかの程度の網膜症があれば少なくとも年1回、進行性または視力を脅かす網膜症ではさらに頻回とすること。罹病期間のほか慢性高血糖・腎症・高血圧・脂質異常症が網膜症のリスクと関連し、厳格な血糖管理が大規模前向き無作為化試験で網膜症の発症・進行を予防・遅延させたこと、GLP-1受容体作動薬などで治療を強化する際はHbA1cの急速な低下が網膜症の初期悪化と関連するため網膜症の状態を評価すべきとしていること。推奨12.17が末梢神経障害の評価を2型は診断時から・1型は診断から5年後から少なくとも年1回とすること、自律神経障害の節が「1型・2型糖尿病における低血糖への拮抗調節反応の障害は低血糖無自覚をもたらしうるが、自律神経障害と直接には結びついていない」と明記していることを確認した。閲覧 2026-08-14
  2. 2.KDIGO 2024 Clinical Practice Guideline for the Evaluation and Management of Chronic Kidney Disease(KDIGO・2024)KDIGO公式サイトのPDF全文(Kidney International 2024;105(4S):S117–S314)で確認した。CKDの重症度をGFR区分(G1〜G5)×アルブミン尿区分(A1 30 mg/g未満「正常〜軽度増加」、A2 30〜300「中等度増加」、A3 300超「高度増加」)のheat mapで評価すること。推奨3.6.3が糖尿病を伴う中等度〜高度アルブミン尿(G1〜G4、A2・A3)のCKDでRAS阻害薬の開始を推奨し(1B)、3.6.4がACE阻害薬・ARB・直接レニン阻害薬の併用を避けるよう推奨し(1B)、3.7.1が2型糖尿病・CKD・eGFR 20以上でSGLT2阻害薬を推奨し(1A)、3.8.1が2型糖尿病でeGFR 25超・血清K正常・最大忍容量のRAS阻害薬下でもアルブミン尿(30 mg/g超)が残る成人に非ステロイド型MRAを提案し(2A)、3.9.1がメトホルミンとSGLT2阻害薬を使っても個別の血糖目標に届かない、またはそれらを使えない2型糖尿病・CKDの成人に長時間作用型GLP-1受容体作動薬を推奨する(1B)こと。格付けは数字が推奨の強さ(Level 1「We recommend」、Level 2「We suggest」)、英字がエビデンスの確実性(A〜D)である。実践ポイント3.6.2がRAS阻害薬の開始・増量後2〜4週以内の血圧・血清クレアチニン・血清Kの確認を、3.8.3が非ステロイド型MRAでは血清Kが一貫して正常な人を選び開始後に定期的に監視することを求めている。閲覧 2026-08-14
  3. 3.糖尿病性腎症病期分類2023の策定(糖尿病性腎症合同委員会・糖尿病性腎症病期分類改訂ワーキンググループ(日本透析医学会雑誌 56巻11号)・2023)J-STAGEのPDF全文で確認した。2014年分類の各病期のUACR・eGFR値は変えず、病期名を「正常アルブミン尿期(第1期)」(UACR 30 mg/g未満)、「微量アルブミン尿期(第2期)」(30〜299)、「顕性アルブミン尿期(第3期)」(300以上または尿蛋白/クレアチニン比0.5 g/g以上)、第1〜3期はいずれもeGFR 30以上、「GFR高度低下・末期腎不全期(第4期)」(UACR・UPCRを問わずeGFR 30未満)、「腎代替療法期(第5期)」(透析療法中あるいは腎移植後)へ改めたこと。注1が、糖尿病性腎症は必ずしも第1期から順次第5期まで進行するものではなく、評価の際には腎症病期とともにCKD重症度分類も併記することが望ましいとし、注2が正常アルブミン尿期は糖尿病性腎症の存在を否定するものではないとしていることを確認した。閲覧 2026-09-24
  4. 4.6. Glycemic Goals, Hypoglycemia, and Hyperglycemic Crises: Standards of Care in Diabetes—2026(American Diabetes Association・2026)PMC12690178で全文を閲覧した(diabetesjournals.orgは403)。ACCORD・ADVANCE・VADTは比較的高齢で罹病期間が長く(平均8〜11年)、心血管疾患または複数の心血管危険因子をもつ参加者で行われ、いずれも介入終了時に心血管複合イベントの有意な減少を示さなかったこと、ACCORDは強化療法群で全死亡(とくに心血管突然死)が多かったため中央値3.5年で早期中止されたこと、ADVANCEとVADTでは強化血糖管理で腎症がわずかに減ったこと、これらの試験はGLP-1受容体作動薬・SGLT2阻害薬などの承認前に主としてインスリンなどで血糖を下げていたこと、ACCORDの追跡(ACCORDION)では通常治療へ戻したのち9年の時点で全死亡の差が無くなったこと。低血糖無自覚は低血糖時に典型的な拮抗調節ホルモンの放出や症状が起こらない状態と定義され、罹病期間の長い人や低血糖を繰り返す人でしばしば起こることを確認した。閲覧 2026-09-24