呼吸器学

呼吸器学 · 08

咳嗽

Cough

前提:正常
呼吸器:気道部(線毛・杯細胞・粘液クリアランス)
症状
咳

ポッドキャスト

🧠 全体像:咳嗽は分泌物・異物・刺激物を排除するである。持続期間、乾性/湿性、随伴症状、薬剤・喫煙・曝露から原因を絞り、喀血や異物、肺炎、悪性腫瘍などを見逃さない。

分類と反射弓

期間 定義 代表原因
急性 3週未満 ウイルス性、、肺炎、喘息、異物、PE
亜急性 3〜8週 感染後咳嗽、百日咳、喘息
慢性 8週超1 、喘息、、GERD、阻害薬、COPD、ILD、癌

⚠️ この週数は「誰の定義か」とセットでしか意味を持たない。 急性の「3週未満」はのNG120が置く定義だが、同じ文書はを「通常3〜4週以内に軽快する」とし、平均18日・ときに29日(4週超)に及ぶとも書き、受診を勧める目安も「3〜4週で改善しないとき」に置いている。つまり3週は定義上の線であって、越えたら異常という経過上の境界ではない。2 慢性の線を8週に置いているのは、本ノートが引いているBTSの臨床ステートメントである1。週数だけを覚えず、どの資料の定義かを添えて覚える。

反射弓

咳は4つの相からなる——→ 短く深い吸気(inspiration)→ を閉じたまま呼気筋が収縮してを高める(compression)→ が開いて一気に呼出する(expulsion)。この相があるからこそ、開放時に分泌物を運び出せる高流速が生まれる。

構成要素 内容
受容体 神経終末の・TRPA1などが刺激性・侵害性・機械的刺激を感知する。ATPで開くP2X3チャネルも気道神経を活性化し、ATPは細胞傷害・炎症・感染で放出される
咳を媒介する迷走神経線維は・・喉頭・中枢気道を支配する。迷走神経が支配する外耳道()と食道も咳の感受性に関与する。・三叉神経も上気道からの入力を運ぶ
中枢 橋〜延髄の
迷走神経(喉頭)、、・腹筋への脊髄を協調させる

⭐ 上気道の病気がなぜ咳を起こすのかは、中枢での神経の収束で説明される。 三叉神経と迷走神経のが中枢の咳経路で収束することが、上気道疾患と性を結ぶ機序と考えられている。「が喉に垂れて物理的に刺激する」という説明だけでは足りない。1

気道のどの高さで何が起きるか

部位 代表疾患 咳とのつながり
鼻腔・副鼻腔 鼻炎、副鼻腔炎 三叉神経入力が中枢で迷走神経経路と収束する
中耳・外耳道 中耳炎、外耳道の刺激 迷走神経のを介する
咽頭・扁桃 咽頭炎、扁桃炎 ・迷走神経が支配する
喉頭・気管・気管支 、、気管支炎 迷走神経の直接支配領域。が最も密である
肺胞 肺炎 肺胞自体には乏しく、気道への分泌物・炎症の波及で咳が出る

病原体と痰

急性気道感染の多くはウイルス性である(授業では約85%と示されている)。、、、SARS-CoV-2、などがあり、の大半はウイルス性が一過性の性を起こしたものと理解される。多くは7〜10日で軽快するが、数週間続くこともある。1細菌性では 肺炎球菌、、、では Mycoplasma pneumoniae、Chlamydia pneumoniae、Legionella pneumophila などをから考える。痰のだけでは細菌感染と断定できず、抗菌薬は診断・重症度・地域指針に基づく。

咳の性状 原因の例
急性湿性 、、肺炎
慢性湿性 、、結核、中枢性肺腫瘍
急性乾性 、炎、非定型肺炎、、喘息、PE、異物
慢性乾性 喘息、GERD、、阻害薬、心疾患、習咳嗽

💡 乾性・湿性の割り当ては固定ではない。 授業では同じ表を2枚続けて示し、症候群、咽頭炎・、異物、の4つを乾性の列から湿性の列へ移している。これらは「乾いた咳の原因」として覚えられがちだが、実際には喀痰を伴いうる。逆に肺腫瘍のように両方の列に現れる病態もある。性状は入口の手がかりであって、病名を決める根拠にはならない。

問診とレッドフラッグ

  • 発症、期間、喀痰・喀血、、発作性咳、
  • 、アレルゲン、有害吸入、運動、臥位、昼夜差
  • 発熱・筋痛・・、眼、、、嚥下時むせ
  • 喫煙、阻害薬、喘息//GERD、感染・ワクチン歴、職業・旅行・結核曝露

喀血、体重減少、反復肺炎、安静時・夜間の強い呼吸困難、発熱、嚥下障害、嗄声、異常診察所見、画像異常、新規・変化した咳を伴う喫煙者では早急に評価する。

診察と検査

鼻腔・、咽頭、耳道、、喘鳴・、、を診る。成人のでは全例で胸部X線とを行い、血算と、利用可能ならFeNOも初期評価に加える。胸部X線と診察が正常なら胸部CTや気管支鏡を一律には行わず、、喀血、、異常所見、初期評価後も原因不明などの適応に絞る。では胸部X線を全例に行う必要はない。1 異物疑いでは気道確保を優先し、残存異物は気管支鏡で確認・摘出する。

flowchart TD
  A["咳嗽"] --> B{"喀血・呼吸不全・異物・重症感染?"}
  B -->|"はい"| C["緊急評価・画像・気道管理"]
  B -->|"いいえ"| D{"8週を超える?"}
  D -->|"いいえ"| E["感染後・喘息・百日咳などを評価"]
  D -->|"はい"| F["胸部X線・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='spirometry'>スパイロメトリー</span><br>薬剤/喫煙確認"]
  F --> G["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='upper airway cough syndrome, UACS'>上気道咳症候群</span>・喘息/好酸球性気管支炎・GERD"]
  G --> H["非典型例は<span class='jp-term jp-term-diagram' title='computed tomography'>CT</span>・喀痰・気管支鏡を検討"]

慢性咳嗽の枠組み:解剖学的診断から「治療可能な形質」へ

⭐ の考え方は、原因を1つ突き止める作業から、複数の形質を並べて扱う作業へ移った。 従来は「/喘息/逆流のどれか」を順に当てはめる解剖学的診断プロトコルが使われてきたが、多くの患者ではの過敏性そのものが一次的な障害であり、を治しても咳が残る。BTSは、「逆流咳嗽」「」と名前を付けるのではなく、(CC)/(RCC)という総称を使い、寄与している形質を列挙する書き方を勧めている——たとえば「逆流、阻害薬、肥満、性、を伴う」のように記載する。1

性症候群は、温度・機械的刺激・化学的刺激がわずかでも咳が誘発される状態を指す。・香水・会話などささいな曝露で始まる、、嗄声などのが手がかりになる。な検査法はなく、他を除外して診断する。の大半も、ウイルス性が一過性の性を起こしたものと理解される。1

治療可能な形質としては、気道、慢性(気道感染・)、逆流、上気道疾患、、、肥満、不安・抑うつ、そして性そのものを並べる。

⚠️ 授業資料との差:授業資料は咳を「乾性か湿性か × 急性か慢性か」で分類し、原因疾患を一覧で当てはめる形をとる。入口としては有用だが、この解剖学的診断プロトコルだけではの相当数が説明できない。現行のBTSは、原因を1つに絞れないこと自体を前提にし、性を「見落とされやすい治療可能な形質」として明示的に治療対象に加える。授業資料には性という概念そのものが登場しない。1

治療

原因治療と禁煙・原因薬中止・刺激曝露回避が基本である。禁煙直後は一時的に咳が増えることがあり、あらかじめ伝えておくと中断を防げる。1

  • 阻害薬:開始時期と咳の発症が離れていても原因候補とし、成人のでは中止して少なくとも4週間再評価する。改善に4週間以上かかることがあり、・治療が必要なら適応に応じてへ変更する。1
  • 抗菌薬:のNG120は、全身状態が著しく不良でなく合併症の高リスクでもない患者について、では「投与しない」、では「定型投与しない」と推奨の強さを書き分けている。で抗菌薬は全身状態を改善せず、症状の持続期間もほとんど変えない(咳を短縮しても平均約半日)一方、下痢・悪心の有害事象がある。全身状態が著しく不良なら即時処方、合併症の高リスク(心・肺・腎・肝・神経筋の重篤な併存症、免疫抑制、嚢胞性線維症、早産児、65歳超で所定の項目が2つ以上など)なら即時処方または処方を考える。肺炎を疑うときは肺炎の指針に、敗血症・肺塞栓症・肺癌など重篤な病態を示唆する所見があれば紹介・精査に切り替える。2
  • :原因治療を優先し、夜間のつらいなどに短期間だけ検討する。成人のについて、NG120の委員会はの根拠を「割れている(有益を示す試験と無効の試験の両方がある)」と評価し、は「咳症状への有益性は無い」としている。NG120が「試してよい自己治療」に挙げるのは12歳以上のだが、そこからを名指しで除外し、喘息などによる遷延する咳や分泌物の多い患者も対象外としている。眠気、呼吸抑制、依存、相互作用にも注意する。2
  • ・:・に伴うに、やカルボシステインなどのを投与しない。慢性の喀痰疾患では病態別適応を判断し、水分とを支援する。2
  • ・ステロイド:喘息などの基礎が無い患者では、・に伴うに経口・吸入のも、経口・吸入のステロイドも投与しない。2
  • 局所は気管支鏡前の抑制に用いる。
  • 蜂蜜などの粘膜被覆は、1歳以上の小児では何もしない場合・に比べ咳嗽頻度を減らす。3 成人でも症状緩和に用いられることがある。
  • を強く抑えると分泌物貯留を悪化させうる。

鎮咳・去痰薬の分類

で3つに分けると全体像が掴みやすい。ただし分類にあることと、使うべきことは別である。

分類 代表薬
中枢性・ 延髄の 、、エチルモルヒネ、ノスカピン
中枢性・非 同上(を介さない) 、、ペントキシベリン
末梢性・/分泌促進 の性状を変える グアヤコール、、サポニン、ヨウ素塩・アンモニウム塩、トコン
末梢性・ 喀痰のを下げる 、カルボシステイン、、
局所 受容体の麻酔・粘膜の被覆 、蜂蜜・トローチ

⚠️ 授業資料との差:授業資料はの筆頭にを挙げているが、は12歳未満の小児に使用しない。であるはでモルヒネへ変換され、では通常量でも重篤な呼吸抑制・死亡が起こりうるためである。後・後の鎮痛に用いる18歳未満、および授乳中の女性も同様に避ける。成人でも、に対する有効性は示されていない。トコン・ヨウ素塩・アンモニウム塩といった古典的も、現代の診療で有効性が確立した薬ではない。

慢性湿性咳嗽は乾性と分けて扱う

喀痰を伴うでは、鎮咳ではなく排出を助ける方向へ舵を切る。喫煙、気道感染、を含むを探し、の、基礎疾患の最適化、気道感染の治療、(例:カルボシステイン750 mgを1日3回)を組み合わせる。これらでも喀痰を伴う咳が続く場合は、少量マクロライド(例:アジスロマイシン250 mgを週3回)を支持する根拠がある。1

やってはいけない定型処方

  • の所見がなく、が正常でT2(FeNO・末梢血好酸球)が低い患者にを使わない。 他の原因を考える。1
  • ・など典型的な逆流症状がないに、逆流治療を処方しない。 治療反応を最もよく予測するのはの有無であり、を4週間試しても大半は反応しない。咳だけを理由にしたも推奨されない。1

難治性慢性咳嗽

治療可能な形質に対処しても咳が残る場合は、性そのものを標的にする。

治療 内容
・による(cough control therapy)。咳の頻度と生活の質を改善する
低用量オピオイド モルヒネ5〜10 mgを1日2回
を100 mg 1日3回から開始し、効果と副作用をみて最大600 mg 1日3回まで漸増。も用いられる。依存・乱用の懸念があり管理薬物に指定されている
新規薬 P2X3受容体拮抗薬。有効性が確認されているが、が高頻度に起こる

開始は原則として専門施設で行う。1

まとめ

  • 持続期間と乾性/湿性で鑑別を組み立てる。
  • 痰色だけで細菌性と決めず、胸部X線も全例一律ではない。
  • では上気道、喘息・、GERD、阻害薬をまず系統的に評価する。
  • ただし原因を1つに絞る解剖学的診断プロトコルには限界があり、BTSの臨床ステートメントは性を含む「治療可能な形質」を並べて扱う枠組みを採る。
  • 慢性は鎮咳ではなく排出支援へ。難治例では・低用量モルヒネ・を専門施設で検討する。

出典

  1. 1.British Thoracic Society Clinical Statement on chronic cough in adults(British Thoracic Society・2023)成人の慢性咳嗽の定義、初期評価、ACE阻害薬中止、鎮咳薬の位置づけ。咳反射の求心路(迷走神経が中咽頭・下咽頭・喉頭・中枢気道を支配、外耳道のArnold反射、食道)とTRPV1・TRPA1・P2X3受容体、三叉神経と迷走神経の中枢での収束。解剖学的診断プロトコルから「咳過敏性」と治療可能な形質へ枠組みが移ったこと。慢性湿性咳嗽を乾性と分けて扱うこと(気道クリアランス、カルボシステイン750 mg 1日3回、アジスロマイシン250 mg 週3回)。気道疾患の所見がなくスパイロメトリー正常でT2バイオマーカーが低い患者にICSを使わないこと。典型的な逆流症状がない慢性咳嗽に逆流治療を処方せず、噴門形成術も推奨しないこと。難治性慢性咳嗽への言語聴覚療法、低用量徐放モルヒネ5〜10 mgを1日2回、ガバペンチン100 mg 1日3回から最大600 mg 1日3回、P2X3拮抗薬の位置づけを確認した。閲覧 2026-08-02
  2. 2.Cough (acute): antimicrobial prescribing (NG120)(National Institute for Health and Care Excellence・2019)急性上気道感染・急性気管支炎での抗菌薬、粘液溶解薬、鎮咳薬の適応閲覧 2026-08-02
  3. 3.Honey for acute cough in children(Cochrane Database of Systematic Reviews・2018)蜂蜜が、何も治療しない場合・プラセボと比べて小児の急性咳嗽の頻度を減らすことを確認した。ただし対象は生後12か月以上の小児で、成人での有効性はこの論文からは確認できない。閲覧 2026-08-13