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Disease Atlas · 消化器 · 疾患

腹部コンパートメント症候群

Abdominal compartment syndrome

別名
ACS腹腔内圧上昇
臓器系
消化器全身
科目
Internal MedicineSurgeryAnesthesiology
トピック
内科学 L-53:急性膵炎外科学 B/15:急性膵炎の外科的側面(症状・診断・治療)内科学 G-07:膵疾患麻酔科学 B-08:多発外傷患者の集中治療麻酔科学 A-09:敗血症・敗血症性ショック・多臓器障害麻酔科学 A-17:ICUにおける理学療法・栄養管理・心理的ケア
合併症
急性腎障害
続発疾患
敗血症
関連疾患
コンパートメント症候群
治療薬
フロセミドネオスチグミンメトクロプラミドシスアトラクリウム
症状
乏尿低血圧腹痛
検査値
クレアチニン乳酸
元疾患
急性膵炎

🧠 全体像は「腹腔という閉じた区画の内圧が上がり続け、静脈還流・横隔膜運動・・腸管灌流を同時に絞め上げる」病態である。四肢のと同じ「閉鎖区画の内圧上昇がを奪う」原理を共有するが、腹腔は横隔膜を介して胸腔・頭蓋内圧まで連結し、影響が全身へ連鎖する点が四肢とは決定的に異なる。診断は数値だけでは成立せず、持続する閾値超えの+新規の臓器機能障害の組み合わせで初めて確定するため、リスクのある重症患者では症状が出る前から膀胱内圧を測定する予防的姿勢が要になる。

概要・定義の階層

WSACS(学会)のコンセンサス定義が国際的な正本である。は3段階の連続体として理解する。

段階 定義
正常 重症患者でおおむね5〜7 mmHg
持続または反復する12 mmHg以上
持続する20 mmHg超(60 mmHg未満を伴うことも)+新規の臓器機能障害・不全

IAHはI〜IVのグレードに分けられ、数値が上がるほど臓器障害のリスクが増す。

グレード
I 12〜15 mmHg
II 16〜20 mmHg
III 21〜25 mmHg
IV 25 mmHg超

⚠️ が20 mmHgを超えているだけではACSと呼ばない。 圧の数値と新規の臓器機能障害の両方が揃って初めてACSと診断する(基準の詳細は「診断」節で扱う)。

灌流の評価にはという指標を用いる。

=\text{} = \text{} - \text{}

が正常でもが低下すればは下がる。四肢の「」と同型で、圧の絶対値だけでなく血圧と対にして評価する原則を腹腔でも共有する。

分類

原因の所在で3つに分類する。

分類 定義 代表例
原発性 腹腔・内の病態に起因する 重症腸閉塞腹部外傷破裂
続発性 腹腔外の原因・大量輸液を要する病態で生じる 熱傷、敗血症
再発性 原発性・続発性IAH/ACSの治療後に再び生じるもの 後のなど

上昇の機序は、胃拡張や腸閉塞による内腔容量増加、腹水・血液・浮腫による腹腔内容量増加、肥満やによる低下の3つに整理できる。

病態

flowchart TD
    A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='intra-abdominal pressure'>腹腔内圧</span>の上昇"] --> B["静脈還流低下"]
    A --> C["横隔膜の頭側偏位"]
    B --> D["心拍出量低下"]
    C --> D
    C --> E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='intrathoracic pressure'>胸腔内圧</span>上昇"]
    E --> F["気道内圧上昇"]
    F --> G["低酸素血症・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='hypercapnia'>高二酸化炭素血症</span>"]
    E --> H["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='central venous pressure, CVP'>中心静脈圧</span>上昇"]
    H --> I["頭蓋内圧上昇"]
    A --> J["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='renal vein'>腎静脈</span>圧上昇・腎実質の圧迫"]
    J --> K["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='reduced renal perfusion'>腎灌流低下</span>(第三の機序)"]
    K --> L["乏尿・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='acute kidney injury, AKI'>急性腎障害</span>"]
    A --> M["腸管<span class='jp-term jp-term-diagram' title='reduced perfusion'>灌流低下</span>"]
    M --> N["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='bowel ischemia'>腸管虚血</span>・細菌転位"]
    N --> O["敗血症のリスク"]
    D --> P["難治性代謝性アシドーシス"]

💡 の上昇は「腹の中の圧が高い」だけで終わらない。横隔膜を介してを、を介して頭蓋内圧を押し上げる腹腔→胸腔→頭蓋内圧の連鎖は、四肢のにはない腹部特有の病態で、患者ではが頭蓋内圧上昇として実際に確認されている。

腎への影響は、による障害や尿細管壊死による腎性障害とは異なる第三の機序である。圧上昇によると腎実質への直接圧迫がを低下させ、クレアチニン上昇を伴うに至る。乏尿はおおむね15 mmHg前後、は30 mmHg前後から出現し、輸液を追加しても改善しにくい点が単純な乏尿との違いである。

腸管ではにより低酸素・浮腫が生じ、腹腔内容量を増やしてを押し上げる悪循環を形成し、の進行は細菌・毒素の転位を招いて敗血症の引き金になりうる。

臨床像

  • し板状の腹部(感度・特異度とも低い所見)
  • 乏尿(輸液を追加しても改善しにくい)
  • 人工呼吸中の気道内圧上昇と酸素化悪化
  • 輸液蘇生に反応しない低血圧、心拍出量低下
  • 難治性の代謝性アシドーシス(乳酸上昇を伴うことが多い)
  • 覚醒患者では強い腹痛を訴えうる

⚠️ 身体所見だけでは、経験豊富な臨床医でもACSを正確に診断できない。 鎮静・人工呼吸中の患者は腹痛を訴えられず、腹部のという評価に頼らず後述の測定を行う。

危険因子のある患者(重症、腹部外傷、大量輸液を要する熱傷・敗血症など)では症状を待たず4〜6時間ごとの定期的な測定を行う。

診断

腹腔内圧の測定法

が標準法であり、次の条件を厳密に守らなければ数値の意味が保てない。

条件 標準
体位 仰臥位
タイミング 呼気終末
の注入量 最大25 mL
ゼロ点 の高さ)
腹筋の状態 収縮のない状態(体動・咳嗽・努力呼吸がない)

⚠️ 座位・注入量過多・腹筋収縮下ではに、体位や呼吸相を誤るとになる。手技の条件を1つでも落とすと数値は臨床判断に使えない。

ACSの診断基準

診断は数値だけでは完結しない。①持続する20 mmHg超、②新規の臓器機能障害・不全(乏尿、気道内圧上昇と低酸素血症、輸液抵抗性の低血圧、難治性アシドーシスなど)の両方を満たして初めてACSと診断する。画像検査(CT・超音波)は原因検索に有用だが、診断確定手段ではない。

治療

介入は侵襲度の低いものから段階的に進める。

flowchart TD
    A["IAH/ACSを疑う・確認"] --> B["①消化管内容の減量"]
    B --> C{"改善するか"}
    C -->|"いいえ"| D["②占拠液の除去"]
    D --> E{"改善するか"}
    E -->|"いいえ"| F["③<span class='jp-term jp-term-diagram' title='abdominal wall compliance'>腹壁コンプライアンス</span>改善"]
    F --> G{"改善するか"}
    G -->|"いいえ"| H["④輸液の最適化"]
    H --> I{"ACSが持続するか"}
    I -->|"はい(治療抵抗性)"| J["⑤<span class='jp-term jp-term-diagram' title='decompressive laparotomy'>開腹減圧術</span>+<span class='jp-term jp-term-diagram' title='temporary abdominal closure'>一時的閉腹</span>"]
    I -->|"いいえ"| K["反復測定を継続"]
    J --> L["段階的な腹壁閉鎖"]
  1. 消化管内容の減量に加え、)にはにはを併用する。
  2. 腹腔内占拠液の除去:腹水・血腫など明らかなにはを行う。
  3. の改善:十分な鎮痛・鎮静と体位調整を行い、改善しなければなどのを短期間使う。
  4. 輸液管理の最適化:蘇生後は正の水分バランスを避け、による利尿やで除水する。画一的な大量輸液の回避は発症予防にもつながる。
  5. :上記に反応しないのACSにはを行う。閉腹でするため、創はせずなどでとして管理する。

開腹後も輸液管理と改善の原則は変わらず、可能な限り同一入院中の一次的な筋膜閉鎖を目指す。閉鎖が遅れた例では、後日腹壁の修復を要することがある。

予後

診断・治療の遅延は致命的である。 IAHはグレードが上がるほど死亡率が上がる独立した死亡予測因子で、無治療のACSは救命が困難である。治療成功例でも長期の人工呼吸・を要することが多く、予防的な測定によるが転帰を左右する。

まとめ

  • ACSはが持続的に20 mmHgを超え新規の臓器機能障害を伴った状態で、数値だけでは診断しない。正常(5〜7 mmHg)→IAH(12 mmHg以上、I〜IV)→ACSという連続体で理解し、四肢のと同じ「閉鎖区画の内圧上昇が灌流を絶つ」原理を)で腹腔にも当てはめる。
  • 原発性(重症、腸閉塞、腹部外傷、破裂)、続発性(大量輸液を要する熱傷・敗血症)、再発性の3分類がある。
  • 静脈還流・心拍出量低下、横隔膜挙上による気道内圧上昇・低酸素血症、圧上昇による乏尿(・腎性いずれでもない機序)、腸管による細菌転位、腹腔→胸腔→頭蓋内圧の連鎖が主要な病態である。
  • 身体所見だけでは診断できず、危険因子を持つ患者では定期的なを行う(仰臥位・呼気終末・25 mL以下・ゼロ点・腹筋収縮なし)。
  • 治療は消化管内容の減量→占拠液の除去→改善→輸液最適化→という段階的アプローチで進める。診断・治療の遅れは致命的で、IAHのグレード自体が独立した死亡予測因子である。