臨床薬理学

臨床薬理学 · 14

妊娠中の双極性障害とてんかんの薬物療法

Bipolar disorder and epilepsy during pregnancy

前提:病態
特殊集団-薬物相互作用:妊娠抗てんかん薬・鎮痛補助薬非再取り込み阻害型抗うつ薬・双極性障害躁状態治療薬

🧠 全体像:妊娠中のとてんかんは、「薬をやめる危険」と「薬を続ける危険」の天秤で考える。を中止すると再発が激増するので、多くの場合は安全な薬を選び直して続ける。避けるべき筆頭はバルプロ酸(奇形と知能・発達の障害)で、妊娠予防プログラムのもとでしか使えない。残る薬の要点は妊娠中のの変化である。はの増加で、はエストロゲンによるの誘導で、はの増加で血中濃度が下がり、産後は急に戻る。だから妊娠前に基準濃度を測り、妊娠中と産後すぐに測り直す。

妊娠中も薬を続ける必要があるか

の妊婦でを中止すると、再発は大きく増える。

指標 を中止した女性 継続した女性
妊娠中の再発率 85.5% 37.0%
再発までの期間の中央値 継続群の4分の1 —
妊娠中に病的な状態だった週の割合 継続群の5倍 —
  • ただし薬を飲んでいても、報告される再発率は研究によって20〜50%と高い。
  • 多くのは、妊娠中に薬を続ける利益は危険を上回るとしている。とくに重症の病歴をもつ女性でそうである。

💡 「薬をやめれば胎児は安全」ではない。 再発した躁病・うつ病そのものが、栄養不良、飲酒・喫煙、妊婦健診の中断、自殺、衝動行動を通じて母子を危険にさらす。さらに(妊娠4〜10週ごろ)は妊娠に気づく前に過ぎていることが多く、気づいてから中止しても奇形の危険は消えない。英国も、妊娠がわかってからを中止してもの危険は消えないかもしれないこと、とくに産後に再発しやすいことを本人に説明するよう求めている1。

flowchart TD
  A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Mood stabilizers'>気分安定薬</span>を服用中の女性が<br>妊娠を計画・妊娠が判明"] --> B{"バルプロ酸を<br>服用中?"}
  B -->|"はい"| C["専門医と相談して切り替え<br>自己判断で急にやめない"]
  B -->|"いいえ"| D{"病状は安定し<br>再発の危険は低い?"}
  D -->|"はい"| E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='tapering'>漸減</span>・中止も選択肢<br>産後の再発に備える"]
  D -->|"いいえ・重症の既往"| F["胎児への危険が小さい薬で継続<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='atypical antipsychotics'>非定型抗精神病薬</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='lamotrigine'>ラモトリギン</span><br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='lithium'>リチウム</span>は監視を強化して"]
  C --> F
  F --> G["妊娠前の基準濃度を測る<br>妊娠中・産後に測り直して<span class='jp-term jp-term-diagram' title='dose adjustment'>用量調整</span>"]

薬ごとの全体像

薬 胎児への影響 妊娠中の母体の 授乳
(Ebstein奇形を含む)の危険がやや上がる の増加で濃度が下がる。産後に戻る 母乳中に母体濃度の約50%。使わない
の増加を示さない の誘導でクリアランスが最大5倍。産後数日で戻る ではない。乳児を観察
奇形の増加を示さない。の曝露で新生児の・ — 移行は少量
カルバマゼピン 約5%(など)。発達への影響は否定できない — 母乳中に血中濃度の25〜60%。乳児を観察して授乳可
バルプロ酸 奇形の危険が高く、知能低下・・も増える — (妊娠可能な女性ではそもそも原則使わない)
・の増加を示さない の増加でに最大60%低下。産後に戻る 禁忌ではない。乳児を観察

リチウム

は、の治療と再発予防、とくにの予防における標準的なとされている。の一般的な治療はの薬物療法を参照。

催奇形性

  • は胎盤を自由に通過し、母体と胎児の循環の間で平衡に達する。
  • の全体のは2.8%とされ、米国の旧来のではD(ヒトで胎児への危険の証拠があるが、利益が上回れば使用しうる)に分類されていた。この文字分類は2015年に廃止され、現在は添付文書に危険の中身を文章で書く方式になっている。
  • 妊娠中の使用は、Ebstein奇形(との発生異常)を含む先天性の危険の上昇と関連する。その危険は一般集団の10〜20倍と見積もられてきた。出生1,000人あたり1〜2人で、背景頻度は出生20,000人あたり1人である。
  • 妊娠中を通してを続けると決めた患者には、曝露によるを見つけるため、妊娠16〜18週に高のと検査を行うことが勧められる。
  • と()との関連が、一部のげっ歯類の研究と個々の症例報告から示唆されている。関連の有無を判断するにはさらに研究が必要である。
  • は、妊娠中に曝露した子の神経発達・神経行動の転帰の悪化とははっきり関連していない。
  • ⭐ 現在のの推奨は、妊娠中にを中止することを含んでいない。

の危険は、その後の研究でより小さく見積もられている。

従来の見積もり コホート(Patornoら、2017年)
対象 主に症例報告・登録 米国メディケイドの妊娠約132万件、第1三半期の曝露663人2
全体 — 曝露2.41%、非曝露1.15%、曝露1.39%。調整1.65(95%CI 1.02〜2.68)2
用量との関係 — 1日600 mg以下で1.11、601〜900 mgで1.60、900 mg超で3.22と2
Ebstein奇形を含む閉塞 一般集団の10〜20倍(出生1,000人あたり1〜2人) 曝露0.60%、非曝露0.18%、調整2.662
妊娠中は避けるべき薬とされた 危険は上がるが、影響の大きさは以前の想定より小さい2

💡 が示すこと。 危険が1日900 mgを超える用量で目立つことは、妊娠初期に「必要最小限の」を使い、1日量を分割して血中濃度の山を低くする工夫の根拠になる。英国は、抗精神病薬が無効な場合を除き妊娠計画中・妊娠中の女性にを新たに勧めず、使う場合は第1三半期のの危険(大きさは不確か)を説明するよう求めている1。

英国は、服用中に妊娠が分かった場合の選択肢を病状で分けている1。

状況 CG192の選択肢
状態が良い 4週かけてを・中止することを考える。ただし中止してもの危険は消えないかもしれないこと、ではとくに産後に再発しやすいことを説明する
状態が不安定、または再発の危険が高い 抗精神病薬へ徐々に切り替える
を中止しに再開する(授乳の予定がなく、過去にほかの薬よりがよく効いた場合)
再発の危険が高く抗精神病薬が効きそうになければ、を続ける

甲状腺機能障害

💡 なぜを低めに保つのか。 胎児は妊娠中期まで自分で甲状腺ホルモンを十分に作れず、母体の甲状腺ホルモンに頼って脳を発達させる。母体のは子の神経発達を損なうので、服用中の妊婦ではを測り、補充を不足させない。は妊娠初期の催奇形性、は肝障害が問題になるので、甲状腺機能亢進症の治療は「どちらも問題を抱える」ことになる。

治療域の狭さ

  • の治療域は0.5〜1.2 mmol/Lと狭く(下の表のように0.6〜1.2 mEq/Lとする整理もある)、これを超えると中毒になりうる。血中濃度のわずかな変化が中毒を起こしうる。
  • (1価の)では1 mEq/L=1 mmol/Lである。
血中濃度 意味
0.6〜1.2 mEq/L 治療域
0.6〜0.8 mEq/L 維持療法の目安
1.0〜1.2 mEq/L 急性躁病の治療の目安
1.5 mEq/L超 中毒

が狭いので、(血中濃度の測定)が欠かせない。中毒の症状と治療はを参照。

妊娠で血中濃度が変わる理由

  • の排泄はほぼ完全に腎臓による。したがって血中濃度は主に血管内容量とで決まる。
  • 妊娠が進むと、体内総水分量・・が増える。は40〜65%、は50〜85%増加する。→ 血中濃度が下がり、が必要になりうる。
flowchart TD
  A["妊娠の進行"] --> B["体内総水分量・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='circulating plasma volume'>循環血漿量</span>が増える<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='volume of distribution'>分布容積</span>の増加"]
  A --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='renal blood flow, RBF'>腎血流量</span> 40〜65%増<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='glomerular filtration rate, GFR'>糸球体濾過量</span> 50〜85%増"]
  B --> D["血中<span class='jp-term jp-term-diagram' title='lithium'>リチウム</span>濃度が低下"]
  C --> D
  D --> E["再発の危険<br>濃度を測って増量"]
  E --> F["分娩後に<span class='jp-term jp-term-diagram' title='circulating plasma volume'>循環血漿量</span>と<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='glomerular filtration rate, GFR'>糸球体濾過量</span>が急に戻る"]
  F --> G["同じ用量では濃度が上昇<br>中毒の危険"]

妊娠中の血中濃度の実測値(113妊娠の、平均と95%CI)を示す3。

時期 血中濃度(mmol/L) 妊娠前からの変化(%)
妊娠前 0.66(0.61〜0.71) 基準
第1三半期 0.50(0.40〜0.60) −24(−15〜−35)
0.42(0.32〜0.52) −36(−27〜−47)
0.52(0.43〜0.62) −21(−13〜−30)
産後 0.72(0.62〜0.81) +9(+2〜+15)
xychart-beta
  title "妊娠中の血中リチウム濃度の平均値(実測)"
  x-axis ["妊娠前", "第1三半期", "第2三半期", "第3三半期", "産後"]
  y-axis "血中濃度(mmol/L)" 0 --> 0.8
  bar [0.66, 0.50, 0.42, 0.52, 0.72]

上のグラフは表の平均値をそのまま描いた実測値である。濃度は妊娠初期から下がり始め、に最低になり、にやや戻り、産後は妊娠前より高くなる3。

胎児・新生児への影響と分娩前後の管理

  • 胎児の濃度は母体と等しいので、用量の変更は胎児の健康にも影響し、合併症の危険を上げうる。
  • 妊娠末期の数週間にを服用し治療域の濃度にあった母親の新生児には、が現れうる。
新生児のの徴候
の低値
チアノーゼ
呼吸抑制
ときに黄疸、心機能・甲状腺機能の異常

分娩前後と妊娠中の管理は、な推奨と現行の指針・研究で細部が異なる。

項目 な推奨 英国 CG192 113妊娠の(2017年)
妊娠中の濃度測定 34週までは少なくとも月1回、以後分娩まで毎週 4週ごと、36週からは毎週。治療域に保つよう用量を調整1 34週までは密に、以後分娩まで毎週3
分娩の1週間前 避けられない場合は用量を半分に減らす — 分娩そのものは濃度とクレアチニンの急な変化と関連しなかった3
分娩時 陣痛開始から出産の翌日まで中断(濃度が変動しうるため) 病院で出産し、陣痛開始時から産科が濃度と水分バランスを監視。はを中止し、最終投与の12時間後に濃度を測る1 —
産後 — 産後もより頻回に監視する1 産後最初の2週間は週2回測定し、クレアチニンでを確認する3
共通する注意 脱水を避ける 水分バランスを保つ(脱水との危険)1 —

💡 「分娩前に半量」と「は中止」の狙いは同じである。 分娩では出血・嘔吐・経口摂取の中断で脱水になりやすく、産後はとが急に戻る。妊娠中に増やした用量のままだと、母体と、濃度が等しい胎児の両方が中毒になりうる。ただし分娩そのものでは濃度がしなかったという研究もあり3、現在は一律の減量より頻回の測定で調整する方向にある。

⚠️ つわり・下痢による脱水、、利尿薬(とくに系)、阻害薬は濃度を上げる。阻害薬はのため妊娠中はもともと避ける薬だが、産後に再開・開始するときにも相互作用を確認する。の治療薬を選ぶときも同様である。

授乳

  • 授乳中、母乳には母体の約50%のが含まれ、新生児に中毒症状(、チアノーゼ、、低体温)を起こしうる。
  • ⚠️ 授乳中にを使うべきではない。
  • 再発の危険が高く、数か月でもを中止できない場合は、授乳しないことが勧められる。

も、の母乳中濃度が高く乳児に中毒の危険があることを、妊娠前から説明しておくよう求めている1。

ラモトリギン

適応

欧州のと米国の添付文書では、のへの適応は次のとおりである。

  • 18歳以上の成人
  • 主にを経験するの患者で、を予防すること
  • ⚠️ 躁病・の急性期治療には適応が無い

胎児への危険

  • に曝露した12,700件を超える妊娠(うち9,100件超は第1三半期の曝露)の疫学データは、のがを含むの危険を上げることを示していない。
  • 曝露した妊娠の奇形全体のは、曝露していない対照と同程度である。
  • はをわずかに阻害し、葉酸濃度を下げる。葉酸にはを防ぐ効果があるので、妊娠を計画した時点と妊娠初期に葉酸を補充することが勧められる。
  • ⭐ の意見では、はの妊婦、とくに重いの既往がある女性にとって妥当な代替治療になりうる。

母体への危険:妊娠中の濃度低下

  • 妊娠による生理的変化は、の濃度と治療効果の両方に影響しうる。は主に肝臓ので代謝される。
  • 妊娠中に増えるエストロゲンがを誘導し、のクリアランスはに通常の最大5倍になる。までに最大315%の増量が必要になることがある。
  • 分娩後数日以内にクリアランスが下がって血中濃度が上がるので、中毒を避けるため減量が必要になる。
  • 血中濃度は妊娠前・妊娠中・妊娠後、および出産直後に測る。必要なら妊娠前と同じ濃度を保つよう、または臨床的な反応に応じて用量を調整する。出産後はの副作用(めまい・・など)も監視する。

も、の濃度は妊娠前・妊娠中・産後で大きく変わるので、頻回に測るよう求めている1。

flowchart TD
  A["妊娠でエストロゲンが増加"] --> B["肝臓の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='glucuronidation'>グルクロン酸抱合</span>を誘導"]
  B --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='lamotrigine'>ラモトリギン</span>のクリアランスが<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='third trimester'>妊娠後期</span>に最大5倍"]
  C --> D["血中濃度が低下<br>再発・発作の危険"]
  D --> E["濃度を測って増量<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='third trimester'>第3三半期</span>までに最大315%増"]
  E --> F["分娩でエストロゲンが急低下"]
  F --> G["数日でクリアランスが戻る"]
  G --> H["増量したままでは中毒<br>めまい・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='diplopia'>複視</span>・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='ataxia'>運動失調</span>"]
  H --> I["産後早期に減量し<br>濃度を再測定"]

💡 経口避妊薬と同じ機序である。 エストロゲンを含む経口避妊薬でもの濃度は下がる。と避妊薬の相互作用はてんかんの薬物療法で扱う。

⚠️ 産後に増量分を急いで減らすときも、中止して再開するときも、重い皮疹の危険に注意する。長く中断した後に元の用量で再開すると皮疹の危険が上がるので、低用量から漸増し直す(を参照)。

授乳

  • 服用中の授乳はではない。ただし母乳への移行量はばらつきが大きく、乳児の総濃度が母体の最大約50%に達したという報告がある。このため一部の乳児では、が出る濃度に達しうる。
  • 授乳の利益と乳児の副作用の危険を比べて判断する。を服用しながら授乳すると決めた場合は、乳児の鎮静、皮疹、体重増加不良を観察する。

非定型抗精神病薬

双極性障害への適応

薬 適応
の躁病・の治療。に反応した患者での躁病・の再発予防
の治療。がに反応した患者での再発予防

胎児への危険

  • 曝露した妊娠の公表データは、による奇形の危険の増加を示していない。
  • に抗精神病薬(を含む)に曝露した新生児には、やなどの副作用が出る危険があり、出生後の重さと持続期間はさまざまである。報告されている症状は、興奮、、、振戦、傾眠、呼吸窮迫、である。したがって新生児を注意深く観察する。

授乳

  • とは母乳へ移行するが、量は少ない。得られているデータは、授乳中のに大きな危険を示していない。

⭐ 気分安定作用が確立したは、妊娠中のの治療で魅力的な代替薬とみなされることが多い。 英国は、についても「抗精神病薬が無効な場合を除き妊娠中は勧めない」としており、抗精神病薬を事実上の優先候補に置いている1。

同じ指針は、抗精神病薬を使う妊婦に次の注意を求めている1。

注意点 内容
代謝 と過度の体重増加の危険因子を考慮し、食事を指導して体重を監視する。を監視し、を行う
プロラクチン プロラクチンを上げる抗精神病薬を服用中で妊娠を計画する女性ではプロラクチンを測る(高値は妊娠しにくくする)。高ければプロラクチンを上げにくい薬を考える
継続 安定していて中止すると再発しやすい妊婦には、継続を勧める
注射 注射で良好に反応し、のの既往がある場合を除き、妊娠計画中・妊娠中・授乳を考える女性には勧めない

カルバマゼピン

  • Cochraneの系統的レビューは、カルバマゼピン曝露でののを4.93%と報告している(一般集団では1〜2%)。
  • 関連が報告されている奇形は次のとおりである。
奇形 内容
尿路の奇形 (が亀頭の先端でなく、陰嚢側の下方に開く)
頭蓋顔面の奇形 を含む
の欠損 —
指の低形成 —
  • てんかんのある女性が妊娠中にカルバマゼピンを単剤または他のと併用した場合、子にが報告されている。妊娠中の曝露との関係を調べた研究の結果は食い違っており、危険を否定できない。
  • 適切な代替治療を慎重に検討したうえで利益が危険を上回ると判断される場合を除き、妊娠中にカルバマゼピンを使うべきではない。女性には妊娠中の服用の危険を十分に説明し、理解してもらう。
  • 授乳:カルバマゼピンは母乳へ移行する(血中濃度の約25〜60%)。妊娠中・授乳中の曝露で新生児にが起きた報告がある。乳児に副作用(過度の傾眠、アレルギー性の皮膚反応、肝胆道系への影響)が無いか観察することを条件に、授乳してよい。

⚠️ 精神疾患に使う場合と、てんかんに使う場合で扱いが違う。 英国は、妊娠計画中・妊娠中・授乳を考える女性の精神疾患にはカルバマゼピンを用いず、服用中なら中止を話し合うよう求めている(有害な相互作用と胎児奇形の危険のため)1。では代わりになる薬が多いからである。てんかんでは発作の抑制を優先し、専門医が個別に判断する。

💡 カルバマゼピンは強いで、の効果を下げる。つまり「避妊に失敗しやすくなる薬」が「催奇形性のある薬」でもある。の女性に使うときは、この二重の問題を最初から話し合う(相互作用はてんかんの薬物療法を参照)。

バルプロ酸

催奇形性

バルプロ酸は催奇形性が高い。第1三半期のバルプロ酸は、次の奇形の危険の有意な上昇と関連した。

奇形
() 12.7
6.8
5.2
4.8
2.5
2.2
  • バルプロ酸はでもでも、曝露しなかった集団に比べてとの危険を上げる。子宮内での曝露は、子の精神と身体の発達に悪影響を及ぼしうる。この影響の危険がある妊娠時期は明らかでなく、妊娠全期間を通じて危険がある可能性を否定できない。
  • バルプロ酸を他のと併用すると、やバルプロ酸を含まないよりの率が高い。

神経発達への影響

転帰 子宮内でバルプロ酸に曝露した子での所見
早期の 最大30〜40%に、話す・歩くことの遅れ、知的能力の低下、言語能力(話す・理解する)の低さ、記憶の問題
知能指数 6歳時のIQが、他のに曝露した子より平均7〜10ポイント低い
の研究で約3倍、小児自閉症は約5倍(長期転帰のデータは限られる)
ADHD 別のの研究で約1.5倍

英国も、妊娠中にバルプロ酸を服用した女性の出生児のおよそ9人に1人(11%)にが、10人に3〜4人に早期の発達の問題が起こりうると説明している4。

適応ごとの禁忌

使用目的 妊娠中 妊娠可能な女児・女性
(または片頭痛) 禁忌 妊娠予防プログラムの条件を満たさない限り禁忌
てんかん 他の治療が適切でない場合を除き禁忌 他の治療が無効またはできず、かつ妊娠予防プログラムの条件を満たす場合を除き使用してはならない

は2018年に、片頭痛とでの妊娠中の使用を禁止し、てんかんでは他に有効な治療が無い場合を除いて妊娠中の使用を禁止し、妊娠可能な女性・女児には妊娠予防プログラムの条件を満たさない限り禁忌とした5。

💡 なぜとてんかんで線引きが違うのか。 と片頭痛には、・・など代わりの薬が多い。てんかん、とくにではバルプロ酸だけが発作を抑えられる患者がいて、妊娠中のは母体と胎児の低酸素・外傷・てんかん患者の予期せぬ突然死につながる。だからてんかんだけに「代わりが無ければ」の例外が残っている。

妊娠予防プログラム

処方医は、次のことを確実にしなければならない。

項目 内容
個別評価 症例ごとに個別の状況を評価する。患者を話し合いに加えて主体的な参加を確保し、治療の選択肢を話し合い、危険と危険を最小にする方法の理解を確かめる
妊娠の可能性 すべての女性患者で妊娠の可能性を評価する
危険の理解 子宮内曝露によるとの危険を、その大きさを含めて患者が理解し、認めている
妊娠検査 治療開始前と、治療中必要に応じて妊娠検査を受ける必要があると理解している
避妊 避妊について説明を受け、バルプロ酸の治療期間中ずっと中断なく有効な避妊を続けられる
専門医の見直し の治療に習熟した専門医による定期的な(少なくとも年1回の)治療の見直しが必要だと理解している
妊娠を計画したとき 妊娠を計画したらすぐにに相談し、・避妊中止前に話し合って代替治療へ切り替える必要があると理解している
妊娠したとき 妊娠したら直ちにに相談する必要があると理解している
患者用ガイド 患者用ガイドを受け取っている
確認書 バルプロ酸の危険と必要なを理解したことを確認している(年次リスク確認書)
  • これらの条件は、現在性的に活動していない女性にも適用される。処方医が妊娠の危険が無いと言える十分な理由があると判断した場合だけが例外である。

女児について、処方医は次のことを確実にしなければならない。

  • 女児の親・が、バルプロ酸を使っている女児にが来たら専門医に連絡する必要があると理解している。
  • を迎えた女児の親・に、子宮内曝露によるとの危険を、その大きさを含めて包括的に伝える。
flowchart TD
  A["妊娠可能な女児・女性に<br>バルプロ酸を検討"] --> B{"他の治療で<br>代替できる?"}
  B -->|"はい"| C["バルプロ酸を使わない"]
  B -->|"いいえ"| D["妊娠予防プログラムを開始"]
  D --> E["妊娠の可能性の評価<br>開始前の妊娠検査"]
  E --> F["危険の説明と理解の確認<br>患者用ガイド・リスク確認書"]
  F --> G["治療期間中ずっと有効な避妊"]
  G --> H["少なくとも年1回<br>専門医が見直し"]
  H --> I{"妊娠を計画・妊娠が判明?"}
  I -->|"計画"| J["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='preconception'>受胎前</span>・避妊中止前に<br>代替治療へ切り替え"]
  I -->|"判明"| K["直ちに<span class='jp-term jp-term-diagram' title='medical doctor'>医師</span>へ相談<br>自己判断で中止しない"]

現行の規制で加わった点

論点 2018年の欧州の妊娠予防プログラム 現行の英国の(2024年以降)
新たに開始する人 妊娠可能な女性・女児は条件付きで使用可5 55歳未満の患者は男女とも、2人の専門医がほかの治療が効かず利益が危険を上回ると合意した場合にのみ処方する4
確認書 年1回の見直しごとにリスク確認書5 55歳未満の女性は開始時と年1回の見直しで年次リスク確認書。2回目以降の見直しは専門医1人でよい4
男性患者 規定なし 予防的に本人とパートナーの有効な避妊を勧める。3か月の父親の服用で出生児の神経発達の問題が100人に約5人と報告されたが、は不明4

英国の周産期精神保健の指針も、妊娠計画中・妊娠中・授乳を考える女性の精神疾患にバルプロ酸を用いず、服用中の女性が妊娠を計画したらし、妊娠したら中止するよう求めている1。

⚠️ ただし自己判断で急にやめさせない。 も、病状の管理が重要なので専門医の助言なしにバルプロ酸を中止してはならないと明記している4。てんかんでは急な中止が発作やを誘発する(急性期の対応はを参照)。でも急な中止は再発を招く。切り替えは専門医のもとで計画的に行う。

⚠️ 同じ考え方はにも広がっている。欧州では2023年に、と体重管理では妊娠中の使用を禁忌とし、てんかんでは代わりが無い場合を除き妊娠中は禁忌として、にも妊娠予防プログラムが導入された(奇形に加え、の危険が示唆されたため)。

レベチラセタム

はと焦点てんかんに使われる。

胎児への危険

  • に曝露した妊婦の市販後データ(1,800人超、うち1,500人超は第1三半期の曝露)は、の危険の増加を示していない。
  • 現在の疫学研究(約100人の子)は、やの増加を示していない。

母体への危険

  • の血中濃度は妊娠中に下がりうる(投与量の95%が尿中に排泄される)。この低下はでとくに大きく(妊娠前の基準濃度に対して最大60%)、が必要になりうる。出産後は濃度が上がり、の副作用の危険が生じる。
  • 血中濃度は妊娠中と出産直後に測る。必要なら妊娠前と同じ濃度を保つよう、または臨床的な反応に応じて用量を調整する。出産後はの副作用(眠気・など)も監視する。

授乳

  • 服用中の授乳は禁忌ではないが、母乳への移行は中等度である。
  • 授乳の利益と乳児の副作用の危険を比べる。服用しながら授乳すると決めた場合は、乳児の傾眠、体重増加不良、神経発達を観察する。

💡 とは、奇形の危険が低いことからのてんかん女性で選ばれやすい。一方でどちらも妊娠中に濃度が下がるので、「妊娠前の基準濃度を測っておく」ことが安全な継続の条件になる。慢性期のの選び方はてんかんの薬物療法、てんかんそのものはてんかんを参照。

妊娠中の薬物動態:3剤の比較

薬 主な 妊娠中に起こること 産後に起こること 対応
50〜85%増で濃度低下(が最低) 濃度が戻り、妊娠前より高くなる 定期的な濃度測定、水分バランス、分娩時の中止または減量
肝臓の エストロゲンによる誘導でクリアランス最大5倍。最大315%の増量 数日以内にクリアランスが戻り濃度上昇 妊娠前・妊娠中・出産直後の濃度測定、産後早期の減量
(95%) に最大60%低下 濃度上昇 妊娠中・出産直後の濃度測定、

💡 共通の原理は「妊娠は消失を速め、分娩はそれを急に元へ戻す」である。 妊娠中に増量した薬は、産後数日のうちに過量になる。妊娠中のの変化の全体像は-薬物相互作用:妊娠、催奇形性の一般論は遺伝カウンセリングとを参照。

まとめ

  • の妊婦でを中止すると、再発率は37.0%から85.5%に上がり、再発までの期間は4分の1、病的な期間は5倍になる。重症の既往があれば、胎児への危険が小さい薬で続けるのが原則。
  • は胎盤を自由に通過する。(Ebstein奇形)の危険はかつて10〜20倍とされたが、研究では調整1.65と小さく、900 mg/日を超える用量で目立つ。続ける場合は妊娠16〜18週に。甲状腺機能低下症に注意し、を低めに保つ。
  • の治療域は狭い(維持0.6〜0.8、急性躁病1.0〜1.2、1.5 mEq/L超で中毒)。の増加で濃度はに最低(妊娠前から36%低下)となり、産後は妊娠前より高くなる。妊娠中は定期的に(は4週ごと、36週から毎週)測定し、は中止または減量、産後も頻回に測る。授乳中は使わない。
  • はを増やさず、抑うつ優位のの妊婦で妥当な選択肢。エストロゲンによるの誘導でクリアランスが最大5倍になり、最大315%の増量が要ることがあるが、産後数日で戻るので減量する。葉酸を補充する。
  • (・)は奇形を増やさず魅力的な代替薬。の曝露で新生児の・を観察し、と体重増加を監視する。
  • カルバマゼピンは約5%(・・・・指の低形成)。精神疾患には妊娠を考える女性に使わない。
  • バルプロ酸は(12.7)などの奇形と、(30〜40%)・IQ低下(7〜10ポイント)・・を増やす。では妊娠中禁忌、てんかんでは代わりが無い場合を除き禁忌。妊娠可能な女児・女性には妊娠予防プログラムの条件下でのみ使い、英国では55歳未満の新規開始に2人の専門医の合意が要る。自己判断で急にやめさせない。
  • は・を増やさないが、が増えてに最大60%濃度が下がり、産後に戻る。

出典

  1. 1.Antenatal and postnatal mental health: clinical management and service guidance (CG192) — Recommendations(National Institute for Health and Care Excellence (NICE)・2020)推奨の章(2014年公表、2020年2月最終更新)で、妊娠を計画中・妊娠中・授乳を考える女性の精神疾患にバルプロ酸を用いず、服用中なら計画時は漸減し妊娠したら中止すること(1.4.27〜1.4.29)、同じ女性にカルバマゼピンを用いず服用中なら中止を話し合うこと(1.4.30〜1.4.31)、ラモトリギンは妊娠前・妊娠中・産後に濃度が大きく変わるので頻回に測ること(1.4.32)、リチウムは抗精神病薬が無効な場合を除き妊娠計画中・妊娠中の女性に用いず、第1三半期の心奇形の危険(大きさは不確か)と母乳中濃度が高く乳児中毒の危険があることを説明すること(1.4.33〜1.4.34)、服用中に妊娠し状態が良ければ4週かけて漸減を考え(中止しても心奇形の危険は消えないかもしれず、とくに産後に再発しやすいことを説明する)、不安定または再発の危険が高ければ抗精神病薬への徐々の切り替え、授乳の予定がなく過去にリチウムがよく効いた場合のリチウム中止と第2三半期での再開、抗精神病薬が効きそうにない場合のリチウム継続を考えること(1.4.35〜1.4.36)、継続するなら4週ごと・36週からは毎週血中濃度を測り、水分バランスを保ち、病院で出産し、陣痛開始時から産科が濃度と水分を監視し、分娩中はリチウムを中止して最終投与12時間後に濃度を測ること(1.4.37)、抗精神病薬では妊娠糖尿病と体重増加の危険を考え、プロラクチン上昇例では妊娠しにくくなること、安定していて中止で再発しやすければ継続を勧めること、持効性注射は原則避けること(1.4.20〜1.4.26)を確認した。閲覧 2026-09-26
  2. 2.Lithium Use in Pregnancy and the Risk of Cardiac Malformations(The New England Journal of Medicine・2017)抄録(Europe PMC、PMID 28591541)で、2000〜2010年に出産した米国メディケイド加入女性の妊娠1,325,563件のコホートで、心奇形は第1三半期のリチウム曝露児663人中16人(2.41%)、非曝露児1.15%、ラモトリギン曝露児1.39%で、非曝露に対する調整リスク比が1.65(95%CI 1.02〜2.68)であること、1日量600 mg以下で1.11、601〜900 mgで1.60、900 mg超で3.22と用量依存的であること、右室流出路閉塞性の欠損(Ebstein奇形を含む)はリチウム曝露児0.60%・非曝露児0.18%(調整リスク比2.66)で、影響の大きさは以前想定されていたより小さいと結論していることを確認した。閲覧 2026-09-26
  3. 3.Lithium dosing strategies during pregnancy and the postpartum period(The British Journal of Psychiatry・2017)抄録(Europe PMC、PMID 28673946)で、リチウム治療中の113妊娠・1,101回の血中濃度測定を用いた後ろ向きコホートで、妊娠前に対する血中リチウム濃度が第1三半期に24%(95%CI 15〜35%)低下し、第2三半期に最低(36%低下)となり、第3三半期に回復に向かい(21%低下)、産後はわずかに上昇(9%上昇)したこと、分娩そのものは血中リチウム濃度とクレアチニンの急な変化と関連しなかったこと、妊娠34週までは密に、以後分娩までは毎週、産後最初の2週間は週2回の濃度測定と、腎クリアランスを見るためのクレアチニン測定を勧めていることを確認した。閲覧 2026-09-26
  4. 4.Valproate – reproductive risks(Medicines and Healthcare products Regulatory Agency (MHRA)・2025)英国MHRAの案内ページ(2025年6月10日公表、2025年9月23日更新)で、55歳未満の患者(男女とも)には2人の専門医がほかの治療が効かず利益が危険を上回ると合意した場合にのみバルプロ酸を処方すること(2024年1月に導入)、妊娠中に服用した女性では出生児の約9人に1人(11%)に先天異常、10人に3〜4人に早期の発達の問題が起こりうること、自閉症・ADHDの危険にも触れていること、55歳未満の女性は開始時と年1回の見直しで年次リスク確認書を用い、2回目以降の見直しは専門医1人でよいこと、2024年9月に男性患者とそのパートナーにも予防的に有効な避妊を勧めたこと、受胎前3か月に父親が服用した場合の出生児の神経発達の問題は100人に約5人だが因果関係は不明であること、2025年2月に既に服用中の男性には2人目の専門医の確認を不要としたこと、専門医の助言なしにバルプロ酸を中止してはならないことを確認した。閲覧 2026-09-26
  5. 5.Valproate and related substances - referral(European Medicines Agency・2018)2018年3月21日にCMDhが承認した措置として、片頭痛と双極性障害には妊娠中の使用を禁止し、てんかんでは他に有効な治療が無い場合を除き妊娠中の使用を禁止すること、妊娠可能な女性・女児には妊娠予防プログラムの条件を満たさない限り禁忌とすること、その内容が妊娠の可能性の評価・開始前と治療中必要に応じた妊娠検査・危険と治療期間中の有効な避妊についての説明・専門医による少なくとも年1回の治療の見直し・年1回の見直しごとに用いる新しいリスク確認書であること、思春期前の女児を含め他の治療が適さない場合を除いて開始しないこと、包装に視覚的な警告を付けることを確認した。閲覧 2026-09-26