臨床薬理学

臨床薬理学 · 08

薬剤性心血管毒性とアントラサイクリン心毒性の予防

Drug-induced cardiotoxicity

前提:病態
抗がん薬III(トポイソメラーゼ阻害薬・紡錘体阻害薬)薬剤性有害反応:QT延長

🧠 全体像:薬による心血管毒性は「心臓のどこが壊れるか(リズム・虚血・・弁・心膜)」と「血管で何が起こるか(血圧・血栓)」で分類できる。その機序の多くは、受容体やイオンチャネルへの本来のが、場所や量を誤って行き過ぎたものである。だからを知っていれば毒性は予測できる。抗がん薬、とくには量に依存して不可逆的な心筋障害を起こすため、起きてから治すより起こさないが治療の中心になる。

心血管毒性の全体像

flowchart TD
  A["薬剤性心血管毒性"] --> H["心臓への毒性"]
  A --> V["血管系への毒性"]
  H --> H1["リズム障害<br>徐脈性・頻脈性"]
  H --> H2["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='myocardial ischemia'>心筋虚血</span>"]
  H --> H3["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='left ventricular dysfunction'>左室機能障害</span>・心不全<br>心筋炎を含む"]
  H --> H4["弁膜障害"]
  H --> H5["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='pericardial disease'>心膜疾患</span>"]
  V --> V1["体血圧への影響<br>高血圧・低血圧"]
  V --> V2["肺高血圧"]
  V --> V3["血栓塞栓症<br>動脈・静脈"]

以下の表は、各病型の「既知の機序」と、その機序をもつ代表的な薬を対応させたものである1。機序の欄のを見て、手持ちの薬のどれが当てはまるかを考えられるようにしておく。

心臓への毒性

リズム障害

病型 機序 代表的な薬
遮断 、
Na⁺ Ic群
の遮断
β1 β遮断薬
刺激・の亢進 ジゴキシン
α2受容体刺激 、
刺激
スフィンゴシン1リン酸受容体刺激 (初回投与時の徐脈)
一部の抗がん薬 、
チャネルの機能阻害、または細胞膜への輸送の阻害(QT延長) Ia・、マクロライド、抗精神病薬、、
β1受容体刺激(直接、または内因性カテコールアミンを介する) 、
遮断 、
Na⁺/K⁺ポンプ阻害 ジゴキシン(中毒時の)
Na⁺ Ic群()
二次的な交感神経刺激(低血圧の後など) による

💡 同じ薬が徐脈にも頻脈にも入る。 Na⁺薬は伝導を遅らせて徐脈・ブロックを起こす一方、がのを作ってを起こす。ジゴキシンは迷走神経を介して徐脈を、Na⁺/K⁺ポンプ阻害による細胞内Ca²⁺でを起こす。「作用が過ぎれば両方向に振れる」と理解する。遮断によるQT延長との詳細は薬剤性QT延長で扱う。

心筋虚血

機序 例
β1受容体刺激(直接・間接) カテコールアミン、。心拍数と収縮力が上がりが増える
やβ遮断薬の急な中止
二次的な作用 、頻脈を含む心臓の過剰刺激、著明な低血圧(の低下)
一部の抗がん薬の複合的な機序 、()、(動脈血栓)

⚠️ β遮断薬とは、の治療薬であると同時に、急にやめると虚血を誘発する薬である。中止はで行う。

左室機能障害・心不全

分類 機序・薬
正常な左室機能を妨げる機序 遮断(・の)、Na⁺(、Ic群)、β1(の導入・急な増量)
抗がん薬による:I型心毒性(複合的な機序) 、高用量、
抗がん薬による:II型心毒性 シグナル阻害()、シグナル阻害、チロシンキナーゼ阻害(多標的型、例:)、プロテアソーム阻害(など)
心筋炎 (例:)、PD-1を標的とするモノクローナル抗体(、)
比較 I型心毒性 II型心毒性
代表
本態 の傷害・死(、壊死) の機能低下(細胞死は少ない)
用量との関係 量に依存 量との関係は乏しい
可逆性 基本的に不可逆 中止や心不全治療で回復することが多い

💡 I型・II型の区別は理解の枠組みとして有用だが、現行のの指針はを・ストレイン・でする方式をとる。でも、を先に受けた心臓では障害が残ることがある。定義と重症度はを参照。

⚠️ による心筋炎は頻度は低いが致死率が高く、投与開始後早期に多い。の心筋炎も投与開始後数週間以内に多く、発熱・頻脈・上昇に注意する。

弁膜障害と心膜疾患

病型 機序 代表的な薬
弁膜障害 弁のにあるの刺激 → 線維化による弁の肥厚・逆流 、()、、ベンフルオレクス
免疫反応() 、、
出血(内出血) 抗凝固薬・

💡 刺激による弁膜症は、セロトニンを大量に分泌すると同じ仕組みである。ここから、の薬で弁膜症と肺高血圧(次節)がそろって起こる理由が分かる。はを参照。

血管系への毒性

体血圧への影響

病型 機序 代表的な薬
高血圧 α1受容体刺激 、
α2 ヨヒンビン
(α2作動薬・β遮断薬の急な中止) の中止
刺激 副腎皮質ステロイド
経路の阻害 、など
阻害 (との相互作用)
11β-水酸化ステロイド脱水素酵素2型の阻害 ()による
低血圧(初回投与低血圧、起立性・) α1受容体遮断 、()
遮断
K⁺チャネル開口
の阻害 阻害薬(初回投与時、脱水・利尿薬併用時)
刺激
α2受容体刺激、I1受容体刺激 、
cGMP合成の促進 ()
5阻害 (との併用は禁忌)
肺高血圧 への作用 ・デクス、ベンフルオレクス
その他(機序の多くは不明) —

⚠️ との併用は、どちらもcGMPを増やす方向に働くため(片方は合成を増やし、片方は分解を止める)、重篤な低血圧を起こす。表の「cGMP合成の促進」と「5阻害」が同じ経路の上流と下流にあることから理解できる。

血栓塞栓症

部位 機序 代表的な薬
動脈 2の阻害(低下で血小板側に傾く) などのNSAIDs
の標的化 など
の刺激 などの刺激薬
静脈 の刺激 、、
の標的化、の刺激 上と同じ
機序不明 (でとともにを要する)

の予防と治療は、のは薬剤性:血栓症を参照。

アントラサイクリン心毒性

なぜ心臓が壊れるのか

に代表されるは、腫瘍細胞ではαを阻害して効くが、ではβに作用して障害を起こす。

flowchart TD
  A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='anthracycline'>アントラサイクリン</span>"] --> B["心筋の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='topoisomerase II'>トポイソメラーゼII</span>βと結合"]
  A --> C["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='quinone'>キノン</span>構造の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='redox cycling'>酸化還元サイクル</span><br>鉄との複合体形成"]
  A --> D["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='carbonyl reductase'>カルボニル還元酵素</span>による<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='alcohol metabolism'>アルコール代謝</span>物の生成"]
  B --> E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='deoxyribonucleic acid'>DNA</span><span class='jp-term jp-term-diagram' title='double-strand break'>二本鎖切断</span><br>ミトコンドリア機能の遺伝子発現低下"]
  C --> F["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='reactive oxygen species (ROS)'>活性酸素種</span>の産生<br>脂質・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='deoxyribonucleic acid'>DNA</span>の<span class='jp-term jp-term-diagram' title='oxidative damage'>酸化障害</span>"]
  D --> G["Ca²⁺制御・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='iron metabolism'>鉄代謝</span>の障害"]
  E --> H["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='cardiomyocyte (cardiac myocyte)'>心筋細胞</span>の死"]
  F --> H
  G --> H
  H --> I["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='cumulative'>累積</span>量に依存した<br>不可逆的な<span class='jp-term jp-term-diagram' title='left ventricular dysfunction'>左室機能低下</span>・心不全"]

💡 心筋はが少なく、ミトコンドリアが多く、ほとんど再生しない。そのためとに弱く、失われたは戻らない。これが「量依存・不可逆」の理由である。量は換算250 mg/m²を超えるとリスクが高まる2。

一次予防の戦略

の戦略は、心臓の曝露を減らす()、心筋の障害経路を断つ()、危険な患者を事前に選ぶ()、心臓への負担を減らす(心血管予防)の4つに整理できる3。

戦略 保護の機序 臨床的な利益 欠点・限界
心臓への曝露をで操作する
緩徐投与(持続静注) を下げる を保ちながら、心臓への曝露と心筋への移行を減らす 入院が長引き、長時間の曝露による苦痛がある。小児の一部では長期のが得られない。正常細胞での酸化塩基が蓄積したとの報告がある(長時間の曝露の影響の可能性)
心臓の微小血管の内皮を通りにくい を保ち、心臓のを改善する 承認された適応が限られる
な手法
による障害の軽減 心イベントのリスク低下 有効性は証明されていない
鉄のによる障害の軽減。βの阻害 小児と成人のがん患者で心毒性を予防する の減弱と二次がんの増加が懸念された(後の検討でおおむね否定)
心毒性の少ない類似体(など) と物の生成が少ない 心不全の発生を減らす 確定的には証明されていない
的な予防
βの発現量と、CBR3・β発現の調節因子・薬物トランスポーター・オキシダーゼ・基質リモデリング酵素ののスクリーニング の分布・薬物活性化・・損傷・が変化した高リスク患者を同定する や以外の薬への変更が可能になる まだ研究段階。多数のを調べる必要がある。前向きが無い
の予防
の是正 心臓への負荷を減らす 心不全の発生を減らす なし
心血管薬の併用 心臓への負荷を減らす 心不全の発生を減らす 試験の根拠は限られる(概念的には推奨)。用量設定試験が必要。長期投与の有効性はまだ分からない

💡 は二重に効く。 -鉄複合体の鉄を奪っての発生源を断ち、さらに心筋のβに先に結合して分解を促し、が結合する標的そのものを減らす。

現行の推奨との対応

表の戦略のうち、現在ガイドラインで位置づけが与えられているのは次のものである。

戦略 2022年指針での位置づけ
阻害薬/とβ遮断薬 ・を受ける心血管毒性の高リスク・患者でを考慮(クラスIIa)2
スタチン 高リスク・のがん患者でを考慮(クラスIIa)2
治癒目的で高い量のを予定する成人と、のリスクが高い・超高い患者で考慮(クラスIIa)2
化 高リスク・の成人で考慮(クラスIIa)2
治療前の評価 心毒性のある治療の前に全例で心電図(I)。心エコーと(・)の時期はリスク層別と治療内容で決める2

表の「心血管薬の併用」が「根拠は限られるが概念的には推奨」とされていた部分は、この指針で高リスク群に限った考慮(クラスIIa)として整理された。一方、は現在も推奨されていない。

⚠️ の承認範囲は指針より狭いことがある。 米国の添付文書では、の量が300 mg/m²に達し、腫瘍制御のためにを継続するの女性が適応で、開始時からは使わない。小児の研究で・などのが報告され、小児には適応がない4。「二次がんはおおむね否定された」という評価と、添付文書上のは分けて覚える。

flowchart TD
  A["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='anthracycline'>アントラサイクリン</span>投与の予定"] --> B["治療前評価<br>心電図・心エコー・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Biomarkers'>バイオマーカー</span><br>危険因子・既往・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='cumulative'>累積</span>量"]
  B --> C{"心血管毒性のリスク"}
  C -->|"低〜中等度"| D["危険因子の是正<br>治療中のモニタリング"]
  C -->|"高〜超高"| E["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='cardioprotection'>心保護</span>の追加を考慮<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='angiotensin-converting enzyme'>ACE</span>阻害薬/<span class='jp-term jp-term-diagram' title='angiotensin II receptor blocker'>ARB</span>・β遮断薬・スタチン"]
  E --> F["<span class='jp-term jp-term-diagram' title='dexrazoxane'>デクスラゾキサン</span><br>または<span class='jp-term jp-term-diagram' title='liposomal formulation'>リポソーム製剤</span>を考慮"]
  D --> G["治療中・治療後の再評価<br><span class='jp-term jp-term-diagram' title='left ventricular ejection fraction (LVEF)'>左室駆出率</span>・ストレイン・<span class='jp-term jp-term-diagram' title='troponin'>トロポニン</span>"]
  F --> G
  G --> H{"<span class='jp-term jp-term-diagram' title='cardiac dysfunction'>心機能障害</span>が出現?"}
  H -->|"はい"| I["腫瘍循環器チームで<br>心不全治療と継続可否を判断"]
  H -->|"いいえ"| J["長期<span class='jp-term jp-term-diagram' title='Follow-up Routines'>フォローアップ</span>"]

まとめ

  • 薬剤性心血管毒性は、心臓(徐脈性・、、・心不全・心筋炎、弁膜障害、)と血管(高血圧・低血圧・肺高血圧、動脈・)に分けて整理する。
  • 機序の多くは受容体・チャネルへのの延長である。Ca²⁺・Na⁺やβ1遮断は徐脈と心機能低下、遮断は、5-HT2B刺激は弁膜症、は肺高血圧、阻害・阻害・刺激薬・エストロゲンは血栓症を起こす。
  • 抗がん薬のは、量依存で不可逆なI型()と、可逆的なことが多いII型(など)で対比できる。とは心筋炎を起こす。
  • 心毒性はβ、と鉄、物を介し、量(換算250 mg/m²超)で危険が増す。
  • は、緩徐投与・、・類似体、的スクリーニング、の是正と心血管薬の併用の4系統。現行指針では高リスク例に阻害薬/・β遮断薬・スタチン、、を考慮する(いずれもクラスIIa)。は有効性が証明されていない。

出典

  1. 1.Comprehensive review of cardiovascular toxicity of drugs and related agents(Medicinal Research Reviews・2018)総説のTable 1「Clinical classification of cardiotoxicity including known mechanisms」で、心臓への毒性(徐脈性・頻脈性不整脈、心筋虚血、左室機能障害・心不全〈正常な左室機能を妨げる機序・抗がん薬による左室機能障害のI型/II型・心筋炎〉、弁膜障害、心膜疾患)と血管系への毒性(体血圧への影響〈高血圧・低血圧・肺高血圧〉、動脈・静脈の血栓塞栓症)の分類と、それぞれに挙げられた受容体・チャネル・経路の機序と代表薬を確認した。閲覧 2026-09-26
  2. 2.2022 ESC Guidelines on cardio-oncology(European Society of Cardiology・2022)ESCのCouncil for Cardiology Practiceによる解説ページに逐語引用された推奨で、アントラサイクリンおよび/または抗HER2療法を受ける心血管毒性の高リスク・超高リスク患者にACE阻害薬/ARBとβ遮断薬の一次予防を考慮すること(IIa・B)、高リスク・超高リスクのがん患者にスタチンの一次予防を考慮すること(IIa・B)、治癒目的で高い累積量のアントラサイクリンを予定する成人と、がん治療関連心機能障害のリスクが高い・超高い患者にデクスラゾキサンの投与を考慮すること(IIa・B。2026-09-26に同ページで逐語を再確認)、高リスク・超高リスクの成人にリポソーム化アントラサイクリンを考慮すること(IIa・B)、心毒性のある治療の前に全例で心電図をとること(I・C)、ドキソルビシン換算の累積250 mg/m²超でリスクが高まることを確認した。閲覧 2026-09-26
  3. 3.Primary Prevention Strategies for Anthracycline Cardiotoxicity: A Brief Overview(Chemotherapy・2017)総説のTable 1「Primary prevention strategies for anthracycline cardiotoxicity」で、薬物動態的操作(緩徐投与・リポソーム製剤)、薬力学的手法(抗酸化物質・デクスラゾキサン・心毒性の少ない類似体)、薬理遺伝学的予防(トポイソメラーゼIIβとCBR3などの候補遺伝子のスクリーニング)、心血管系の予防(併存疾患の是正・心血管薬の併用)の各戦略について、保護の機序・臨床的利益・欠点と限界を確認した。閲覧 2026-09-26
  4. 4.DEXRAZOXANE for injection — Prescribing Information(U.S. Food and Drug Administration / DailyMed・2025)米国添付文書(改訂表示は2025年8月)の適応が「累積ドキソルビシン量300 mg/m²に達し、腫瘍制御のためドキソルビシンを継続する転移性乳癌の女性における心筋症の発生と重症度の軽減」で、ドキソルビシン開始時からは使わないこと、5.4で小児の研究で急性骨髄性白血病・骨髄異形成症候群などの二次性悪性腫瘍が報告され小児には適応がないことを確認した。閲覧 2026-09-26